第15話.ショタコンと友達話
扉前でのゴタゴタの解決の後、私たちはぞろぞろと(ジェラルディーンの取り巻きが多すぎる)大講堂に足を踏み入れた。
広いな……大学の講堂と言われて思い浮かべるような階段型の机が並んでいる。前方には教卓と黒板があった。教授、又は先生はいない。
そう言えば、適当に呼んでいたけれどこの学園には「先生」と「教授」が明確に分けられて存在するらしい。
先生って言うのは、まあ言葉そのまま。学園の生徒に魔法の、主に理論について広く教えるため、専門知識を身に付けて就職してくる人たちである。
そして教授は、研究機関としての機能も備えているこの学園で、自分の研究の片手間に生徒に実技をメインに教える人たちだそうだ。
つまり王都への道でご一緒したロジエス教授は研究者ってことだ。ますます大学っぽいな……
学園を卒業後に、教授の元に弟子入りして研究を続けても楽しいかもしれない。教授とか、お給料良さそうだし。
駄目かな……私、教えるの壊滅的に下手そうな気がするし。
魔眼が初発動した時の「何か、目がぐーっと熱くなって、何か出た」と言う感想を思い出して少し項垂れる。
「座りましょう、アイリーン」
「あっ、うん!!」
ジェラルディーンとラタフィアと、三人で並んで席に座る。大講堂の丁度真ん中くらいの席だ。
取り巻き令嬢たちは囁き合いながら私たちの周りに座る。その様子にそれとなくひよこっぽさを感じながら、私はガバッと鞄を開いた。
「羽ペンって折れそう……」
「私はインク瓶の方が心配ですわ」
羽ペンとインク瓶を取り出す。これからはこんな書きにくい筆記用具でレポートを書いたりしなきゃならないわけだ。
ボールペンやシャープペンシルの使い勝手を知っている身としてはきつい。かなりの苦行であろう。
幸いにも紙類は羊皮紙ではなく何かの植物性であった。
「鞄もしっかりしているし、ぶつけない限りは問題ないはずよ」
「そうですね……」
「貴方は思いっきりぶつけそうね」
「ぐっ……」
ジェラルディーンが舌鋒鋭く私の弱点を突いてくる。がさつと言われているぞ、これは。そしてその通り。正しい。
彼女の鞄から出てきた羽ペンは、革製の長方形のケースに納められていた。おしゃれだ。ラタフィアも同じ様なケースに羽ペンを入れている。
何それ、便利そう。いいな、ほしい。
今度の休みに街へ探しに行こう。
「魔法理論ってどんな科目なのかな……」
「その名の通りでしょう。魔法の理論を学ぶのよ」
「む?」
理論って『鍵言』とか魔力についての話だよね。皆知ってるんじゃないの?
「……アイリーンが何を考えているかは分かりますけれど、入学前に詳しい魔法理論を学んでいるのは、運良く魔導士に師事することができた者だけなのですよ」
「え?! そうなの?! 師匠を探さなきゃ魔法学べないの、田舎だけだと思ってたよ!」
「その言い方に当て嵌めるなら、師を探さなければ学べないのは平民だけ、ですわ。我々貴族家の子供は家庭教師が付けられますから」
「へぇ……じゃあこの授業は平民の子達に合わせた授業ってこと? 大事なのは分かるんだけど……」
「はっきり言って退屈よ」
「だよね」
ジェラルディーンがふん、と吐いた言葉に私は頷いた。
私も一通り学んでいるから、この授業は『理論』と言う名が付いていることを考えても眠くなること間違い無しだ。
「退屈しのぎに、昨日のことを聞かせてくれないかしら?」
昨日……?
真ん中に座ったラタフィアの向こうから紅玉髄の瞳がちらりと私を見る。
私は首を傾げる。昨日なんて『精霊の愛し子』云々の話を隠して、色々あって遅れたこと以外他寮であるジェラルディーンが気にすること……
はいはいはいありましたね!!
――「そんなはずはない。昨日はあんなに……ごほん、何でもない……悪かったな」――
ちょっと前にレオンハルトが言った迂闊すぎる一言。ジェラルディーンたちはまだ登場していなかったから聞いていないだろうと思って油断していた。
ラタフィアが「ああ」と頷く。
「私も気になりますわ。殿下は変なところで言葉を濁されましたし……」
「あら、やっぱり何かあったのね」
「え?」
ジェラルディーンの言葉に私は目を瞬いた。どういうこと、ジェリーさん?
訳が分からないよ、と口をもにょらせる私にジェラルディーンは「これぞまさに悪役!!」と言った様子の、にやりという笑みを浮かべた。
似合う、似合いすぎる。そのまま左手を腰に、右手を口許にやって「おーっほっほっ」って笑ってくれないかな。
「貴方の容姿は目立つもの。昨日の寮分けの儀式で見ていれば憶えていたはずよ。わたくしが知らなかったと言うことは、貴方はあの儀式に参加していないと言うことになるわ」
「そう言えばそうでしたわね。儀式の後に何かがあって遅れたと考えていましたけれど、アイリーンみたいに綺麗な子、私が見逃す訳がありませんわね」
「……相変わらず、綺麗なものが好きね」
「ええ」
私は完全に二人に置いていかれていた。何の話してるんだろう……優しく教えてくれないと分からないぞ。
ジェラルディーンは得意気に笑んだまま私に視線を戻して続けた。
「そして常ならばあの儀式に参加するはずの学園長も、寮長の四人も、あの場にいなかった。何かがあったのだと考えない方がおかしいわ」
お、恐ろしい。貴族の観察眼。
同時にさっきの「昨日のことを聞かせてくれないかしら?」で鎌をかけられたことに気づいた。
何て恐ろしい人だ……
「そして殿下のあの態度……さあ、話してもらうわよ」
「ひぇ」
これはあれだ。レオンハルトの婚約者としてではなく、女の子友達として聞こうとしているあれだ。
紅薔薇の美貌に、きらきらと隠しきれない好奇心が煌めいている。
「うふふ、私も気になります」
ラタさん!! あんたって人は!!
「なななな、なんで聞きたがるのかな?」
動揺が全て口に来ている。こんなん舌噛むわ。
私の問いに、ラタフィアは青風信子石の目を輝かせ、白い頬を少し赤くして答えた。
「女の子のお友達と、こういうお話をするのに憧れていたのですわ」
「じゃ、じゃ、じゃあラタが話せばいいじゃないの」
「私はまだ婚約者のいない身ですので、下手なことは言えないのですわ」
ほぎゃーーっ!! なんで婚約者いないの?! こんなに、可愛いのに!!!
「あら、まだ見つからないの?」
「ええ。候補は何人かいるのですが……最近は貴族でも属性の純粋でない者が増えてきましたわね……」
「水属性にこだわりが無くなったら我が家へいらっしゃいな。一つ下の弟はまだ婚約者がいないわ」
「うふふ。考えておきますわ」
なるほど、ラタフィアは純粋な水属性のお相手を探しているんだ。
かなり難しいと思う。私はラタフィアほど純粋な魔力を今のところ見たことない。
『精霊の愛し子』である私が引くほど純粋だったからなぁ。精霊の魔力ってこんなかな、と考えたくらいには。
と言うかジェラルディーンには弟がいるんだ……一つ下、十五歳、アウト。残念。
「さあアイリーン。聞かせてもらうわよ」
「あぎゃっ!!」
「……貴方、大丈夫?」
「……ごめん。焦った」
ジェラルディーンは、本気で頭がヤバい人を心配する目をしていた。やめて、そんな目で見ないで。
そうして詰め寄られた私が、ゴニョゴニョしているうちに、先生が現れて運良くこの話は流れた……
「……今度、聞かせてもらうわよ」
流してくれよ!!




