第13話.ショタコンと悪役令嬢(1)
悪役令嬢が、来る。
一旦部屋に戻り、鞄を手に私とラタフィアは学園へ向かった。
寮から真っ直ぐ、南下するだけである。
「どきどきする」
「大丈夫ですわよ」
最初の授業は『魔法理論』とか言う難しげなやつ。全寮の新入生を大講堂に集めての合同授業らしい。
「全寮ですからね……あぁ、そこで私のお友達に会えましたら紹介しますわ」
「他寮に友達が?」
「ええ、家同士の付き合いから、交流するようになりましたの。ですから四年前ほどからの仲ですわ」
「へぇ。ちなみにどこ?」
「火寮フォーコ・アークイラです」
火と水って相性悪い感じしかしないけどラタフィアと仲良しなら、私も仲良くできるかな。
「家同士のってことは、やっぱり貴族のお嬢様だよね……」
「ええ。彼女は公爵令嬢です。けれど、身分だけで人を判断する様なことはしませんから安心してくださいな」
「あ、そうじゃなくてね」
身分云々で心配してるんじゃないんだ。
「絶対おしとやかでしょ? 私、あんまりマナーしっかりしてないから……それで緊張するの」
「あら。そんなことでしたか」
ラタフィアは頬に手を当てて微笑んだ。
「いざとなったら私が教えて差し上げますわ」
なんか怖いぞ。白百合の乙女の背後にご機嫌な黒いオーラが見える。
「よ、よろしく、お願いします……」
頑張って自力でおしとやかになろう。
私は密かに決意を固めた。
―――――………
ラタフィアが歩く地図だったので(本人曰く兄に教えて貰ったそうだ)迷うことなく大講堂に行けた。
これはまずい。ラタフィアがお休みとかしたら私は迷子直行コース間違いなしである。
「……何でしょうか、あれは」
大講堂の少し手前、廊下の真ん中で私とラタフィアは立ち止まった。
大講堂の大きな扉の前に凄い人集りができていたのである。なんじゃあれ。
ん? 一つ飛び出してる金の頭は……
人集りは主に女子生徒で形成されていた。色とりどりの花園である。その中に頭二つ分ほど高い金の頭があった。
何か知ってる金の頭だな、と考えて見つめていたらそれがいきなり振り返った。
煌めく翠眼、目を引く白皙の美貌。私を見つけた途端輝いた表情は、豪華絢爛な蘭の如し華やかさ。
おぅふ。
最近タップダンサーの汚名を返上したばかり、そして新たにおちびさんの称号を獲得した王太子殿下、レオンハルトである。
「アイリーン!!」
やめろ、何で呼ぶ?!
思わず後ずさる私に、ラタフィアが不思議そうに訊ねてきた。
「王太子殿下と、お知り合いなのですか?」
「え、あ、あいや、なんだろね……」
「おはよう! 新入生に迷いそうだからと案内を頼まれて来たんだが……朝からお前に会えて良かった!!」
いやいやいや来るなし!!
目立つじゃん何なの?!
タップダンサーの汚名は返上したが、今度は何だ、何て呼んでやろう?! おちびさんじゃなくて、阿呆ほど目立つからミラーボールでいいか?!
ラタフィアは向かってくるレオンハルトにしゃなりとカーテシーをしている。
とても優雅だ。素晴らしい。
流石、侯爵令嬢だね! こんな突然のミラーボールの突撃にも即座に対応できるんだから! その応用力分けて!!
しかしラタフィアの応用力は私に分けられることなく、レオンハルトが先に私たちのところに到達した。
直視できない。色んな意味で。
「どうしたんだ、アイリーン。そんなに俯いて……体調でも悪いのか?」
「あ、いえ、あの、その……」
「あぁ、大丈夫、心配するな。学園では皆平等だからな」
違う! ち・が・う!!
何で分かんないかなこの人は!
「王太子殿下」
その時、ラタフィアが少々強引に助け船を出してくれた。何て優しいんだ……もう私、ラタフィアに一生ついていく……いや、一生は無理だわ。ごめん、今だけね。
「ああ、お前はギルの。何か用か」
ラタフィアはそっと顔を上げ、レオンハルトを見た。
「恐らくアイリーンは緊張しているのでしょう。ですから……」
「そんなはずはない。昨日はあんなに……ごほん、何でもない……悪かったな」
迂闊すぎだろこいつ……
私は可哀想なものを見る目で、ようやくレオンハルトを直視することができた。
ちなみに、彼が先程変なところで言葉を濁したせいで、先程の人集りを形成していた女子生徒たちの目が大変よろしくない鋭さになった。
マジやめろ。
レオンハルトが何やら話そうとしてくるが、私はラタフィアに視線を向ける。
「ラタ、行かない? ここ、廊下の真ん中だし……」
「ですが……」
だよね。貴族の令嬢には、まだ話したそうにこっちを見ている王太子を放置して去ることは難しいよね。
さあ、どうしたもんか。
お嬢さんたち、お願いだから睨まないでくれないか。私、泣いちゃう。
その時だった。
「殿下、何をしていらっしゃいますの?」
「っ!!」
気位の高そうな女の子の声が響き、ざわめいていた女子生徒たちが固まる。
そして、レオンハルトは分かりやすく動揺した。「ギクッ」って音が鳴りそうなくらいに明らかな様子だった。
女子生徒の群が左右に割れた。
その真ん中を、海を割ったモーセの如く歩いてくる者がいる。
そのモーセに率いられたユダヤ人の様な沢山の取り巻きをつれて、悠々と、靴の踵がカツン、と音を立てる様すら尊大に見える歩き方で、彼女は現れた。
「そちらは一体誰かしら?」
あれは、あ、あっ……
長いばっちりまつ毛に縁取られたつり目は、熱く燃え盛る炎の様な紅玉髄の色。
レオンハルトに負けず劣らず華やかな小顔には、確たる自信に裏打ちされた完璧な微笑が浮かんでいる。
白い肌に映える赤のリボンと炎の形をした赤いバッジ。火寮フォーコ・アークイラの生徒だ。
まるで紅薔薇の様に、目映く、強烈で絢爛な美少女。一歩一歩に表れる、スパンコールみたいに眩しい存在感の輝き。
そして何より目を引くのはその髪。
悪役令嬢だっ!!!
艶々の金髪縦ロール、またの名を金髪縦巻きドリルと言う。
私は脳内で叫び、レオンハルトは油の切れた機械の様にギギギと振り返った。
「ジェ、ジェラルディーン……」
強そうな名前だ……
こんな状況だと言うのに、ラタフィアだけはほけほけと笑っていた。
「丁度良かった」
ラタさん?!
一体どこが、何が?!
私は息が詰まるのを感じながら、その紅薔薇の様な美少女――ジェラルディーンが口を開くのを待った。




