第12話.ショタコンとマッシュポテト
朝、アラームは存在しないので自身の力で時間通り起きるしかない。
「うむぅ~……何時だ……」
時計はあるので枕元のテーブルから引っ張って覗き込む。七時半くらい。なかなかいい時間だ。
私はもそもそとベッドのぬくい布団から抜け出して、備え付けのドレッサーの前にのたのた歩いていく。
鏡に映るのは眠たげな美少女だ。これが自分の顔だと慣れるには、記憶が戻ってからかなり苦労した。
少し乱れた髪は“寝癖”と言うより“寝乱れた”という感じだし、ぼんやりした琥珀色の瞳は“ぼけてる”と言うより“物憂げ”という感じになるヒロイン補正。
何故自分の容姿についてぼんやりした頭で述べているかと言えば、今日から授業が始まるからであり、そこは隠れ邪神ファンがいるという危険と隣り合わせの場所だからである。
この顔目立つからね。
それでもやっぱり魔法を学ぶのは心踊るし、行かないという選択肢は無い。
「くぁぁ~……」
大欠伸、眠い。昨晩はワクワクしてなかなか寝付けなかったのだ。
適当に髪を梳かし、顔を洗って、パジャマを脱ぎ捨てる。白と黒で調えられたシックな制服を身に纏い、学年を示すらしい小さな青い雫型のバッジを胸元に着けた。
ハイウエストの黒いスカートは上品な膝下丈である。反対に短めなブレザーは軍服っぽくて白地に黒の縁取りがあり、キリッとした感じになった。
中は黒いワイシャツで、最後に胸に寮を示す青いリボンを結び完成である。
シックでいいな。
くるりと鏡の前で一回転してみる。銀の髪にも似合って良かった。髪に飾り気が無さすぎたので時間もあることだし頭の両サイドに編み込みをする。
「……っと、できた」
なかなか上手にできたんじゃない? 私は鏡を覗き込んで編み込みの出来に満足した。
学園へ持っていく用の小さめの鞄に、昨日貰った予定表に合わせた荷物を突っ込んで(教科書の山も昨夜渡された)忘れ物が無いか入念にチェックする。
「おっけー」
ぐーきゅるるるるー
「朝ごはん行こう……」
鞄は机の上に置き、私はふらふらと鍵を片手に部屋の戸を開けた。
「きゃっ?!」
「ぬわっ?!」
開け放った戸のすぐそこに、まるで今にもノックをしようとしていた様なポーズのラタフィアがいた。
それにしても、咄嗟に出る悲鳴の違いに育ちが顕著に現れている。うむ。
「ごめん、びっくりした?」
「少し。丁度声をかけようと思っていたところだったのです」
「そっか。私も行こうとしてたんだ。おはよう、ラタ」
「おはようございます、アイリーン」
そう言って微笑んだラタフィアは私のことを上から下までまじまじと観察し、にっこり笑った。
「似合っていますわ、アイリーン」
「ありがとう。ラタも可愛いね」
ラタフィアの華奢な身体は私と同じ制服に包まれていたが、何だか溢れ出る気品が違う。
彼女はふわふわした栗色の長髪を群青のリボンでハーフアップにしている。
「お嬢様だなぁ……」
「お嬢様ですもの」
あ、声に出てた。しかしラタフィアは嫌な顔はせず唇を悪戯っぽく少し尖らせて笑っている。
「お腹ペコペコ。早くご飯食べに行こう」
「ええ、そうしましょう」
ラタフィアと話しながらの朝食の席で、私は上級生の学年を示すバッジについて教えて貰った。
「この寮は学年が上がるごとに色が濃くなるようですわね」
私たちは青。ちらりと辺りに視線を向けると濃青、群青そして濃藍の物が目に入った。なるほど。
「寮長と副寮長は……丁度いらっしゃいましたからご覧になって」
「ん?」
マッシュポテトを口に詰め込んでいた私はラタフィアの言葉に振り返った。
「おはようございますアイリーン。昨日はこちらの不手際で遅れさせてしまいましたが、問題無かったようですね」
「詰め込みすぎじゃありませんかね?! リスですか、貴方」
「うもむっ?!」
ギルバートとカイルだ。
私は口の中のマッシュポテトのせいで上手く喋れず(何故ここまで詰め込んだと自問したが、己の心の中からは「うめぇ」という答えしか返ってこなかった)変な声を出してしまう。
代わりに、どんなにポテトがうまかろうがお下品なことはしない侯爵令嬢ラタフィアが返事をしてくれた。
「おはようございます、お兄様、カイル様。ご安心くださいな、必要なことは私が説明致しました」
「おはよう、ラタ。それは助かりました。流石私の妹です」
「おはようございます、ラタフィア嬢」
私は口の中のマッシュポテトをゴッキュゴッキュと飲み込みながら、二人のバッジを確認した。
おおぅ、豪華。
私たちの一般バッジが七宝焼みたいな見た目なのに対して、上級職の二人のバッジは金と青玉でできており、形も違った。
モチーフは孔雀の尾羽根である。勿論扇形のじゃなく、一枚だけね。
重たそうである。
「ふぅ、おはようございます」
遅れ馳せながら、先程のハムスター状態など無かったかの様なキリッとした表情を作って挨拶をする。
ギルバートは穏やかに微笑んで挨拶を返してくれた上に「寮の食事はお口に合いますか」とまで聞いてくれた。
うん、バリバリ合うよ。うまい。
その意を込めてこっくり頷く。ギルバートは「良かったです」と少し嬉しそうに言った。
「マッシュポテトは意外と喉に詰まりますから気をつけてくださいよ」
先程私がゴッキュゴッキュと飲み込んでいたのを見ていたはずのカイルがそう忠告してくれる。
それにしても“意外と”って……
「芋が詰まると死にかけますから」
「流石、一年の時に死にかけた者の言葉の重みは違いますね」
「なっ、寮長!!」
カイル、貴方は同志か……
「……マッシュポテト、美味しいですよね」
私は苦笑してフォローを入れた。
仲間だからね、助け合わなきゃ。
「全然フォローになってませんよ……はぁ」
ギルバートとラタフィアは楽しそうに笑って私たちのやり取りを見ていた。
「さて、私たちは行きます。二人も、初日ですから遅れないように」
「「はい」」
そうしてギルバートとカイルは去っていった。私は再びマッシュポテトを口に詰め込み始める。
「ふふ、リスみたいで可愛いですわ」
「もへふ?」
そうかなぁ。顔の形少し変わるくらいには詰め込んでる気がするんだけど……
はっ! これもまたヒロイン補正か。恐ろしい。
それにしても、このマッシュポテト美味しすぎる。明日からも食べよう。
私はそんなことを心に誓いながら、皿に残っていたささやかな量の野菜を食べて食事を終えた。




