第9話.ショタコンと水寮
昨日は本連載『銀星と黒翼』にレビューを2本もいただき、ブクマが20件以上増えました。
そして本日この作品にもレビューいただきました……
嬉しさで窒息するかも。
とても面白いレビューなので是非ご一読ください。
今後とも作品、並びにふとんねこをよろしくお願い致します。
ゴタゴタが挟まったため、私は寮分けの儀式に参加できず、そこで渡される予定だった制服は学園長室に新任の先生が届けに来た。
ナーシサス・ダグラスと言って私の入る水寮アクア・パヴォーナの寮監だそう。
新任だから学園長は先生を信頼していないのか、私が儀式に出られなかった理由について「学園側の不手際があった」と説明した。
それにしてもダグラス先生は生理的に苦手な気がする。彼の優しげなイケメンフェイスに緩く束ねて背中に垂らした深緑の髪と、きらきらした黒尖晶石の目は、何やら私の心に引っ掛かった。
あぁ、あれかも。色合いがモブとは思えない感じだから思わず「攻略対象か?」と思っちゃったからかな。
そりゃあ私の心に引っ掛かるわけだよ。攻略対象とはできるだけ触れ合いたくないもの。
この世界はゲームが元なだけで、完全にゲームじゃないんだから。モブばっかな訳がない。
私は制服を抱きしめ、学園長と三人の寮長に挨拶するとギルバートに連れられて、これからの家となる水寮の建物へ向かった。
―――――………
水寮アクア・パヴォーナの寮の建物は学園の校舎の北側にある。
一階が共用スペースらしく横長になっており、その左右に四階までの棟が二つ。当たり前だけど男女別棟だ。
一階の正面の扉には青い孔雀が描かれており、その絢爛な尾羽根は途中から水流に変化している。なんて格好いいんだ。
ギルバートはその扉を開けて私を通してくれる。紳士だ……その動作に溢れる気品、流石侯爵さん家の息子さんだ。
「わぁ……」
庶民の私には縁が無いと思っていた広い玄関だ。天井にはクリスタルのシャンデリアが煌めき、青い絨毯の敷かれた大理石製の床は完璧に磨き上げられている。
奥には焦茶の木の扉があり、左右には大理石の階段があった。その先は左右の棟に続いているらしい。
玄関って言うより広間かな……
外から見たより広く感じる。空間を広げる系の魔法とか、存在するのかな。何属性になるんだろうか。
さて、その広間のような玄関の真ん中にぽつんと布製の鞄が一つ、取り残されていた。
「あ」
熊ちゃん、信じてたよ……ありがとう。
それは私の荷物であった。あのふわもこの白熊ちゃんは、私の荷物をちゃんとここへ届けてくれたのだ。
良かった。私の鞄がブラックホールの住人にならなくて。
「新入生は貴女で最後のようですね。さあそれを持ってついてきてください」
「っ、はい!」
熊ちゃんのもふもふに思いを馳せていたら、ギルバートがそう声をかけてきた。慌てて荷物を拾い上げ、その後に続く。
進む先は奥の木の扉。多分、共用スペースへの扉だ。
「新入生はこの奥で昼食を摂っているはずです。貴女もそこに混ざってくださいね」
「はい」
あれじゃん、遅れてきたせいで注目されるやつ。ドキドキする。
扉を開け、同級生となる新入生たちが立てているであろう喧騒を聞いて「懐かしいなぁ」と高校の学食を思い出した私。
仲良くなれそうな子いるかな、と一瞬静まり返ったそこを見渡そうとした時、誰かが突撃してきた。
「寮ー長ーっ!! どこ行ってたんですか探したんですよっ?! ってその子誰ですかっ?!」
何とも勢いのあることで。
「すみません。学園長室に。彼女の資料に不備があったので」
私は思わず固まったのに、ギルバートは平然と応答している。
その勢いのよい人は、可愛らしい真ん中分けの前髪がある亜麻色の髪に明るい電気石の瞳をした青年だった。
「彼女はアイリーン、新入生ですよ。アイリーン、彼は私の補佐をする副寮長のカイルです」
「は、はじめまして」
カイルの勢いショックから少し覚めた私はおずおずと頭を下げる。日本人の感覚って抜けないね。
おしとやかに、バレエダンサーがやる様なレヴェランスみたいに、カーテシーと言うらしい淑女のお辞儀でも出来たらいいんだけど。
「ふむ。新入生ですか。入学早々災難でしたね」
ありゃ。
あの勢いはどこへやら。カイルは至極まともに話をし始めた。
「僕はカイル・リアン・ローウェル。一応副寮長ですから、困ったことがあって寮長が不在だったら僕のところへ来るといい」
「はい、よろしくお願いします」
荷物はそのまま持って好きな席に、と言われたので大人しく言う通りにする。
今日だけは特別に配膳が済んでいるらしいが、普段は好きなものを自分で取るビュッフェ形式だという。
とてもありがたいが、太らないように気をつけなきゃなと思った。
仕事があるらしい二人と別れ、私は荷物と制服を抱えたまま長机の並ぶ広間を進んだ。
平民だろうなという感じの子達は落ち着きなく私に目を向けてくる。
遅れてきた私を全く気にせず優雅に食事を続けているのは貴族の子だろう。
学園敷地内は貴族平民、皆平等とは言うがやはり平民は平民で、貴族は貴族で固まっていた。
空いてる席は……
一つあった。向かいには栗色のふんわりした髪に深青のリボンを付けた美少女が座っている。
長いまつ毛に縁取られた青風信子石の瞳が印象的だ。
その優雅な所作からして、恐らく貴族の令嬢であろう。
ついじっと見てしまったために、その美少女が顔を上げた。
バッチリ目が合う。こうして見ると伏し目のところを見るより更にその瞳の鮮やかな水色は美しかった。
彼女はしばらくおっとりと目を瞬き、それからふわりと微笑んだ。
「席をお探しなら、ここが空いていましてよ」
「あ、ありがとう、ございます」
「ふふ。貴方も新入生でしょう? 敬語はいりませんわ」
こくこく小刻みに頷いて、遠慮がちに彼女の向かいの席に腰を下ろす。
ちょっぴり冷めてしまっているスープを見下ろし、抜けない前世の習慣で「いただきます」と手を合わせる。
向かいの彼女は私のそんな様子をじっと眺めていたが、やがて自分の食事の残りに取りかかった。




