第4話.ショタコンのVIP待遇
その日は学園の近くの宿に泊まることになった。何故か、ギルバートも泊まると言って勝手に私の分までお金を払い、それを見たロジエス教授も勝手に泊まると言った。
何なんだ貴方たちは。
そして翌日。またギルバートが荷物を持ってくれて、三人で学園へ向かった。
何なんだこのVIP待遇(嬉しくない)。
学園の入口に聳え立つ鉄の門を見上げた私は、その向こうの青空を飛んでいる白鳩を見て溜め息を吐いた。
これは、オープニングムービーだ。
魔法学園の門をくぐったヒロインの後ろ姿から、視点は空へ。そこには白鳩が何羽か飛んでいて、ふわりとゲームタイトルが浮かび上がる。
ただ……
オープニングムービーやゲームの内容と違うのは、私がすでにレオンハルトと遭遇していることと、現在隣にギルバートがいること。
完全にゲームシナリオから外れているに違いない。
ただ、知識チートしたい系転生者と違って、私はゲームシナリオが全くと言っていいほど頭に入ってない系転生者である。
シナリオからゴリゴリ外れていこうが何も困らない。
「アイリーン、荷物を渡しますよ」
「あっ、はい!」
ギルバートが私の重い荷物を運んで、門の後ろに控えていた……
「……え?」
……大きなもふもふの白い熊ちゃんに渡した。
「く、くま……」
「新入生はよく驚きますね。この熊は魔生生物のモルファ、無害ですから近づいて平気ですよ」
純白の毛が生え揃った大きな身体。お尻を地面につけて両足をだらんと伸ばした座り方で、私よりも大きかった。
肉球は桃色で、私の掌くらいある。
ギルバートから私の荷物を受け取った熊ちゃんは、それを両腕で抱きしめた。
するとほわりと真っ白なお腹が光って荷物が吸い込まれる。もしや熊ちゃんのお腹はブラックホールなの?
「モルファは物を持ち主の魔力の質によって分類し、決められた場所に転送することのできる生き物です。貴方の荷物は今頃我々の寮に届いているでしょう」
「新入生は、まだ寮分けされていないのに?」
「ええ。なので実のところこの場で寮が決められる様なものです。ただ、寮分けは新入生の顔を寮の者たちに見せるための儀式でもありますから」
そうなんですか、と答えながら私は熊ちゃんを見つめて考えていた。
私の特殊な魔力で、ちゃんと水属性の寮に届くの……?
私には属性がない。物の持ち主の魔力の質によって分類するなら、無属性の私の荷物は……まさか永遠に熊ちゃんの腹の中?
それは困る。私の衣類が、永遠に熊ちゃんの腹の中なんて……色々な意味で困る。
だってほら、下着とかも入ってるし。
「時折直前まで持っている者の魔力に左右されることもあるぞ。君の魔力は強いしのう。気を付けるのじゃよ、ギルバート」
そこへロジエス教授がそう声をかけてきた。あれ、そうなるともしかして、もしかしてじゃない?
「そうですか……以後気を付けます。ですが今回の場合は問題ありませんよね」
「まあそうじゃな。君もアイリーンも、水属性じゃから」
届いている方に賭けよう。どうぞよろしくね熊ちゃん。
私はそんな想いを込めて、恐る恐る熊ちゃんの頭に手を伸ばした。ギルバートやロジエス教授から制止がかからないから、多分触って良いんだと思う。
もふん……
……端的に言って最高だ。
最高級のテディベアの触り心地。ふわふわさらさら、そして暖かだ。
熊ちゃんはつぶらな瞳で私を見ている。きらきらとした黒曜石の煌めき。
何て素晴らしいふわふわ。リオにも触らせてあげたいなぁ……
ああ、でも。リオもいずれこの学園に通うようになるかもしれないから、その時は熊ちゃんに触るよう言っておけばいいんだ。
「行きますよ、アイリーン」
「っ、はい!」
ギルバートに呼ばれ、私は慌てて熊ちゃんから離れる。
そこから少し歩いて、ロジエス教授は途中で別方向へ行ってしまった。
やめて行かないで、と目に力を込めて見つめたけど無情にも教授はスタコラ去っていった。
攻略対象と二人きりは辛い。
「…………」
城の様な巨大な校舎が近づいてくる。私とギルバートの間に会話は無い。
彼は足が長いから私より足が速いはずだが、ゆっくり歩いてくれているらしい。
あのタップダンス王太子よりかなり紳士だ。すっぽんと月くらいには。
「……緊張していますか?」
「っ……少し」
いきなり話しかけるなよ……心臓が口からゴーアウェイしちゃうって前にも言ったよね?(ああ、直接は言ってないや……)
「……申し訳ないですが、寮分けの行われる大広間に行く前に、少し私と一緒に来てください」
「え……?」
あっ!!!
思い出した。
各攻略対象のルートに分かれる前の共通ルートを全員分早送りやスキップで繰り返したから、奇跡的に記憶の底に沈んでいたこと。
学園の門をくぐったヒロインは、案内の人に学園長室に連行されるんだった。
いっ、いやだ!!!
だからVIP待遇(嬉しくない)だったのか! これは罠だったのだ!! 騙したなこの野郎!
「大丈夫ですよ。学園長は突然酷いことをしたりしませんから」
「あ、あの……何故……?」
そう、私の曖昧な記憶では、連行された先のことが分からなかった。役に立たない頭だ。
「さて……学園長の考えは遠大で底無しの淵の様に深い。私には分かりません」
何それ、怖すぎ。
学園長殿には何が見えてるの?
ギルバートは水宝玉の瞳を私に向けた。その綺麗な目に映る私の表情は暗い。
「安心してください。その場には私もいますから」
「そう、ですか……」
大変申し訳ないが、その状況でどう安心しろと?
アクアマリンの和名は『藍玉』と言いますが、ギルバートの水イメージのため、もう1つの和名で『水宝玉』としました。




