第3話.ショタコンと王都
ガタゴトと私の尻に強烈なダメージをもたらしていた馬車の揺れが次第に、ゴロゴロと落ち着いたものになってきた。
はたと顔を上げればそこには巨大な白石の門がある。何だか凱旋門みたい。きっと王都の入口だ。
「アイリーン、ここが王都の入口じゃよ」
新入生だと発覚したらロジエス教授は私の名前から「さん」を取った。
「そうなんですね……大きい……」
百花の都ゴーデミルス。
五百年前に現王家の当主であった初代国王ゴーデミアス・シェイドローン・バイルダートが西の大陸の争いを平定し、バイルダート王国建国を宣言した都だ。
色鮮やかに四季折々の花が咲き誇る、まさに百花の都。都市全体を護る様に巨大な城壁に囲まれたここは、東西南北に四つの門を置いている。
私たちが通ったのは北側の青水門。南には赤火門、東の黄土門、西は緑風門と言うらしい。
懐かしい感じがしたと思ったらあれだ。東西南北の四獣。正しく四獣にするなら黒水、赤火、青木、白金かな。真ん中が黄色だけど、西洋ファンタジーだからね。
「見てご覧、左側にあるのが国立シェイドローン魔法学園。右側にあるのが王宮じゃよ」
「っお、大きい!!」
青水門から延びる大通り、その左右に、かなり離れてはいるけれど巨大な建物が並んでいた。
多分敷地が広すぎてあんなに離れているんだろう。
左側には石造りでどっしりとした、城塞と言っても差し支えない程頑丈そうな建物があった。
と言うかその見た目はほぼ城。あんなところでこれから勉強するんだと思うとドキドキが止まらない。
右側には白亜の王宮。それはもう美しい巨大な芸術作品だった。日の光に照らされた白は目映い輝きである。
「さて、そろそろ降りるかの」
「あ、はい!」
ぼんやり王都を見渡していたら、ロジエス教授がそう声をかけてきた。と同時に馬車が止まる。
私は行商の人たちに礼を言い、後払いのお金を渡すと荷物を持って馬車を降りた。
く、重い……
ほとんどが衣類だが、その他師匠のくれた書籍なんかも入っている布製の鞄は滅茶苦茶に重い。
重みに呻いていたその時、傍らから伸びてきた手がひょいっと私の荷物を軽々取り上げた。
「大丈夫ですか。学園の入口に荷物の受取人がいますから、そこまで運びましょう」
「えっ、あ、ありがとうございます……」
その手の主は、馬を降りて徒歩になったギルバートで、彼は私のずっしりした荷物を軽々持っている。
悔しい、私だって結構鍛えているのに!
「ふぉふぉふぉ、感心感心」
「よしてください教授。このくらい男として当然です」
「良い良い。さて、行くかのぅ」
そうして私とロジエス教授、おまけのギルバートの三人で学園方面へ向かうことになった。
―――――………
その頃、緑風門にて。
西の道を警護していた一団の元へ、一羽の白鳩が舞い降りた。
「殿下、学園長から鳩が!」
「そこで読み上げろ」
「はっ! ええと……『警護を切り上げて至急学園に戻ること。すぐに学園長室へ』とのことです!」
「至急……?」
鳩文の内容に首を傾げたのは、さらりとした金髪の青年である。
真っ直ぐな煌めきを宿した至宝の翠玉の瞳、白皙の美貌には彼の高貴な血筋の放つ独特の気配があった。
程よく鍛えられ、均整のとれた身体には金糸の縁取りが美しい上質な白の衣装を纏い、腰にはしっかり使い込まれた剣を提げている。
彼はレオンハルト・ブリッツ・レーベ・バイルダート。現在十八歳、この国の王太子であり、魔法学園の風の寮ヴェント・ファルコの寮長である。
「……だが学園長が言うのなら、もう警護の必要は無いのだろう……よし、戻るぞ!」
「「「はっ!!」」」
まさか、あの時の……彼女なのか?
愛馬の手綱を握り締め、レオンハルトは内心穏やかではなかった。
同時刻、赤火門、黄土門にも白鳩の文が届いていた。
「ふむ、何か別に大事な用事があるらしいな! よし、皆、戻ろう!」
燃える様な赤毛に、刃の様な白銀の目をした青年が、白鳩を肩にとまらせて馬を駆けさせる。
彼に率いられている一団は元気よく「おう!」と返事をした。
「警護しろって殿下が煩いから仕方無くやってたのに、今度は学園長から戻れって言われるの? もー、面倒くさいなぁ……」
艶々の黒髪に、美しい紅色の瞳をした少年が溜め息を吐いて馬の腹を優しく蹴る。走り出す馬に彼は溜め息を吐いた。
事態は確実にアイリーンの胃を集中攻撃する方へと進んでいる。
隣を歩くギルバートに、げんなりしながらも学園での新生活に胸を踊らせる彼女はまだ、それを知らない。




