第2話.ショタコンと寮長
短く切り揃えられた清潔感のある栗色の髪、爽快な青海の色をした瞳。紳士然とした柔和な顔立ちに穏やかな声音。
山賊の頻繁に出没する場所を騎兵を伴って巡回するには少々心許ない様に見える軽装備で、彼は馬上から私を見下ろしていた。
まったくもって名前は思い出せないが、その顔だけは確実に覚えている。
『月花と精霊のパラディーゾ』のパッケージで、あのタップダンス王太子レオンハルトの隣に描かれていた男だ。
……本当に何て名前だっけ?!
「大丈夫ですか?」
「っ、あ、はい」
正直全然大丈夫じゃない。貴方のせいでね。会いたくなかった、と言うか学園に入学前にこんなところで会うなんてあり? ゲーム始まってねぇよ。
「……山賊が何名か後方にも向かったと思ったのですが」
「…………」
山賊ね! 来ましたよ来・ま・し・た!
でもさ、そう言ったら「じゃあどうしたんだ」ってなるでしょ。上手く誤魔化すの大変そうじゃん、なんかこの人どっかの王太子と違って頭良さそうだし。
正直には言いたくないし言うつもりもない。攻略対象だって分かっている相手に一人で結構な量の山賊を片付けられると知られたくない。
「どうしましたか?」
どうもこうも、上手い言い訳を考えてんだよこの野郎。
私はそっと目を伏せて考え込む。
そんな私の様子を不審と考えたらしい彼は、身軽な動きで馬から降りてきた。
ひえ。
「どこか怪我でも? やはりまだ後方に山賊の残りがいるんですか?」
変な受け答えは不審なので、いい言葉が思い付くまで口を閉じているつもりだったが、青年が詰め寄ってくるので私は「ええと……」と言って後ずさってしまう。
さあ困った。彼は「お嬢さん?」と更に距離を詰めてくるし、もう後ろにはそれほど逃げ場がない。
「おおそこにいるのは」
救世主ーーーーッ!!!
そんな危機的状況に救世主が現れた。私は喜びからガバッと勢いよく顔を上げて救世主――同乗者のおじいさんを見た。
「ああ、ロジエス教授。まさかここにいらっしゃるとは……」
「こういう馬車に乗った方が面白いこともあるんじゃよ。ふぉふぉふぉ」
え? 顔見知り? 教授って、この攻略対象の青年は学園の生徒だから……
「ギルバート、彼女はとても優秀な新入生じゃよ。わしが攻撃しようか迷っている間に、十数人の山賊を簡単に捕まえてしまったんじゃ」
バラすなやぁぁぁぁっ!!!
何しちゃってんのおじいさんっ?!
まじやめろください!!!
「そうならそうと言えば良かったのに……何故黙っていたんです?」
「ふぉふぉふぉ、君は男前じゃ。年頃の乙女にあまり詰め寄るでない」
「そう、ですね……礼を失した行いでした」
申し訳ありません、と青年――ギルバートは謝る。
私の脳内はそれどころじゃない混乱に呑まれていたので反応できなかった。
バレたよ、入学初日どころか入学一日前にバレたよ。おい教授、絶対に許さないんだからな、覚悟しておけよ。必ずいい成績をとってやるからな。
「彼女は水属性魔導士のようじゃから、君のところに入るだろう」
「そうですか。我々アクア・パヴォーナ寮は優秀な新入生を歓迎しますよ」
「はい……ありがとう、ございます……」
元々水属性の……アクア何たら寮に入る予定ではあったけどさ……こんな、攻略対象の上級生に目を付けられた状態で入りたくないよ……
私は消えそうな細い声で体面上せざるを得ない礼をすると、こっそり溜め息を吐いた。
「申し遅れました、私はギルバート・ディラン・カスカータ。アクア・パヴォーナ寮の寮長をしております」
「寮長……」
「ええ、別の学園では“監督生”とも言う……まあ、寮を取りまとめる役ですよ」
ああ、説明どうも……
何だろう。レオンハルトに遭遇した時の苛立ちとは違って、すごい虚脱感がある。
きっとあれだ。状況がかなり違うからだね。
あぁ、リオが恋しい。今すぐ村まで戻って不思議そうに「お姉ちゃん?」って首を傾げるリオの胸に飛び込みたい……
きっと「どうして帰ってきちゃったの」って言いつつ、頭を優しく撫でてくれるに違いない。
「ギルバート、君は何故ここに?」
ロジエス教授は、ギルバートが引き連れている騎兵たちを眺めてそう訪ねた。
「今年はこの道を通る地域に住む新入生が多いと聞き、山賊の出現もありますから警備に当たる様にと」
レオンハルト殿下が、と彼は締め括る。
「例年より必死でしたね……何故かは知りませんが」
多分私が理由だ……
ああ、これは自惚れじゃなくてね、って言うかこんなことで喜べる訳がない。むしろ呪われてんな、とげんなりするよ。
あの時十五歳だったレオンハルトは今頃十八歳。国立シェイドローン魔法学園は十六歳から十九歳が通うから、彼は三年生だろう。
朧気すぎる前世でのゲーム知識を捻り出し、必死で探って「多分、レオンハルトとギルバートは同級生……多分」という情報に辿り着いた。
自信が無さすぎて「多分」が二回も付いているけど。
話を戻す。
多分同級生であるギルバートが現在監督生ならぬ寮長をしている。そして彼は新入生の出身地についての情報を得られる立場にあるらしい。
その他の個人情報も入手できるはずだ。
さて、そんなギルバートと同級生で、この国の王太子であるレオンハルト。彼の属性は風から派生した雷である。つまり寮が違う。
そして彼は攻略対象筆頭。
そこから導き出される推測。それは恐らくレオンハルトも寮長であろうということであった。
あとは……言わなくても分かるね? 新入生名簿に私の名前なり住所なりを見つけた彼が何をしでかすかなんて、想像に難くない。
「ですがそのお陰でこうして皆さんを助けることができたのですから、よしと致しましょう」
一人憂鬱に考え込んでいる私を他所に、話を終えたギルバートとロジエス教授。
「このまま王都まで参りましょう。我々が先導します」
「うむ、よろしくな」
「それと、お嬢さん」
「っ?! な、何ですか?」
いきなり話しかけんな!! 心臓が口からゴーアウェイするとこだったぞ!!
しかし私の内心の悲鳴も知らず、私の前まで歩いてきたギルバートは、挙動不審な私の様子に小首を傾げた。
うん、不審だよね。
だがすぐに気を取り直したらしい。彼は穏やかに微笑んだ。
レオンハルトは華やかな蘭って感じの微笑みだったけど、彼の笑みは清流みたいな爽やかさである。
「名前を、お聞かせ願えますか?」
「え゛」
名乗るほどの者じゃあねぇよ。
駄目だ、この状況では使えない台詞だ。
どうしようどうしよう……
「……アイリーン、です」
燃え尽きたぜ、真っ白にな……
「そうですか。ではアイリーン、貴方の入寮を楽しみに待っています」
ご機嫌に顔を輝かせた彼は馬にひらりと跨がると、パカパカと進んでいった。
ヒロインて、呪われてんだな……
私は鬱々とした気持ちで馬車に戻った。
やはりリオが恋しい。
あの子の柔らかな金髪に顔を埋めてすーはーしたい。きっと元気になれる。




