シンシア教授の日常と金菫の王子 第7話
『さあさあやってまいりました、皆様の大好物――決闘のお時間です!!』
円形闘技場の熱気は学生時代以来すっかり忘れていたので、入場した私はちょっと気圧された。
でも、すぐに向かい側から現れたフィラメアの姿に気を引き締める。
『挑戦者は火寮フォーコ・アークイラ一年生、フィラメア・オーラ・フレイミッツ!!』
毎度毎度思うけど、実況適性の高い子が必ず在籍してるの、地味にすごいな。
『対するは鍵言の申し子、アイリーン・シンシア教授!! 生徒と教職員との決闘は非常に珍しいことですね! 一体どんな戦いを見せてくれるんでしょうか?!』
一つ息を吐く。目を閉じる。
意識的に耳から遠ざけた外界では決闘の注意事項が読み上げられている。
おせっかいなおばちゃんポジでいいと思っていたはずなのになぁ……
深呼吸を一つ。目を開ける。
視線の先で、フィラメアの双眸が青く燃えていた。
『――死ななきゃ何してもいいですよ!! それでは――はじめ!!』
私は躊躇いなく駆け出した。
――――――
迫り来る私へ、フィラメアはかなり冷静に『火壁』を展開。しかし私を止めるならせめて『炎壁』以上の火属性防壁魔法じゃなくちゃ。
「『水流』三条」
シンプルな水属性魔法をぶつける。一年生にしては精度の高い『火壁』を飲み込んで更に向こうへ――と思ったらうねくる三筋の『水流』を避けて、フィラメアが突進してきた。
「『火球』六弾ッ!!」
「っ、と」
そう来るとは思わなかった。意外な戦法だ。お嬢様はわりと遠距離で終わらせようと撃ってくる子が多いんだけどな。
遠慮のない距離で発動した『火球』を薙いだ手に乗せた魔力で解体。魔力の粒子にまでばらけたそれにフィラメアが悔しげな顔をする。
「『閃光』」
「っうぐ!」
私の最強のアドバンテージは全属性の魔法を最高の状態で即座に発動できること。フィラメアの意志を尊重して手加減はしない。至近距離でスパークした火属性の特殊魔法がフィラメアの視界を潰す。
後ずさった彼女は、しかし素早く『熱壁』と唱え熱気の壁を纏う。自分の持つ手札を最大限活用した臨機応変な対処。やっぱりこの子、とても優秀だ。
鮮やかな緑の燐光を散らしながら『暴風』を構築。フィラメアを守る『熱壁』を容易く剥ぎ取って、重ねた『風打』でその華奢な体を跳ね飛ばす。
……ああ、彼女があんまりにもリオに一生懸命だから、私、目をそらしてきたリオとのこれからを考えてしまったんだ。
ずっと、かつての姉とかつての弟として、いられるとは思ってなかった。かと言って、リオが踏み越えた私の線引きの向こうへこちらから踏み出す勇気もなかった。
起き上がったフィラメアが、少しふらつきながらも『熱波』を放つ。広範囲のそれを倍の広さの『冷気』で鎮圧。
時折彼女の魔力が変に上昇する気配を感じるのだけど、すぐに『火球』や『熱風』になって降って来るから冷静に対処する。
……私の「好き」とリオの「好き」は、違うものだとずっと思っていた。
ギルバートの「好き」を受け止めて、お断りしたときと同じ。その言葉の先に胸を躍らせる思いや熱はないと思っていた。
「っ、『火鳥』十羽ッ!!」
「多いね……!」
乱れ飛ぶ炎の鳥たち。これだけの数を一度に出せるなんて、本当に優秀でびっくりしてしまう。授業の時はここまでではなかったはずだけど……もしかして修行を重ねた上に、実戦の緊張感で研ぎ澄まされてる? だとしたらすごいことだ。
「でも――『水縛』百網!」
「なっ……!」
百の縄を編み上げた網の形の『水縛』がいっぱいに広がって全ての『火鳥』を捕える。ジューッと音を立て、白い蒸気に変わるそれらをフィラメアは愕然と見上げた。
リオと同じ「好き」は返せない……そう思っていたはずなのになぁ。
「そろそろおしまいかな」
私を睨むように見たまま、両手をぐっと握り締めたフィラメア越しに観客席が見えた――私をじっと見つめる菫色。胸に去来するこれは切なさだろうか。
少し意識をそらした私に、フィラメアは「……いいえ」と小さく呟いた。
それで意識をしっかり彼女に戻す。会話をしていても上から『火球』や『熱風』を降らし続けているので、私も色々考えながら対処を続けていた。
風に紅茶色の髪が翻る。
藍方石の双眸はギラギラと燃えている。
彼女は、まだ戦う気だ。
「これで終わるものですか……わたくしはあなたに、必ず一撃食らわせると決めてここに来たのよ……」
ざわざわ、と昇り立つ炎のように空へ向けて揺らめき始めた赤の髪。魔力の流れがおかしい、とそこでようやく気付いた――この私がだ!!
「――これが、今のわたくしの最高出力」
バッと上を見る。そこに揺らぐ大量の火属性魔力。
「まさか今までの『火球』と『熱風』は――!!」
ハメられた!
いつぞや自分がエドワードにしたように、上手く意識をそらされていた!!
「食らいなさい――『炎天』!!!!」
降り注ぐ太陽そのもののような熱量。赤く、白く、目映い光輝。
聞いたことのない鍵言だ、彼女のオリジナル魔法だろう。こんなところまで同じなんて、びっくりするほど似た者同士だな。
思わず笑みがこぼれてしまった。
「――最高」
私の上に、フィラメアの魂の咆哮が降り注いだ。




