シンシア教授の日常と金菫の王子 第6話
フィラメア・オーラ・フレイミッツは結構プライドの高い少女である。
そして、敵の観察が苦にならないタイプであった。
(なによなによなによっ!! わたくしのことを馬鹿にしているの?!)
そのため、アイリーンにより先日から提供され始めた『老婆心メガマックス~気分は面倒なお見合い仲介おばさん~』にしっかり気づき――ブチギレていた。
大食堂での「あの子可愛いね、どうよ」に始まり、授業中の「教えてあげな」に続いて放課後の「仲良くしたいみたいだよ」にとどまらず、その後もアイリーンがハチャメチャな情緒にされつつ続けた奇行の数々。
そしてその一つ一つに、繊細な花でも扱うみたいな丁寧さで「貴方が好き」の空気を隠しもしないで対応するエルメリオの姿。
(あんな奇行美少女詐欺年増ッ……もっと雑な対応で十分よっ!!)
真理である。アイリーンが聞けば「そう、それ!!」と元気よく頷いたであろう心の叫び。出会いがこれでなければ相性がいいはずの二人であった。
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……落ち着くのよ、フィラメア、落ち着くの……」
エルメリオの甘く、どことなく儚さも漂うような言葉の数々。それを受けて、まるで乙女のような顔で固まるアイリーン。自分より九つも上の大人の女だと分かっているのに、つい「かわいい」と思わされる、それが悔しかった。
「~~っ!!」
落ち着けなかった。ぽっ、と赤く染まったあの美貌を思い出して、フィラメアは抱きしめていたお気に入りのクッションを乱暴に殴りつける。が、所詮令嬢の細腕、クッションは「ぽす」「ぽす」と小さく鳴くだけだ。
(なんなのよっ、あんなに……あんなに想われておいてっ……!!)
最後に一撃「ぽす」と鳴かせて、フィラメアは俯いた。ぽろぽろと透明な雫がやわっこく変形したクッションに次々落ちる。我慢しようとしても止まらなかった。華奢な肩を震わせて、フィラメアは泣いていた。
「っふ、う、ひっく、うぁぁ……」
悔しかった。舞台の上にも上がれないまま失恋してしまった。そう思ってから気づいて更に涙があふれる。
そうだ。はじめは優良物件だからと近づいたのに、いつの間にか、彼に恋をしていたのだ。
地位も名誉も何にも気にならないほど、優しくて素敵な人だったから。ギラギラしている自分に困惑はしても酷いことは一度も言わない人だったから。
「うわぁぁぁんっ……!」
魔法の実技授業で苦戦していた自分に「大丈夫、まずは深呼吸だよ。焦ると上手くいかないものだから」と言ってくれた微笑みを思い出す。
いっぱい観察したから本当は最初から分かっていたのだ。
アイリーンには勝てない。だってエルメリオはあんなにも特別な眼で彼女を見つめているんだから。
自分では彼を射止められない。だって彼はあんなにも綺麗で優秀な女性を好いているのだから。
そう思って、ひとしきり泣いて、それからフィラメアは顔を上げた。
「――それはそれとしてあの女は一度殴らないと気が済まないわ」
自分を舞台にも上げないまま勝ったのだ。
華やかな主役として振舞うなら、相応の結末を用意してもらわなければ。
――――――
「――アイリーン・シンシアッ!!」
「およ、フィラメアちゃんじゃん」
昼下がり、中庭でぼけらとしているアイリーンを見つけ、フィラメアは大猪もかくや、と言わんばかりの勢いで突進していった。
「――わたくしは、火寮フォーコ・アークイラ一年、フィラメア・オーラ・フレイミッツ!!」
勢いのまま名乗りを上げる。目を白黒させているアイリーンへ、パシィィンッと手袋を投げつける――ほぼ頬を叩く形であった――ことも忘れない。
「あなたに決闘を申し込むわっ!!」
「また?!」
「あれだけ殿下に想われておいて、その半端な態度のままでいられると思わないでちょうだいッ!!」
「え、あ、え?!」
「不敬よッ! 殿方に思いを寄せられる女として最低よッ!!」
「突然の罵倒?!」
「だからわたくしがあなたをボコボコにするわ! あなたが殿下の想いにきちんと答えを出すまでね!!」
「ぼこぼこ……?!」
自分とさして変わらない年頃にすら見える人外美。銀糸のまつ毛に縁取られた琥珀の双眸を真ん丸に見開いたアイリーンは、それはもう悔しいほどに綺麗な女だった。
だから、フィラメアは余計に苛立った。
ここまでの美貌と才気で長年社交界に関わっていながら、何故あそこまで恋愛力が低いのか!!
「フーッ、フーッ……」
「お、落ち着こうか……??」
「お黙りっ! 口答えは許していなくてよ!!」
「ヒエッ?!」
フィラメアは反対の手袋も外して、アイリーンの反対の頬にこれまたパシィィンッと投げつけた。
「乙女の恋の芽を摘むだけ摘んで、花を咲かせないなんて許さないっ……!」
「え……」
「決闘を受けなさいっ!」
アイリーンはようやく気付いたのだろう。フィラメアがどうしてこんなにも激しく言い募るのか。フィラメアの目元がどうして赤いのか。
琥珀の瞳に真っ直ぐな光が宿る。
フィラメアのそれは完全な無茶ぶりだった。若さゆえ、恋の痛みゆえの乱暴な理論だった。でも――だからこそ、かつて少女だった女にはその真剣さが伝わった。
「――分かった、受けるよ」
そう言って立ち上がった彼女は、やはりとても綺麗で。
「私も、そろそろ自分の気持ちに決着を付けなきゃいけないってこと、分かってるから」
フィラメアは無性に泣きたくなったし、圧倒的不利な決闘ではあるが必ず一撃決めることを決心したのだった。




