シンシア教授の日常と金菫の王子 第5話
昼である。
食堂でもしゃもしゃ昼ごはんを食べていたら、隣の席にリオがやって来た。
座ってもいい? と可愛い顔で訊いてくるので条件反射で「いいよ!!」って答えちゃって一緒に飯を食うことに……このっ、リオの弟力が高いばっかりに……!
「あっ、そうだ、ねえリオ」
「なに?」
「フィラメアちゃんって知ってる? 火寮の一年生なんだけど……」
「うん、勿論。同寮生だからね」
よしよし、とマッシュポテトを食らう。うまー。
飲み込んで続きを話す。
「朝ちょっと話したんだけど、フィラメアちゃん可愛いね」
にこにこして「ああいう感じの子、どう?」と続けてみた。なんかちょっと面倒くさいお見合い仲介おばさんみたいになってる自覚はあるけど仕方ない。
私の問いに、リオはぱちくりと瞬きを繰り返した。なんか読み込み中って感じ。そんなに考えること……??
「ううん……確かに可愛らしい人ではあると思うけど……」
「お~」
これは良い展開では?? と少し背筋を伸ばした私へ、リオはふんわりと微笑んだ。最近の彼はその笑みが私に効くことを自覚している疑惑がある。
「――でも、僕にとっては貴方が一番綺麗だよ」
「ヒュッ」
私はニコニコ顔のまま硬直して、残った昼食を一気に掻き込むと「ゴチソウサマァッ!!」と叫んで席を立った。端的に言うとキャパオーバーして逃げた。本日の敗走者は私です。
なになになに……!
ああいうのどこで覚えてくるの……?!
心臓が、ドッ、ってヤバい音を立てたんですけど!!!!
――――――
めげないしょげないドラ○ナイッ!!
ショタコンは何度でも蘇るってわけ!!
「おー、いいね、みんないい感じ。じゃあ次はステップアップだ。今浮かべている『火球』を一回り大きくしよう」
火寮一年生の必修科目。
鍵言系の授業をほとんど担当してるってわけじゃないんだけど、たまに『精霊の愛し子』の指導を受けたい・受けさせたい、っていう時間がだな……
というわけで普段はしないこの授業をやっている現場のアイリーンさんです。
「教授、どうかな」
「っ、おおう、うん、上手いね。魔力供給も安定してる」
近寄ってきたのは勿論リオ。その手の上に浮かぶ『火球』は鮮やかな紅蓮で、見事な大きさと形を保っていた。流石リオ、百億点あげちゃう。
「む、リオ、フィラメアちゃん、ちょっと苦戦してるみたい。教えてあげな?」
少し離れたところで自分の『火球』に向き合っているフィラメアが「ぐぬぬ……」と言いたげな顔をしているので、ちょいちょい、と示してみる。
するとリオは菫色の目を丸く開いて、不思議そうに小首を傾げた。
「貴方の方が、いつだって教えるのが上手だから、僕が行くより貴方が指導したほうがいいと思うけれど……」
授業の一環なら行ってくるね、と言ってリオはフィラメアの方へゆったりと歩を進めていった。
ヨッシャァッ!!!!
まずははじめの一歩!!!!
――――――
そして放課後。最後の授業を終えて「ふいー」と息を吐いた私のところへ、教科書片手にリオがやって来た。
「ねえ、教授、ここが少し分からないんだけれど……」
「ああ、そこかぁ、結構応用だねぇ。うん、ちょっと解説しよっか」
こうして教授と生徒の距離感が保たれていると平静でいられるんだけど……
そんなことを思って少し遠い目をしたら、講堂の入口でこちらを――恐らくリオのことを窺っているフィラメアの姿が見えた。おやおや~?? 出待ちか、かわいい。
そんなことを考えつつも私の冷静な部分は丁寧な解説を終え、きらきら笑ったリオに「ありがとう、とても分かりやすかった」と言われている。
はぁ~~……
こういう、新しいことを学んだときのきらきら、変わらないなぁ。リオと再会してから彼の変わった部分も変わらない部分もいっぱい見て、どうにかなりそう。
「じゃあ、僕はこれで。本当にありがとう」
「うん、構わないよ。それより、あの子、リオのこと待ってるんじゃない?」
仲良くしたまえよ……と邪念を送ってみる。
振り返って入口のフィラメアに気づいたリオは「?」と不思議そうに首を傾げた。
「あの子、リオと仲良くなりたいみたいだよ。ちょっと時間を作ってみたら?」
鈍感主人公みたいなほやほや顔をしているので、私はちょいと背中を押してみることにした。老婆心メガマックスである。
しかしリオは少し困ったふうに「でも……」と私を見た。
「婚約者でもないし、ただ同寮生である女性と二人きりになることはしないよ」
「そっかぁ……」
ガードが……ガードが堅いッ……!!
「それにね、アイリーン」
「っ」
リオの私の呼び方が生徒版から変わった。
これはまずい、メーデーメーデー!!
リオの手が、教壇の上の私の手にそっと重なる。
不快感がないのは相手がリオだからだ。私がこの距離感を許せてしまうのはリオしかいないという事実を唇を噛んで誤魔化す。
穏やかに目を伏せ、重なった手に視線を落としたリオが優しく口を開く。
「僕は、他の女性との時間より、今ある貴方との時間を大切にしたいんだよ」
――――ッハ!!
一瞬気絶した!! ヤバすぎ、攻撃力が高すぎる、何だこの高火力?!
「ひえ……」
「――ふふ、少しは意識してくれた?」
「ッヒュ(気絶)」
菩薩のような笑みで立ってるように見えるだろ、死んでるんだぜ……
その後どうやって教職員棟に戻ったか分からない。
気づいた時には自室でぼけらと床に座り込んでた。
え、えぇ~~????
とにかくこの熱い顔を冷まさなきゃ……と顔を洗う。
目の前の鏡、映っている美少女詐欺顔は水じゃ冷えないほど赤かった。




