シンシア教授の日常と金菫の王子 第4話
今日も今日とてリオに会ってしまった。
いや、嬉しくないわけじゃないのよ?? 彼が健康で元気にしてるとそれだけで嬉しいですしおすし……でも「会う=口説かれる」なので心臓には悪いというね……
ついつい溜め息が漏れる。
「――シンシア教授!!」
「ん?」
そんなこんなで自分の研究室に引き籠ろうとしていたら、廊下で男子生徒に声をかけられた。振り返って見れば、水寮の三年生、どっかの男爵家の嫡男だというカール少年だ。元気でよろしい。
「どうしたの、何か今日の授業で分からないところでも……」
「違いますっ! えっと、教授、オ、オレは!!」
んんん~~????
怪しいぞこの挙動。もしや毎年男女問わず一人二人見るやつか??
「教授、好きですっ!!」
あちゃーーーーッ!!!!
内心頭を抱える。本当に毎年見るやつだった
顔を真っ赤にして、ふぅふぅ息をするカール少年。
くっ……これも私が美少女なせいだっ……
「うぅん……ごめんねぇ、カール君。君の気持ちには答えられない」
「っ、オレが学生だからですか?!」
「ううむ……ちょっと違うねぇ……」
未来ある少年少女の性癖を歪めたことに関しては非常に申し訳なく思うんだけど、その全員に対して責任を取っていくと私はチーレム無双主人公もビックリな巨大ハーレムを築くことになってしまうので……
「っ、教授!!」
「っ、おっとぉ……?」
壁際に追い詰められてしまった。これは非常にまずい。毎年恒例の怪しい挙動をする生徒の中でも男子生徒がやりがちな「物理的距離を詰めればワンチャン作戦」である。ワンチャンなどない。慈悲もない。
「……カール君、これ以上は私も厳しく対応するけど」
「っ、それでも構いません、オレは、オレは……!」
カール少年の両手が私の肩をガッと掴む。これは仕方ねぇ、慈悲ナシ作戦決行を決意する。
身の内に渦を巻く魔力。こちとらお恥ずかしながら邪神信徒を掃討した英雄と言われる『精霊の愛し子』である。どんな体格差があろうが、もう文鎮がなくたって無体を強いてくる輩をどうにかできるだけの力はあった。
まあ相手は生徒であり未来ある若者なので流石にある程度の慈悲はあるんですけどねぇ!!
ちょちょいと倒して、ちょちょいと頭を弄らせてもらおう。
私のことは忘れなよ……たまに何度でも蘇るやつがいるけども(遠い目)
「――『水え「何をしているの」ゑ」
ここで登場、我らがリオ。放とうとした『水燕』が霧散する。
ハッとしたカール少年がそちらを見て、今話題の第三王子が現れたことに鋭い舌打ちをする。リオが私に求婚をかましていることは割と話題なので(解せぬ)彼もこの状況が結構まずいことに気づいたみたいだ。いいぞ。
私も合わせてそちらを見ると、菫色の瞳を据わらせたリオがカール少年をじっと見ていた。睨んでいるわけじゃないけど迫力がある。流石。
「ほ、ほっといてくれ、今取り込み中なんだ、見りゃ分かるだろっ」
「――そう? 僕には、君が僕の大切な人に無体を強いようとしているようにしか見えないけど」
「なっ……!」
ひぃんッ、かつての弟がイケメンッ!! でもリオさんや、そういう台詞は年の近いカワイ子ちゃんにだな……アッいいですダイジョブですそんなもの言いたげな目しないでエスパーかよ。
「お、お前、王子だからってっ……」
「違うよ。僕はただ彼女を好きな一人の人間として話をしている」
「っ、この、クソ……!!」
力量差がエグくてカール少年が敗走。彼の頭を弄る機会を失った。
はぁ……と溜め息をついて壁にもたれかかる。リオが近づいてきた。
「ええと、困ってるとこ、助けてくれてありがと」
「いいんだ、それよりも怪我はない?」
「うん、元気いっぱい」
「そっか、良かった」
安心したみたいでほやっと相好を崩す様子は、本当に昔のまんま。
胸がキュッと締め付けられるような心地になった。
「じゃあ、またね」
「うん、気をつけて」
――――――
次の日。
「アイリーン・シンシアッ」
「ほよ」
私は朝も早よから女子生徒に絡まれている。あの謎の視線の美少女だ。
何か猪みたいに肩で息をしてるけど何だろ。それにしても美少女だなぁ。紅茶色の髪が綺麗。青い目も素敵だ。可愛い。
そんなことを考えていたら、彼女が突如としてぽっけから取り出した白手袋を投げつけてきた。
「――わたくしは、火寮フォーコ・アークイラ一年、フィラメア・オーラ・フレイミッツ!!」
おおおこれはまさか……!!
「あなたに決闘を申し込むわっ!!」
「マジで?!」
ボロ負け確定じゃん……ほんとにいいの……??
「あなたのような年増に、エルメリオ殿下は渡さなくってよ!!」
「お」
――これは!!!!
その瞬間の私はまさに神の啓示を受けた気分だった。
なるほどこの美少女――フィラメアはリオをロックオンしているのだろう。そして言葉遣いと発音の流麗さからして上流階級の出なのは確実。多分貴族令嬢だ。
貴族の子が、リオをロックオンしている!! しかも超美少女だし、リオを獲得するためにこの私に決闘を申し込むという(蛮勇だけど)勇気もある!!
「最高! リオはいい子だからよろしく!!」
「は?!」
白手袋を拾いながら近づいて、彼女の手を取りながら渡し、ぎゅっと握手する。おおお白魚の手。ティーカップより重いもの持てなさそう。
やったぜ、ついにうら若きカワイ子ちゃんがリオの魅力に気づいてアタックを仕掛けようとしてくれている。嬉しすぎる!
これでリオが何とか落ち着いたらいいなと思うんだけど……
「応援してる! 頑張れ!! だから決闘はやめよ? ボロ負けしたくないでしょ」
「はぁ?! わ、わたくしのことを馬鹿にしているの?! 侮らないで!!」
「まさか! 逆に私に勝てると思ってる?!」
「~~っ!!」
勢いよく告げるとフィラメアは顔を真っ赤にして私の手を振り払った。
やべぇ、若い子との距離のはかり方間違えたかな……
でも彼女はそれで魔法を撃って来るなんてこともしない冷静さを持っているみたいだった。すごい、非常に良い。
「意味が分からないっ、覚えてらっしゃい!!」
「うん! めっちゃ覚えた!!!!」
捨て台詞ランキングトップみたいな台詞を吐いて、フィラメアは走り去っていった。嵐のような子だった……だけど非常に良い。
しめしめ、それとなくリオに薦めてみよう。
同じ火寮の一年生だし交流はしやすいはずだ。




