シンシア教授の日常と金菫の王子 第3話
――異属性の同調魔法構築。
これは異なる二つ以上の属性の魔法を組み合わせ、一つの魔法を構築するという非常に難易度の高い魔法行使の一例である。
複数人で一つの魔法を構築する時点で困難なのだ。何せ、魔法における“呼吸”が違い、魔力の質や傾向が違う。ゆえに成功例は双子や三つ子の魔導士ばかり。
魔力の波長を構築段階で同調させ、同じ“呼吸”で魔法の組み上げを行う。常人にはまずできない、特殊な魔法行使形態だ。
「うーーーーん……でも確かにこれが確実かなぁ……」
「だよね……」
「『根の生長』と『水に辿り着く』ことを両立したいんだもんね」
「そ。だからどうしても『水』が絡むんだよ……」
難しいねぇ、と言って本を返す。
「しかもこれじゃ、地下にある水との共鳴が必要だから、相当な魔力量が必要だよメルキオール」
「……うわっ、そうじゃん、うわ~」
乾燥地帯は、水属性の精霊が極端に少ないから永遠に乾燥地帯なのだ。魔法で雨を降らそうにも、そもそもその命令を受け取る精霊がいなければ何も起こらない。魔法にはそういう一面もある。
だからこうして乾燥地帯対策をする際に複雑な魔法理論の構築が必要だったりするわけだ。ほんと、てきとーな水属性魔導士派遣して「降雨」って一言唱えさせて解決だったらどんなに良かったか。
土と風は基本的にどんなところにも在るけれど、火と水は偏るところは偏ってしまうんだよね。気候の影響を受けやすいのかもしれない。
「国家事業にしてもらうしかなくない……??」
「わぁ、大規模~」
「はぁ……溜め息止まんない」
「本来研究者が考えなくていいところまで考えるからだね」
「理論と技術だけ投げ渡すような無責任なことはしたくない」
「うん、分かるよ、その気持ち」
本来なら、別に「理論上は可能」に収めてしまっていいのだ。けれどメルキオールはそれ以上の「安易に実践可能」を目指すから大変なワケ。
メルキオールの気持ちはよく分かる。
私もやるなら最後までしたい。アフターケアまでバッチリがいい。
「……もう少し考える。今日はありがとう」
「うん、分かった。じゃあまたね」
植物たちにバイバイしつつ研究室を出る。
いやー、確かに溜め息は止まらないけど、難しいことに挑戦すると興奮するよね。多分メルキオールももう少しすると目がキラキラしてくるはず。そうなったらもう心配はいらないな。
――――――
フィラメア・オーラ・フレイミッツは伯爵令嬢である。
年は十六。シェイドローン魔法学園に入学したばかりの学生。そして没落間近の実家から「必ず大物を釣り上げてこい」と言い含められている。傾きかけたフレイミッツ伯爵家を建て直せるだけの婚約者を探せ、ということだ。
(わたくしがフレイミッツ伯爵家にかつての輝きを取り戻す)
そんな希望と野心を胸に、彼女は学園の門をくぐったのであった。
身に宿した属性の通りに火寮フォーコ・アークイラに入寮、そこで彼女は運命の出会いをしたのである――エルメリオ・ルべリウス・バイルダートだ。
失われたとされていた第三王子、炎の侯爵家カローレの遺児。
すでに成人している第一王子レオンハルトと、その補佐を公言している第二王子アーノルドがどちらも非常に健勝なので、恐らく王位には関わらない王子。
(彼しかいない!!)
実家の再興という野望を抱いている上面食いであったフィラメアにとってエルメリオはこれ以上ない優良物件だった。
(そうと決まればアタックよ!!)
なかなか行動力のある彼女は、初日からエルメリオにアタックを仕掛けた。ともすればはしたないと叱責されそうなボディータッチも、恥を忍んで行った。
フィラメアは己が美人だと知っている。母似の美貌に、艶やかな髪は紅茶のような深みある赤色で、瞳は藍方石の煌めきを宿している。学園には多くの美人がいるが、その中でも目立つ色彩と目鼻立ちだと思うのだ。
そんな自分が、他の貴族令嬢ではまずしない積極的なアピールとアタックをしかけているのだ。ぐらつかない男はいないだろう。
だというのに!
(何故?!)
エルメリオはびくともしなかった。めっちゃ普通の同寮生として扱われてそれっきりだった。意味が分からない。
そして同時に、エルメリオを観察していた彼女は彼の常日頃から穏やかな視線が淡く蕩ける瞬間があることに気づいた。恋する眼そのもの。つまりそれを向けられている相手は自分が倒すべき相手ということだ。フィラメアはその視線の先を追った。
(……は?)
風になびく銀の糸束。ふとした瞬間の蕩けるような微笑みは、同性のフィラメアですらドキッとするような美しさと儚さで、その琥珀色の瞳の甘さについ胸が鳴ってしまう。
白百合の美貌、邪神信徒を掃討した『精霊の愛し子』、天才研究者かつ鍵言発音学に革命的発展をもたらした魔導士――そして美少女詐欺教授。
アイリーン・シンシアだ。エルメリオが見ているのは。
それに気づいてからフィラメアはアイリーンを観察し続けた。この女にあって自分に無いものは何か、と。それは結構いっぱいあったが、フィラメアは自分の若さを何よりのアドバンテージと考えていた。何せ貴族令嬢なので。
その視線に怨念や殺意が混ざってアイリーンにはわりと不思議がられていたが、それは別としてフィラメアはある日決意した。
必ずやあの美少女詐欺年増を下し、エルメリオを手に入れる――と。
「わたくしの優良物件をたぶらかす女には死を……!!」
そう呟きながら、彼女は夜の火寮訓練場で魔法の修練に励んだ。一身に打ち込むその様子は奇しくもかつてのアイリーンと重なる部分があった――動機が不純という部分も含めて――がそれを彼女が知ることはない。
「――っわ、鳥肌立った」
「風邪でもひいたの?」
「元気いっぱいですよー、学園長」
「そう、ならいいのだけれど」
フィラメアの怨念と殺意を察知したアイリーンは、学園長と彼女の研究に関する雑談をしている最中だったので、ふるりと震えたことを心配してもらえて少し嬉しそうだった。彼女はショタに弱いが美女にも弱いので。




