シンシア教授の日常と金菫の王子 第1話
リオとアイリーンのその後。全8話です。
外を飛び回る伝書鳩の羽音でバッと目を覚ます。
美ショタがたっぷりでムフフな夢を見ていたんだけど、最後は多分現実世界の音声が影響したんだろう、それらの美ショタが鳩に次々攫われていくという、『ガニュメデスの誘拐』的な光景が繰り広げられて悲しかった。
「はぁ……ショタが足りねぇ……」
のそのそ抜け出すベッドはモフモフしてあったかい。国立シェイドローン魔法学園敷地内にある教職員の生活棟はなかなか良い設備が揃っているのだ。
ところどころ魔法を使用しつつ、身支度を整える。サッと着替えたら最後にソファーに掛けてある上着を羽織って完成。
アイボリーのそれには教授であることを示す金細工の留め具がついていて、実は魔法防御力が高い優れもの。学生時代には教授たちの服にお揃いの留め具がついていることに気づきもしなかったな。
洗面所の鏡を見て、変なところがないことを確認したらいざ出陣。朝の戦場は食堂にあり、だ。
「おはようございまーす」
「おお、おはよう、アイリーン」
「ロジエス教授、相変わらず早いですねぇ」
私が学生の時大変お世話になったロジエス教授は未だ現役。もりもりと元気にご飯を食べていらっしゃる。
学生寮と変わらずビュッフェ形式なので、私は皿を持ってマッシュポテトのところに突撃した。毎朝の光景である。
「うまー!」
「よく飽きないよね」
「むっ、めうひおーう、もはおう」
「上手く発音できてないよ。おはよう」
山のようなマッシュポテトを掃除機のように貪っていると、少し遅れてメルキオールがやってきた。
さらりとした黒髪に、鮮やかな紅玉の双眸の青年。随分と育ったものだと思う。黒い厚手の上着の胸元に光る金細工は私とおんなじ。つまり彼も教授なわけである。
彼は草樹を操る魔力属性を活かして、乾燥地帯における農作物の栽培法の研究をしている。農業より闇の魔法とかしてそうな系統の美貌だから、そのギャップにやられる新入生は多いよね。
「ねえ、暇なときでいいから僕が考えた育成魔法の鍵言の発音、見てくれない? いまいち僕が狙ってる効果が発揮されてない気がするんだよね」
「おっけー、任しといて。いつにする? 私、しばらくフリーだけど」
「そう? じゃあ明日とか空いてる時間教えて」
「待ってて、スケジュール確認する……」
ジェラルディーンと同じツンデレ言語人間だったメルキオールもだいぶ成長して落ち着いた。
まあ、未だに時々はツンデレが出るんだけども、慣れたものだから気にしたことはない。翻訳機を積んだ私に死角はないね……(キリッ)
「三限と、五限、あとは放課後」
「僕は三も五も授業。じゃあ放課後ね」
「おっけー」
昼休みが候補にあがらないのは、私が飯に夢中になる時間であることをメルキオールが把握しているからだ。やはりマッシュポテトは何年経っても最高。長い付き合いだとこういうところが楽だよね。
「今日は二限からだからのんびり飯食お~」
「僕は君に見せる前にもう少し詰めておくからもう行く」
「ん。じゃーねー」
さっさと朝食を終えたメルキオールはそう言って去っていった。私はようやく半分くらいになったマッシュポテトを完全討伐するために一度お茶を飲んで集中力を高める。気を抜けば呼吸を奪う、そういう強敵だからね。
――――――
さてはて、優雅に朝ごはんを終えたら、しばらくの休憩を挟んで二限目の授業に行く時間が来る。
鍵言の発音の基礎を教える、一年生全体が対象の『鍵言発音基礎』の授業だ。前世日本人、今世『精霊の愛し子』な私つえーな授業ってわけ。
教科書(私と研究仲間との共著)と筆記用具やら何やらを雑に突っ込んだエコバッグ的布鞄を持って講堂へ。
「きゃーっ、素敵!」
「御覧になって、あの輝くような御髪を!」
「ああ麗しい金菫のお方!」
と、講堂前の廊下に差し掛かったところでこれだ。私は「んぐ」と足を止めた。女子生徒の群に囲まれた中、頭一つ分飛び出した艶やかな金色が見える。
「あっ、シンシア教授、おはようございます!」
「お、おはよう……」
アーーッ! いい子ーーッ! とてもいい子ーーッ!!
ヴェント・ファルコ寮一年、コード村の少年セリー君よッ!! ご挨拶ができるのはいいことだね、でも今大きな声で私の名前を呼ばないで欲しかったな!!
「!」
あああほら、金の頭が振り返ったじゃん!!!!
心底嬉しそうな顔でこっち見るじゃん!!!!
女子生徒たちの憧れ、金菫の方と呼ばれる美青年が小走りでこっちにやって来る。
陽光に艶めく金の髪、白皙の美貌に鮮やかな菫色の双眸。柔らかく、心の底から嬉しそうな微笑みは目映く、なるほど「王子ィ!」という感じ。
「おはよう、アイリーン」
「ア、オ、オハヨウ」
「今日も元気そうで良かった」
「ウ、ウン」
アナタモゲンキソウデナニヨリ、と答えると幸せそうに「うん」と頷いて見せる。そういう笑顔は、小さい頃と何も変わらなくて。
「リ、リオ、ソロソロ、ジュギョウ……」
そう、もうお分かりだろうがこの美青年は私の(かつての)弟であり、バイルダート王国の第三王子であり、入学初日に私に求婚をかました奴である、エルメリオ・ルベリウス・バイルダートだ。
「ああ、そうだね。今日も楽しみにしてるよ、教授」
「ウン、アリガト」
私がカタコトで答えるのを気にせず、リオは爽やかに笑ってサッと身を翻し、学友たちと講堂の中へ入っていった。
私といえば。
「――――ォヴッ……!!」
色んな感情に飲み込まれて奇声を上げて倒れた。
未だにリオに「アイリーン」って呼ばれるのはしんどい。なんか、こう、胸の奥がぐっちゃぐちゃにされて、熱くなって、ぐにょぐにょされるような、そんな感じ!
それから、やっぱり彼はリオだから、笑みや、仕草や、気遣いやらに、かつての愛しい弟の姿がだなぁ……フラッシュバックしてな……
いやね? 今だって彼を大事には思ってるよ? でもそれは、多分家族としての感情のはずだし、いやでも邪険にしたいわけじゃないし……
そういうぐっちゃぐちゃ精神のせいで、カタコトになっちゃうんだ……
だからこうしてしんどみと尊みと色々な感情で奇声を上げて倒れるってわけ。
いいか? 人が多いと大人しいけどな、リオはな、隙を見つけてはきゅ、きゅきゅきゅ、きゅうこ、求婚をだな……してくるわけだ。たちけてマイケル。
ちなみに他の生徒と区別してはいけないと思って初回授業で「エルメリオ君」と呼んだら捨てられた子犬みたいな顔をしたから泣く泣く「リオ」と呼んでいる。
「きょ、教授、大丈夫ですか?」
「ウン……すぐたちなおるから、きみは、はやくいきなさい……」
「は、はい、分かりました!」
セリー少年……ほんといい子だね君……
「はぁ……」
のそり、と身を起こす。そろそろ講堂に入らなきゃ。
切り替えて切り替えて。私は教授だぞ。
……私のこの、リオに対するよく分からん気持ちも、いずれ、きちんと整理を付けないといけないわけだよな。
彼の想いを受け取るにせよ、断るにせよ、どっちかは決断しないと私は、いや、リオ自身が前に進めないわけだし……ううん……
「……~~っ、あああ、今考えても仕方ねぇッ! いざ授業!!」
いざ教壇に立てば慣れたものなので、最前列でニコニコしているリオがいようとも大丈夫なんだけどね。意欲的でよろしい、フォーコ・アークイラに五億点。
なんだけどね!!
「ねえ、アイリーン。もしも僕が火寮長になったら、求婚に頷いてくれる?」
「ヘァッ?! ゑ、え、エ?! 何がどう繋がってそう?!」
「ふふ、慌てすぎだよ。何となく、目標を立てて、達成を重ねてみればいいんじゃないかと思って」
「こ、こうじょうしん」
あれか、あれなのか。昔っから「これができたら遊ぼうか」とか「これが終わったら休憩しようか」とか言って育てたからか?! それが「これができたら結婚しようか」になると?! そんな無体な!! たちけてトム!!
「その様子を見るに無理そうだから、また別の方法を考えるよ」
「へぁ……」
むたいじゃなかった……さすがよいこ……
ホッとしてると、私の隣に座ったリオが(仲良く座ってたんじゃなくて私が昼ごはん後に芝生の上でうとうとしてたら現れた)身を屈めてこちらを覗き込んできた。
身長差ぁ……昔は私が抱っこできるくらい小さかったのに……
むぎゅ、と唇をぎざぎざに引き結ぶ。
鮮やかな菫色の瞳が、間近で優しく揺れる。
「――だからって、油断しないでね」
ちょっぴり悪戯っぽく笑って(この笑顔もやはり彼が愛しきショタ期にしていたものと同じであった。『ショタコン遺書詠歌集』より抜粋)リオは去っていった。
「――……グヴォァッ!」
リオが私を殺しに来てる……ヘルプミー……




