ショタコンと闇の精霊珍道中 前編
カクヨムにて掲載している完結後番外編集がそれなりの話数溜まったので、なろう版にも移植することを決定いたしました。お楽しみいただけると幸いです。
よう、マイケル。私だ、最強研究の結果国王陛下から姓を賜ったつよつよ学者、アイリーン・シンシアだ。
正体は日本人だった前世の記憶持ち、乙女ゲームのヒロインに転生していることに気づいたもののシナリオを拳で破壊して自分なりのエンディングを迎え、新たな人生を歩んでいる最中のショタコンである。
何を突然そんな名乗りを上げるのかって?? そりゃあ……――
「現実逃避に決まってんだろマイケル……」
「君は虚空に向けて何をブツクサ言っているんだ?」
「うるせぇ……徹夜明けの人間を鬱蒼とした森に連れ出したてめぇの罪の姿だ直視しろよノワール……」
「どうした、しっかりしろアイリーン。それに君は大体いつもそんな感じだ」
「いっそ殺せよ……」
そんなわけで、改めて現状のことを報告しよう。
――――――
時は今朝にまでさかのぼる。
私は昨晩から仲間たちと共に『想像力と魔法の構成~魔法に絵心は関係するか~』と言うクソふざけた論文の大詰めに入っていた。
研究仲間との飲み会で「あいつの動物型象形魔法はなんかデッサン狂ってる」「そう言えばあいつ画伯」「なるほどひらめいた」っていうやり取りをした結果のしょうもねえ研究である。
それを早朝、日の出と共に完成させ、さぁて寝るかッと徹夜明けテンションで仲間たちと肩を組み「寝るぞの歌」を歌っていたところ、少し開いた窓から美しい黒蝶がひらひらと入り込んできて、ファサッと怪しげな鱗粉をばら撒いた。
直後仲間たちは撃沈、いや、轟沈という勢いだった。それはもう「ドシャッ!」って勢いで床に崩れ落ちた。一人取り残された私は突然肩組み仲間を失って、可哀想ないきもののごとく「わ……わぁ……」と涙目に震えたわけだけども。
そんな私の前で、黒蝶は瞬きの間に黒紫水晶の髪の美青年になり「出かけるぞアイリーン!」とのたまいやがったのだ。
そう、こいつが闇の精霊ノワールである。
艶めく長髪は幻想的に揺らめき、黄金色の瞳が悪戯っぽく弧を描く。神話の時代からそのまま抜け出してきたみたいな黒い衣装がふわふわゆらゆら、徹夜明けで狭い視界を埋め尽くす。
笑顔がうざい……先の尖った耳に揺れる見事な細工の金環を、それはもう耳たぶがちぎれる勢いで引っ張ってやろうかこの野郎という気持ちでいっぱいだ。一人掛けソファーから研究資料の山をドサァとどかしてその座面に貼り付く。私は寝るぞ。
しかも何だ「出かけるぞ」って。
「わたしはねるんだ……ほっといてくれ……」
「いや、今日じゃなきゃ駄目だ! 論文は終わったはずだぜ!」
「おわったからねるんだよ……ねるねるねるの……わかれよ、たのむよ……にんげんのたいりょくはむげんじゃないの……」
「君ならいける。異常な元気さは君の特技だろう」
「げんきさって、とくぎなん……????」
いやそもそも「異常」とは何事か。失礼が過ぎるだろ。こちとら徹夜明け研究者だぞ?? もっとやさしくして。
「絶対に喜ぶ。俺は確信しているぞ、アイリーン」
「しらんがな……」
「頼む、これを逃したら次は千年後だ、一緒に来てくれ」
「……星見か何か??」
ソファーの座面からちょっとだけ顔を上げて、私の真上に浮いているノワールを窺う。
ファンタジー世界に生きる自分をしっかり受け入れて地に足付けた一人の人ではあるけれど、ファンタジーにときめかないわけじゃない。千年に一度の星とか、そりゃもう気になる木。
私の声に「気になる木」部分を感じたのか、ノワールはにんまり目を細めて「そうだなぁ」と答える。
「同じようなものだ――来るだろう?」
考え、ようとして脳みそが働かないことに気づく。徹夜明けだもん当たり前か。
ベッドの誘惑、ファンタジーのときめきの誘惑。
どっちも抗いがたい。
「…………糖分くれ」
「おう、任せろ」
そうしてノワールがどっかからか持ってきたチョコレートたっぷりのカップケーキを貪った私は、やつが匂わせる「素敵感」にまんまと騙されて連れだされたというわけだ。
――――――
「いやまさか行き先が密林とは思わないじゃん……??」
「ここは通り道だ。目的地はもっといいところだぞ」
「門的魔法使えよ……てかここに来るまでの道では使ったじゃん、何で今は使わないの……」
「そこは特殊な場所でな、門を繋ぐことはできないんだ」
「シンプルにめんどくさい仕様……」
マジで密林。徹夜明けに来るところじゃない。
朝日が全然届かないレベルで生い茂った背の高い木々、蒼く沈む遠くの景色から響いてくる、何か、猿とかそのへんの生き物っぽい鳴き声。そして歩きにくすぎるでっこぼこの「ザ・自然!!」みたいな地面。
「歩くことを放棄する……」
風の魔法でふんわり浮かび上がる。進むのもだるかったので、同じように浮いているノワールの衣装の端っこを持って付いていく式を採用。ノワールさえ進めば私も自動的に進むってわけ、これが他力本願式。天才か??
「そこはやめろ、帯の端だ」
「注文の多い闇の精霊だな……」
「いいのか君、そのまま引っ張っていると俺のあられもない姿を一番の至近距離で目撃することになるぜ」
「おっしさよなら」
パッと手を放して自力で進み始める。やっぱり時代は自力系だよ。
「はぁ……まあいい、こっちだ。あと少しだぞ」
「ほほう」
確かに何か変な感じが近づいている。かつて邪神が封じられていた黒の森とか、東部の禁足の湖とか、そういう特別な場所と同じ気配。古くて、強い神代の気配が色濃く滲む、そういう場所の気配だ。
ちなみに禁足の湖はすごかったよ。めっちゃデカいサメみたいな魔生生物が大量に生息してて『ショタコンⅤS魔法サメ』っていう熱いバトルが繰り広げられたよね。
閑話休題。
久々に感じた“そういう気配”についワクワクして意識がそれた。と、同時にノワールが止まった。目の前にはものすごく大きな木が立っている。その幹の真ん中辺りまでふよふよ上昇して、ノワールはこちらを振り返った。
「ここだ」
「……ト○ロの巣穴にでも行くんか????」
「何だそれ」
いやだって、どうみてもそういう木の洞。入るとコロコロ転がってふわふわしたふしぎどうぶつの巣穴に辿り着くやつだ。
「君が先に行け。その方が確実だ」
「私が後に行くと何か不具合が……?」
「かなり低い確率で変なところに飛ぶ」
「オッケー把握」
女は度胸だ、と宣言する暇もなく勢いよく頭から行った。こういうのは得意だ。
ざわ……さわわ……
一応目を瞑っているんだけど、耳元をそういう音が掠めては遠ざかっていく。
よく聴くと、それが段々“声”であると気づいた。
さわ……ざわ、ざざ……
何の言葉だろう、そう考えている間に体を包むほんわりした感覚がパッと切り換わった。例えるなら、めっちゃ乾燥してる手をお湯に突っ込む感じ。じわわ、って心地よさが広がって、それから少し形容しがたい心地になるあれ。
もういいかな、って感覚的に分かったから目を開ける。
「っ……!!」
そこは天然の、しかし現世とは確実に切り離された場所にある、凄絶なまでに美しいプラネタリウムだった。




