第18話.ショタコンとグロし昔話
私が森の中から走って戻ってくると、現在すくすく成長中相も変わらず可愛い盛りの七歳、リオがぶんぶんと手を振って迎えてくれた。
「お姉ちゃん!!」
「リオーーーー!! 私、やったよぉぉぉっ!!」
ずさぁぁ、とリオの前で止まり彼をひしっと抱きしめる。
「ふふ、お姉ちゃん、髪の毛がくすぐったいよ」
「霧を壊さず水流を壊せたの! 入学に間に合って良かった!」
「やったね!!」
えらいえらいして~と恥ずかしげもなく頭を差し出すと、リオは「えらいねぇ」と言いながら私の頭を撫でてくれる。
以前は私が撫でてばかりだったが、最近はこうしてリオも私を撫でてくれるのだ。これが途轍もなく嬉しい。
「それで、リオの方は?」
「ええとね、今日の『火球』は昨日より少し大きかったよ! 明日にはもっと大きくするんだ!」
「そっかぁ~! すごいすごい」
今度は私が撫で撫で。はにかむリオは最高にキュートだ。
この会話で察したと思うがリオの修行もかなり本格的になってきた。魔力操作から魔法へ、ステップアップの途中である。
リオの魔力操作はとても精密で、師匠を唸らせるほど。流石うちの可愛いリオはすごい。偉い。可愛い。
「アイリーン、ついにやったのう」
「師匠! はい、ついにやりましたよ!」
「わしの魔法を殴り付けていた三年前からは見違えるようじゃ……」
あはは……その節はどうも、と私は苦笑した。でも、本当に成長したなぁと自分でも思う。
言葉を発さずとも、様々な動作によって魔法を放つことができるようになった。それから魔眼も自由自在。チートっぷりに拍車がかかっている。
師匠はうんうんと頷いて、リオに「二人で話すから『火球』を続けること」と言って私を室内に手招いた。
家に入り、戸を閉めると師匠は私に座るよう言って自分も定位置に座った。
「……さて、ついに二日後じゃな」
「はい。明日には村を発ちます」
「そうか……」
師匠はそう言って腕を組む。それからなかなか話し出さないので私から言いたかったことを切り出すことにした。
「師匠、少しいいですか」
「何じゃ?」
「鍵言についてです」
「……そう言えば、三年前も何か言いそうになっていたな。申してみよ」
私は頷いた。三年前から考え続けてきたことを、ようやく話せる。
「鍵言は、師匠たちの耳にどう聞こえているんですか?」
「……あれは精霊の言葉じゃからの。不思議で平坦な音に聞こえる。この世界のどこにも存在しない言葉。何とも奇妙なものよ」
「…………」
やっぱり。
「師匠。多分私には、鍵言の内容……いえ、意味が分かります」
師匠は目を見開いた。
――――……
初めて師匠の『水球』と言う鍵言を聞いた時、私は「え?」と思った。
普段私はアイリーンの記憶に助けられてこの世界の言葉を使っている。英語でも、その他の外国語でもない言葉だ。
だが、その鍵言は……――――
明らかに、日本語だった。
魔法研究において、解読しようと研究者たちが四苦八苦してきた鍵言。
大気の中に魔力と共に生きている姿の見えない精霊たちの言葉。人が魔法という神秘を成す時、精霊たちに協力を求めるために用いられる彼等の言語に近しい言葉。
それから何度鍵言を聞いて、何度悩んだことだろうか。
もしかしたら本当に精霊の言葉で、転生者特典として日本語に聞こえるとか、そう言うのかもしれないとずっと悩んできた。
でも、師匠の言葉を聞いて確信した。
平坦な音の言葉。
この世界のどこにも存在しない言葉。
そして、この世界の誰にも意味が分からない言葉。
唯一、私にだけ分かる言葉。
だから私は鍵言を使わずに魔法が使えるんだ。
――――……
目を見開いていた師匠は、やがてゆるゆると口を開いた。
「それは、真か……?」
「ええ」
「なんと……なんと、それは……」
そしてもう一つの憶測。
「多分、私以外の『精霊の愛し子』も精霊の言葉が分かったんじゃないでしょうか? 恐らく、精霊の言葉が分かるから『精霊の愛し子』と呼ばれるんだと思います」
鍵言を介さず魔法を行使する存在。彼等が黙っていれば、そりゃあ精霊に愛されているように見えるよね。
「ただ、疑問なんですが……どうして今までにいた『精霊の愛し子』はその事を他人に伝えなかったのか、分からないんです」
私の世代までに一体何人の『精霊の愛し子』がいたかは知らないが、一人くらい研究フェチみたいな人とか、両親に何でも話す子供とかいたはずだよね?
それなのに全員が黙っていた理由はなんなのだろう。
「……その理由は、分かる」
すると師匠が捻り出す様にそう言った。何だか苦しげで不安になる。
「分かるんですか……? それって、ええと、国の機密情報に触れるとか、危険な感じですかね?」
「いや、違う。太古の昔から伝えられている話なんじゃ……」
え、昔話ってこと?
信憑性怪しみ、と私は目を細める。
しかし、そんな私を他所に師匠は俯いたまま重々しく続けた。
「太古の昔、精霊と言葉を交わすことができる者は邪神への生け贄として、邪神の信徒にその心臓を狙われた」
「え゛」
「世界の魔力の均衡がとれた状態を滅ぼさんとする邪神と、それを維持し続けている精霊は対極の存在……その愛し子の心臓を捧げれば、精霊たちによって封じられた邪神が復活すると言われておる……」
私は真っ青になった。
つまりあれだよね、現実逃避のために変で失礼なこと言うけど、師匠が隠れ邪神ファンだったら私危なかったよね。
信頼してるからつい言っちゃったけど、マジで危なかったよね?!
やだぁ……太陽信仰みたいなことやめてほしい。心臓捧げる系ってあれでしょ、大抵が生きたまま抉るじゃない。やだ。グロ反対。
私死にたくない。永遠に黙ってよ。こんなこと聞いたら、そりゃあ誰にも言いませんわ。
どこからアサシンこんにちはするようになるか分かんないもんね!!
師匠は大きく溜め息を吐いた。
「誰にも、言うでないぞ」
「……はい」
こっくり頷く。絶対言わない。この事に関しては永遠にお口ミッ◯ィーになるって今決めた。
「わしも、興味があるが、これ以上は聞かん。切り替えて、わしの話をするとしよう」
「はい、そうしましょう」
「学園……国立シェイドローン魔法学園での生活についてじゃ」
「わ、楽しみなやつ」
先程までの空気を無理矢理消し去るように私たちは明るく話し始めた。正直無理矢理すぎてキツイけれど。
「寮分けがあっての……」
「どうやるんですかっ?! それは帽子ですか?!」
「ん? いや、帽子ではなく、ここが問題での……」
なんだ。魔法学園で寮とか聞くと、ハリー◯ッターだよなって感じするよね。ワクワクする。
私と師匠はその後、学園で力を上手く隠す術について話し、私は荷物の確認のためリオに声をかけて早く帰ることになった。




