第8話.ショタコンの友人たちのその後
ジェラルディーンはレオンハルトと結婚して王太子妃になった。
行われた結婚式は盛大で荘厳で、とても素晴らしいものだった。純白の花嫁衣装に身を包んだジェラルディーンはとても綺麗で、とても幸せそうな花嫁だった。
昼間のパレードでは集まった国民皆が二人を祝福していた。ああ、これがいずれ国母になる女性なんだ、って皆キラキラした目でパレード用の馬車の上のジェラルディーンを見上げていたんだ。
「おめでとう、ジェラルディーン。っう、綺麗、すごく綺麗だよ……」
「来てくれてありがとう、アイリーン。わたくしの『今』には貴方の存在あってこその幸せもあるのだから、貴方には感謝しているわ……ありがとう、わたくしの友でいてくれて」
「ヴァッ、ツンデレからツンが取れたら最早それは『尊』でしかねぇのよッ……ふぐぅっ、し゛あ゛わ゛せ゛に゛、な゛っ゛て゛ね゛っ!!」
「まったく、締まらないわね……貴方らしいわ」
涙が止まんなくて濁点まみれで祝福を贈る私にそう言って、紅玉髄の双眸に涙をためた彼女は嬉しそうに笑う。
「殿下っ、彼女を泣かせたら承知しませんからねっ!!」
「ああ、分かっている。そんなことは、もう二度としない」
「絶対ですよッ、お幸せになってくださいッ!!!!」
ジェラルディーンの腰を引き寄せてその髪に唇を寄せたレオンハルトは、物凄く嬉しそうなほやほやした笑みで「勿論だ」と頷いた。
それを聞いたジェラルディーンの顔は彼女の象徴のような紅薔薇にも負けない赤さだったけど、レオンハルトも耳まで赤くしていたからお相子でお似合いの夫婦だね。
レオンハルトの付き添いをしていたアーノルドは、卒業間近の頃に決まった婚約者と上手くいっているらしい。
私にとって物凄く幸いなことに、学生時代の彼の私に対する「おもしれー女」はガチで「おもしれー」だったらしく、愛らしい婚約者に出会って幸せそうにしている。
ただ、未だ私を「おもしれー」扱いするのは解せぬ。珍獣ちゃうぞ。
ラタフィアは隣国へ嫁いでいった。
純粋な水属性を極めたカスカータ家のような伯爵家があったらしくて「私は一国には収まりませんわよ」って、コロコロ笑っていたっけ。
あまり会えないけど、手紙のやり取りはしている。平民だけど優秀な学者として陛下に与えられた地位があるから、隣国で行われた結婚式に参加できて良かった。
「ラタァッ!!」
「あらあらアイリーン。お久しぶりですわね」
「ヒィンッ、私の友達がこんなにも綺麗ッ!!」
「嬉しいです。貴方も変わらず、いいえ、ますます綺麗になりましたわね」
「ありがとう……お陰様で新入生に毎年『詐欺』呼ばわりされるよ」
「あらあら、ふふふっ」
真っ白なドレスに身を包み、彼女の魔力にそっくりな鮮やかな青の宝石で身を飾ったラタフィアは本当に綺麗で、目の前に来たら叫んじゃった。
「あなた、彼女が私の大事な友達ですの」
「ああ、初めまして、シンシア教授。話をラタフィアから聞いていて、会ってみたかったんだ」
「わぁ、ご機嫌よう閣下。ご結婚おめでとうございます。一体どんなお話をお聞きになったのか怖くて訊けないような訊きたいような」
彼女の夫になる人はめっちゃ真面目そうな人だったから安心。キリッとした太眉が印象的だったな。ほんと、どんな話をお聞きになったか不安でしかねぇ。
それにしても、まさか陛下から賜った苗字が「シンシア」とはね。結構陛下には当たりが強いという自覚があったんだけど……え、もしかしてそれ含めての意味もあったりする?? くっ……そうだとしたらなんか負けた気がする。
そして成人しても「寮長」「ギルバートと」のやり取りが終わらなかった我らが水寮長ギルバートは。
「アイリーン、これから真面目な話をします」
「……それは奇声を上げないように、という前もっての注意ですか?」
「いいえ。いや、それもありますが……こう言わないと貴方は本気にせず逃げてしまいそうなので」
「……私が逃げそうなお話をするつもりで??」
「ええ、そうですね」
そう言って水宝玉の目を細めて私を見るギルバート。なんて顔をしているんだろう。ちなみにここは学園にある私の研究室である。とっ散らかっていてごめんね。昨日論文の締め切りだったんだ。
「分かりました。腹を括りましょう」
「ありがとう、アイリーン」
さあなんだ、と言いたいところだけどこの流れじゃ流石の私でも察する。というか学生時代から同じような空気はよく流れていたからね。
小さく息を吐いて、珍しいことに緊張しているらしい彼の横顔を見上げた。彼の目は私がいつでもメモできるように宙に浮かべている羽根ペンに向けられている。
「……私は、学生の頃から貴方に関心がありました」
「……」
「貴方の魔力の純粋さ――それは『精霊の愛し子』故のものだったわけですが、カスカータの嫡男として、非常に惹かれるものがありました」
「そう、ですか」
そこからか~と小さな声で答えた私に、ギルバートは「ですが」と視線を移す。
「次第に私は、貴方の人柄……真っ直ぐで、誠実で、驚くほどに正直な貴方の人となりに、惹かれるようになった」
そう言って、彼は柔らかく微笑んだ。
「私は、貴方が好きだ」
真っ直ぐな言葉だった。びっくりするぐらいに、真っ直ぐだった。もっと詩的で柔らかく遠回しな言葉が来ると思っていた私は思わず目を見開いてしまった。
ああ、素敵な人だな、と思う。
いい人だとは思っていた。でも今、心から彼は素敵だと思った。
「……ありがとうございます、貴方のお気持ちは嬉しい、です」
でもこれは恋のときめきじゃない、そう分かってもいた。これは、ジェラルディーンやラタフィアに感じるような親愛の情だ。私はギルバートと同じ「好き」を返すことはできない。素敵だと思って、それきり。胸はドキッともしないのだ。
「でも、私は同じ気持ちをお返しできません。ごめんなさい」
「……そうですか。分かりました、ありがとう。どうか謝らないで」
申し訳ない、と俯けていた顔を上げる。彼は微笑んでいた。
「嘘を言わずに答えてくれたことに感謝します。それでは、また」
「……はい。また」
そうして彼は三年後、辺境の伯爵家から嫁いできた女性と一緒になった。
何でも、あんなふうに穏やかに去っていったけれどやっぱり失恋のショックが強かったらしいギルバートの傷心中に、元々社交界で彼に恋をしていたその人が猛アタックしたらしい。
辺境で隣国から流れ込んでくる山賊をバッサバッサと斬り捨てる系、最強の辺境伯令嬢だったらしいけど、めげないしょげない、そして「わたしが襲い掛かって逃げられた男はいないわ」が決め台詞、という色々強すぎる彼女のアタックに三年晒され続けたギルバートはついにショックを乗り越え、結婚を決めたそうだ。
結婚式で「わたしの勝ち、ね」とギルバートに笑いかけていた彼女の鮮烈さに、私は「よかった」と安心したのだった。
それから火寮長エドワードはと言えば。
「アイリーンッ、結婚しよう!!」
「しません」
「そうかっ! また来る!!」
「お願いですからそろそろ諦めて他の人探してくださいよッ!」
「俺には弟が二人いるからマクガヴァン家は問題ない!」
「問題なくはないですよ?!」
「問題ないと言ったら問題ない!!」
「いやあるわッ!!」
そろそろ懲りて、諦めて(切実)
こうしてどんどん時間は経ち、様々なことが起きては過ぎていった。六年、七年と、リオと離れて過ごす時間が流れていく。
あの子に会えないことだけが、本当に寂しくて悲しかった。




