第7話.ショタコンのその後
夏季休暇明け、学園に戻った私は、王宮の邪神ファン調査の結果、公表しても問題ないだろうということで『精霊の愛し子』であることを隠さなくなった。
とても気が楽。籍はアクア・パヴォーナ寮に置いたままだけど、色々な属性の授業に出る許可を貰えたから、学習が更に楽しくなった。課題は多くて大変だけどね。
休みには教授や先生たちと自分のことを研究している。たまにノワールの力も借りているけれど分からないことだらけ。諦めずに少しずつ進めていく。
邪神の消滅は全てのファンに届いていたようで、信じられないと暴れる奴が続出して大規模な捕縛&投獄が叶ったらしい。
ナーシサスは飲まず食わずになり獄中で衰弱死、サラサッタは西部の修道院で慎ましく穏やかに過ごしているそうだ。
そしてリオについて。
驚いたんだけれど、あんなやり取りがあったというのに、王宮にいるリオからの手紙は私にも届いた。嬉しすぎて泣いた。
最初の手紙は『お姉ちゃんへ』という言葉から始まって、私に対する謝罪と気遣いの内容だった。
『きらいって言ってごめんなさい』
この文章を書くのに、幼いリオがどれだけ悩み、考えたか。想像して「ゴボッ」と魂を吐いて倒れたよね。
『まだ悲しいけど僕、たくさん考えるよ』
まだ悲しいのか、当たり前だよな……と考えて「私のせいじゃん」と呻いた。でもこれでいいのだ。考える方向へ向いてくれて良かったと思おう。
そう言えばリオは、王宮に入り、王族の一人として生きるにあたって、何やらいくつかの条件を陛下に告げたらしい。
ジェラルディーンはその内容を知っているみたいだけど、私には教えてくれなかった。うむむ。
リオは野心家じゃないから、継承権に関わるアレソレじゃあないとは思うけど何だろう。とても気になった。
まあジェラルディーンが「教えない」という選択をし、リオ自身も何も手紙に書かないのだから、今は知るべき時じゃないってことだろうね。
私は『元気でね』と締めくくった手紙を鳩に託して送り返し、遠くにいる彼に思いを馳せた。
―――――………
それから何年も、会えないまま手紙のやり取りだけが続いた。
丁寧だけれどどこか幼げで拙かった筆跡は徐々に流麗なものに変わり、綴られる日常の出来事から、リオの成長を確かに感じられた。
私は順当に進級して学園を卒業し、そのまま学園に残った。
ここで一つの分野に関する研究成果を二つ上げて、教職課程的な勉強を一年すれば先生になれる。研究成果が五つを超えれば教授だ。
長々考えた結果なんだけれど、私は教授になろうと思う。普通に就職したら、やりたいことをやりきれないからだ。
二度と邪神ファンが現れないように、精霊と人との正しい歴史を文字に起こして世界に広めること。
そして今後生まれてくるかもしれない同胞のために『精霊の愛し子』の性質を解き明かしてまとめること。
この二つが私のやりたいこと、私の人生の目的だ。
それには学園にいるのが一番いい。ここにはそうした研究者への支援体制が整えられているし、資料も豊富。それに、研究を助けてくれる仲間もいるからね。
それで意気込んで、鍵言学者と言語学者の手を借り、鍵言に必要な発音を一覧にして正確な発音に更に近づける訓練方法を編み出し、学園の学会で発表した。
そしたら、ぶっちゃけヤベェ内容だったらしくてひとっ飛びで教授のお席をいただいてしまった。
けれど、ヤベェが過ぎるので学園の外へは出すなと言われた。まさか教授のお席は口止め料?? 蒼い顔をしている学園長に何でですかと訊いたら、メッチャ納得する理由があった。
発音が正確であればあるほど、つまり私の知る日本語に近ければ近いほど魔法の威力は上がる。
良い魔法ならそれでいい。治癒の魔法が強化されれば今まで助からなかった人が助かるようになる。
しかし攻撃魔法なら。今は平和だからいいかもしれないが、いざ戦争となったら過去の戦争以上の惨劇が起こるだろう。
力を手に入れた数多の国家が互いに侵略戦争を始めてしまったら、どれだけの人が死ぬだろうか。
そんなわけで貴方の研究結果は素晴らしいけれど危険なのよ、と学園長は残念そうに肩を落として締めくくった。
「なるほど把握」
そう言うわけで、危険性を排除して美味しいところだけいただこうと決意。
お馴染みの鍵言学者と言語学者、そこに治癒魔法の学者もあわせた四人で、治癒魔法の正確な発音一覧表を作成した。
治癒魔法は各々の属性ごとにあるけれど普通の魔法より数は少ない。だから余裕だった。
これによってバイルダート王国の魔法医療のレベルは一気に数段跳ね上がってその上質さを極めた。
少し遅れて国外にもこの研究結果は広まる。最初は無名の若い研究者が主導の研究だからって相手にされてなかったんだけれど、バイルダート王国で実際に目覚ましい成果が出たから風向きが変わったんだ。
世界中の魔法医療が更に良いものとなったときは「私たちヤベェ」って研究仲間ではわわとしたよね。
そのことをリオへの手紙に書いたら自分のことのように喜んでくれた。
けれど王宮で表彰式が行われて、レオンハルトやアーノルドには会えたのに、リオには会えなかった。
とても悲しい。何故よ。頑張っているご褒美に会わせてほしい。
それから精霊と人との歴史。これはノワールから聞き取りを行って少しずつ文章化を進めている。
けれど、ノワールは私以外の研究者の前に現れたがらないから私一人で聞き取りをして、清書だけ他に手伝ってもらう感じになった。
精霊はただの人とあまり交流を持ってはいけない。仕方のないことだけれど、聞き取り作業は大変だからちょっと「くそう」と思ったりする。
「それで、そのとき水のがな……――」
「へえ、そのひとって、ラタのお家に関係がある人だよね?」
「ああそうだな」
「そう言えば前に思いついて忘れてたことなんだけど、光の精霊はいないの?」
「いない」
「エッ意外。なんで」
「光属性なんてもんがないからだな」
「ゑ?? ないの????」
「ない」
「何で何でっ?! すんごく気になる! 私の銀の光は?!」
「あれは――――おっと、今日はここまでだな」
「え」
「アッ!! 逃げられた!!」
「くそっ、察しのいい精霊だ!!」
「あ、皆」
「やっほー、アイリーン」
「闇の精霊、ほんと逃げ足速いよね。で、今日は何の話してたの?」
「あー、今日はねぇ……――」
研究者仲間たちが何とかノワールに接触しようとして毎日こんな感じ。
一応聞いて乱雑な字で聞き取りしたことをまとめたものがあるから、話して聞かせながら皆で清書をする。でも全員個性が爆発しすぎていて文体に違いがありすぎるから結局まとめの作業は私がしている感じだ。
研究者って変な奴しかいねえな。
リオはちゃんと元気で、しっかり勉強をして着々と力をつけていることを、レオンハルトも手紙で教えてくれる。
この世界に写真の技術が無いのが悲しすぎる。可愛い瞬間、誇らしい瞬間、そういった素敵な一瞬を切り取って残しておけたら最高なのに。
流石の私でも写真の魔法を編み出すのは難しい。発想力が足りないと思うので、沢山勉強していずれ叶えよう。




