第4話.ショタコンとリオの話(1)
サラサッタ、しばいたらいけた。
自分でもびっくりしてる。昏睡状態の人の頭を遠慮なくしばける自分はどうなんだと普通に困惑したよね。
でも、ノワールに訊いたら「君なぁ、お人好しな質じゃないと思ってたんだが……ん? 修道院にブチ込むため? そうかそうか、ならいいぞ!!」とノリノリで教えてくれた方法が「魔力を乗せてしばく」だったんだもん。
脳筋荒療治。私もどちらかと言えばソッチ寄りだけども、もしかして『精霊の愛し子』って皆その方向の生き物なの……?
サラサッタの身体に染み付いた、邪神の残した闇のカスみたいなものをイメージして、それを私の無属性の魔力――つまり邪神特効の銀の光で散らす感じだった。
昏睡してるなら、頭に良くないもんが溜まってるんじゃないかと思って安直に頭をしばいた。バシィィッとやった。それはもう良い勢いだった。色々やられたことへの精算的仕返しとかじゃないよまさかそんなことはしないハハハ。
傍らに控えていた衛兵も、医官も「マジかこいつ」って顔で目を見開いていた。
そりゃそうだ「私なら彼女を目覚めさせられます」って言いながらやって来た美少女が「オラァッ!」とか言いながら昏睡状態の囚人兼患者の頭をいきなりしばいたんだから。
誰だってそりゃあ驚くだろうしやったやつの正気を疑うだろうね。
私の魔力が瞬く間にサラサッタの全身に広がって、こびりついていた邪神の闇のカスを散らす。
すると、サラサッタが「うっ」と呻いてすぐに目を開けた。その瞳は元通りの桃色になっていて一応安心した。
ぼんやりと瞬きを繰り返していた彼女だったけど、ニヤニヤしながらじーーっと覗き込んでいる私に気づくとカッと目を見開いて「あなっ、ぅ、ゲホッ、ゴホッ……なに゛して、んのよ゛っ」とガラッガラの声で叫んだ。
「ははは、気分はどう?」
「さい゛あくよ゛……頭もいたい゛し……こごはどこなの゛……?」
「王宮。貴方、どこまで覚えてる?」
「え゛……?」
「邪神ファ……んん、邪神信徒になってたんだけど、貴方自身、そのことについてどこまで覚えてる?」
サラサッタは困惑しているようだった。顔を顰めて、心底理解しがたいといったふうな顔をしている。
よよよ、これはもしや記憶すっ飛んでるやつ? しばきすぎたかな?? 本人は幸せかもだけどそれは困るなぁ。
「わから、ない……どういう、ことなの」
「うーーん、じゃあ創立祭のことは? 私のことナーシサスが誘拐して、貴方は暴力を振るおうとしたよね?」
「それは…………おぼえて、る、わ」
「そう。じゃ、その後は? 学園は追えなかったから分かんないんだけど、何してたの?」
「わからない。なにも、わからないわ……」
「ふぅん……」
誘拐事件のときは、まだサラサッタの自我強そうだったから、もしかしたらあの後ナーシサスに更にいじくられたのかな。
サラサッタと戦ったメルキオールたちに聞いたけど、随分理性皆無の無茶な戦い方をしていたらしい。
私を誘拐したときのサラサッタは、折檻的な暴力を振るうことに関しては慣れた様子だったけど、私が反撃に出たらヒロインみたいな悲鳴を上げていたから、そんな戦闘民族みたいな状態は想像がつかない。
それが、ナーシサスにいじくられて邪神パワーを強められた結果だとしたら納得がいく気がする。
そっから記憶がないのも、邪神パワーに乗っ取られたような状態だったからと言えば説明がつく気がする。
とは言え。
「邪神ファ……信徒に利用された立場だから情状酌量の余地はあるけど、それにしたって色々問題も罪もあるから、一応覚悟はしていてね」
「……極刑かしら」
「流石にそこまで行かないよ。ちなみに一番の被害者な私の希望は修道院送りね」
「…………」
「好きな人がいるならその性格矯正して良い女になんなよ。人のせいにしてたって希望は叶わないから」
「…………」
サラサッタは色々と思うところがあるのか沈黙して私から顔をそらした。まあ元気そうだから良いか。と言うことで立ち上がって、衛兵と医官に挨拶をして医務室を辞することにする。
「…………ごめんなさい」
「!」
扉を開いたところで、背後から小さな声で謝罪があった。バッと振り返れば、ぷいっと顔をそらしたままのサラサッタ。つい笑みがこぼれる。
「うん、謝罪は受け取っておく。じゃあね」
この世界で生きていて、人の成長を見る機会が多い気がするんだけど、それが楽しすぎる。何なんだろうこの感情。母性……?
さ、この後はついにリオの今後を決める話し合いだ。緊張するけど、頬を両手でパンッと挟んで気合いを入れる。大丈夫、きっと大丈夫だ。
―――――………
私から「黒の森から帰るときにお話しした大事なお話をするよ」と聞いて緊張した面持ちになったリオの手を引いて、二人一緒に王宮内の一室に向かう。
両親と陛下はすでにそこにいるって。母さんたち大丈夫かな、緊張で大変なことになっていそう。
まあ、かく言う私も別種の緊張でガッタガタに震えそうなのを必死にこらえているところだけどね。
だって……
リオが、リオが真実を知るんだよ?!
間違いなくショックを受けるよね?
たとえ幼さに似合わず聡明でも、あんなに小さい可愛い子が、自分の生まれのあんな真実を知ったらどうなると思う?
きっと本当のお母さんの顔も声も覚えていないことを悲しむんじゃないかな。本当のお母さんが死んでしまったことを嘆くんじゃないかな。
っっっ……つらい……
つらすぎる。
でも、そんな私の動揺をリオに悟らせて更に不安にするわけにはいかない。こんな小さな子に余計な負担はかけたくない。だから、ひたすら前を向いて背筋を伸ばす。
「さ、ここだよ。心の準備は大丈夫?」
「……うん」
「いい子。じゃあ、開けるよ」
辿り着いた扉の前で、顔を見合わせて少し言葉を交わす。リオに少し笑顔が見えたので、私も笑って頷いた。心の準備が大丈夫じゃないのは私だ。でももう行くしかないから。
手を伸ばして、扉を開けた。
―――――………
「――……というわけだ。本当に、本当にすまなかった……エルメリオ」
陛下が全てを話し終えて、もう何度目だろうか、深く深く頭を下げた。
陛下の話の間、ずっと黙っていた私はここで初めてちらりと隣のリオの横顔を窺い見た。
リオは、その大きな菫色の目を少し見開いて、唇を物言いたげに薄く開いて小さく震わせていた。
膝の上に乗った両拳は強く握り締められていたし肩は微かに震えている。彼が受けた衝撃の大きさを物語っていた。
リオは自分の向かいに座る陛下の顔を見ながら、かすれた吐息のような戸惑いの声を漏らして、一度ゆっくり目を瞬く。
「僕……ぇ、う、僕は……」
「すまない。今すぐにと決定を強いるようなことはしない。余はお前の意志を尊重する。ただ、余は……余は、お前を、王宮に迎えたいと、そう思っている……」
「王、宮……」
何とか反応を返そうとしている健気な様子が痛ましい。そっと目をそらした。
リオは相当に動揺している。しばらく落ち着く時間が必要だ。
「……すまない、時間だ。納得するまで考えてくれ。では……またな」
静かに席を立つ陛下。リオはいつの間にか自分の膝の辺りに視線を落として俯いていた。そんな彼を哀しげな目で見つめ、陛下はそっと出ていった。
それをじっと目で追いながら、少し考える。
――――もしもリオが第三王子として王宮に戻るのなら。
彼の人生はどんなものになるだろうか。




