第25話.ショタコンは導きの火に
「……うーん、イマイチ」
「気合いだよヒロイン」
「えいえいおー」
力なく腕を上げて答える。
気合い至上主義を発揮して祈り始めてから、果たしてどのくらいの時間が経ったか分からないけれど(やけに体内時計が正確な親友曰く「十五分は経った」とのこと)私は元の場所に戻れていない。
さあ困った。
「何が足りないのかなぁ」
「身体があっちにあるなら目印は十分だと思うんだけど」
「やる気も十分あるよ~?」
「そりゃ分かってる」
親友は肩をすくめて「何だろうな」と呟く。何故か先程親友基準でOKを出されて彼女の腕から解放された邪神はミニョミニョと彼女の周りを走り回っていた。段々可愛く見えてくるのが悔しい。
「リオに会いたい……頬ずりしたい……」
「意志も十分だな」
「そりゃあもう。あんなに可愛いが可愛いして可愛い生き物は他にいないよ」
「波乱万丈の人生を送る美ショタだよな」
「出た、貴方の性癖ドストライク」
「んはは、お耽美最高!」
「待って、リオが美しいのは認めるけどあれは可愛い系でしょ」
「どう考えても生い立ちからして間違いなく耽美系だよ」
「はぁ~ん??」
「おぉん??」
数秒睨み合い、ふはっと笑い出してその空気は霧散する。これは決着がつかないと分かっているから諦めるんだ。まあお互い心の中で「私の方が正しいけどな」って思ってるんだけどね。
「そう言えば、あんた、あの美ショタの生い立ち知ってるの?」
「うん、知ってる」
「そう」
「あの高貴なプリチィからしてただ者じゃないと思ってたけど、まさか王家の子とは思わなかったよ……まあ、躊躇いなく頷けるレベルでロイヤルな気配するもんね」
「そっかぁ……」
「この救出作戦が終わったら、リオにも伝える予定になってるんだ」
大丈夫、リオが彼の意志でどこへ行っても、私はリオが望む限り彼のお姉ちゃんだからね。
「なるほどねぇ」
「そのためにやっぱ意地でも帰らなきゃ」
「おー、頑張れ」
親友の覇気のない応援を受けて、再びネックレスの菫色の石を握り込んで手を合わせ、目を閉じる。気合いを込めて「あの場所へ」と祈り始めた。
その時だった。
手の中の石が突然熱くなった。
ハッとして目を開ける。手を離すほどの熱さではなく、心地よい暖炉のような熱だった。手を開いて石を見る。
菫色の石の中に、小さくも鮮やかな紅蓮の炎が点っていた。
「これ……リオだ、リオが呼んでる……!」
「チャンスだ、もっと気合い入れて!!」
親友が言う。頷いて、強く握りしめて呼び掛ける。リオ、私はここだよ!
直後、合わせた手の隙間からぶわりと紅蓮の炎が溢れ出した。天女の羽衣みたいに私に纏わりついて、ふわふわと包み込む。
暗闇の中で私を鮮やかに浮かび上がらせる様な炎。優しさに満ちた柔らかな熱。これは、縁を手繰り寄せて招く導きの火だ。
親友が目を見開いて「魔法だ……」と感動したような声を漏らすのが聞こえた。
『お姉ちゃん!』
『アイリーン!』
そして、リオの声と……これはノワールだな。二人の声がどこからか響いてきた。あとはきっと、私が答えるだけ。
上の方にさ迷わせていた視線をバッと親友に戻す。
「貴方に会えて良かった。本当にありがとう、大好き。どうか、元気で」
「私も、大好きなあんたに会えて嬉しかった。今度こそ、長生きしなよ」
「うん!」
涙がこぼれるけど、それをぐっと拭って上を見上げる。
「リオ!!」
答えた瞬間、グッと引っ張られるような感覚。遥か上方の暗闇を切り裂いて、黒蝶に先導された紅蓮の炎が降り注ぐ。引かれる感覚に従って手を伸ばした。
その手を、小さくて温かい手が掴む。
さようなら、とこぼして小さく笑った親友を振り返ることなく、そのまま引き上げられて、私の意識は真っ白に呑み込まれて穏やかに消えた。
―――――………
ぼんやりと目を開けて、最初に見えたのは涙に潤む菫色の瞳だった。
「……リオ」
「お姉ちゃん!!」
がさがさの声で呼んだ私に、リオはわっと飛び付いた。横たわった私にしがみついて「おねえちゃん、おねえちゃん」と繰り返すリオの小さな頭を、あまり上手く動かない手を持ち上げて撫でる。
「心配、かけたね。ごめん。リオが呼んでくれたんだよね? ありがとう。お陰で帰ってこられた」
「おねえちゃん、おねえちゃん……帰ってきてくれて、よかった……ふ、うぅ……」
泣き出したリオをひたすら撫でる。
ふらりと視線を移動すると、楔の間の中央で砕けた水晶柱の横に立つノワールの姿が見えた。その足元には気絶したナーシサスが転がっている。
「ノワールも、ありがと。復活、できたんだね」
「ああ……アイリーン、君が戻ってきて、良かった」
「……うん」
黄金の目を伏せるその表情からして、やっぱりエタンセルはリオを守って消えてしまったんだなと察する。私が彼と過ごした時間は物凄く短いけど、そのことをとても寂しく感じた。
しがみついているリオを支えながらそろりと身を起こす。背中の傷は痛まない。というか塞がっているかも。良かった。
スッと深呼吸する。
そして気づいた。この空間からも、ナーシサスからも邪神の気配がしない。綺麗さっぱり消えているようだった。
親友が見事にやってのけたってことだろう。現代日本に邪神か……うん、まあ、何とかなるでしょ。
邪神はもういない。私たちの、勝ちだ。
愛おしい弟をぎゅっと抱きしめる。生きている。私もこの子も、少し怪我はしたけれど、ちゃんと柔らかくて温かい。失われなかった命の熱に涙が滲む。
「うちに帰ろう、リオ」
「……うん!」
後の事は後の自分が考える。だから……
今はただ、この温もりと幸せに感謝を。
―――――………
ぱちりと目を覚まし、彼女は目尻から流れ落ちていく涙のくすぐったさに瞬きを繰り返した。
「……戻ってきた」
呟いて、身を起こす。
直後、申し訳程度に腹に掛かっていたタオルケットの塊から「ピキュォ」と名状しがたい鳴き声がした。
ハッとしてタオルケットを捲る。
「……やっぱり夢じゃ、なかったんだ」
一見して小さな黒猫の様な何か。ぱちりと彼女を見上げた目は五つ。闇色の長毛に被われた身体の下に蠢く短い足は七本。これは、人が来たときに猫と言って誤魔化せるだろうか。
「あんた、ちゃんとついてきたんだね」
「ンルヌゥ」
「んはっ、変な鳴き声」
「パキュォ」
「うん。しばらくは慣れないだろうけど、住めば都って言うでしょ。魔法はないけど面白いものはそれなりにあるよ」
彼女の柔らかな声をじっと聞いていたソレ……邪神は「ンキュ」と鳴いて、もしゃもしゃと身を震わせた。
「本当に嫌になっちゃったら、私と世界征服でもしよう。そう思ってれば、余計な悩みは消えるでしょ」
手を伸ばして邪神に触れる。ひんやりしていた。それから、犬猫に触れたときのような、被毛の奥の肉の感触がない。どこまで毛なのだろう、と指を潜り込ませてみたがどこまで行っても終わりがないので流石の彼女も恐れをなして手を止めた。
「……流石に、目と足が多いな」
彼女がそう呟くと、邪神はしばらく五個の目をパチクリと瞬いていたが、突然にその内四個をヒュッと閉じた……閉じたと言うより消した。
「もう一つくらいあっても大丈夫。あと、足は難しいのかな」
「ンクルゥ……」
「そっか。なら、無理しなくていい」
目が二つになると、足がやけに多くて耳と尻尾がない猫といった風情になった。猫と言うのは無理があるかもしれない。明らかに新種である。
しばらく足をしまい込もうと蠢いていた邪神だったが、諦めてしまったのかふいっと音もなくベッドを下りて新たな住処の探索に出かけていった。
その姿をぼんやり座り込んだまま見送って、彼女は小さく息を吐いた。
脳裏に浮かぶのは、銀糸の髪に琥珀色の瞳をした完璧な美少女のなりをした、懐かしい親友の姿だ。
「……さよなら、――――」
祈るように名前を呟いて、彼女は立ち上がった。
「さ、仕事だ仕事」
家に本物の邪神がいるのだ。もうウザったい上司などストレスでも何でもない。限界が来たら邪神を差し向けてやる、そう思えばむしろ楽しくなってくる。
「まずはご飯だな。邪神って何食べるんだろ」
きっともうあの不思議な夢は見ない。
これにて第6章完結!
次回から完結目前の終章となります!!
【ご連絡】感想欄再開放しました!
たとえ一言でも感想書いていただけるととても嬉しいです! よろしくお願いします!!




