第17話.ショタコンの三年修行
王太子の撃退に成功した私たちは、多分取り戻せたであろう平穏を喜び、そして血反吐を吐くような修行を再開した。
「それ次じゃ『海燕』三群!!」
舞い踊る海水の燕が三十羽。恐ろしい速度と鋭い刃の様な羽で三方からこちらに迫る。
私は熱を持った目をまず左の群に向け、同時に右手を斜め右へ突き出した。
迸る魔力。魔眼に睨まれた十羽はパシャンッと弾け飛び、右手が展開した防御壁に激突した二十羽は潰れてただの水になる。
「ふぃぃ……」
私は自分が張った防御壁をまじまじと眺めた。透明な魔力の壁に、うっすらと白い魔法陣の様なものが描かれている。幾何学模様のそれは緩やかに回転しており、とても格好いい。
厨二病は完治したと思っていたが、私の奥底に小さく残っていたのかもしれない。
「うむうむ、良くなっておる。反応も早くなり、防御壁も簡単に張れる様になったようじゃ」
「はい……そりゃああれから三日、ぶっ続けでこんな調子ですからね……」
今回の修行はとても簡単で単純だ。
師匠が絶え間なく攻撃魔法を放ち、それを私が魔眼と実地で覚えた防御壁を使って防ぎ続ける。
すごいでしょ。マジきついの。魔力切れってファンタジー小説とかで読んでたからあるのかなぁくらいに思っていたけど、一般人より魔力が多いらしい私でも初日はぶっ倒れた。
これ、攻撃し続ける師匠もきついはずなんだけどなぁ……やばいでしょ、あのじいさん。
防御壁ね、初日は魔眼だけでやっていたんだけど限界が来て「まずいっ」と思った時に咄嗟に両手を出したら出たよ。
すげぇチートじゃん。あんまり魔力使わないし、かなり堅いみたいだし。
何なの私。おかしいくらいチートじゃんね。
連日の修行のお陰で今あんまり頭働かないから言葉遣いもおかしいはず。思考もおかしいよね。
「やす、やすみましょ……」
「まだじゃよ『瀑布』!!」
「ひぎゃぁぁっ!! それっ、きついやつぅぅぅぅ!!!」
押し寄せるのはまさに大瀑布の勢いを持った水流である。防御壁をゴリゴリ削りながら押してくるから本当にきつい。
水量も他の魔法とは比べ物にならないくらい多いから、魔眼での破壊やら解除やらも難しい。
師匠はこれをすぐに解除できるようになるまでこの修行を続けるらしい。
はー、死ぬ。
ざっぱーんと押し流されて、私は森の中へ突っ込んでいく。木々に衝突、枝に引っ掛かって停止した。
「けほっ……あーきつい」
「おねえちゃーん!」
「リオー、んふふふ、こっちよー」
吹っ飛んだ私を助けに来るのはリオである。実は彼も少しずつ修行を受けていて、魔力を使う練習をしているところだ。
その一環として、枝から何とか下りたびしょびしょの私を火属性の魔力で乾かす役目を負っている。
「はい、やってみて」
「うん!!」
リオはなかなかの恐れ知らずで、初日に私を熱々にしたのに(リオがやることなら何でも上等)自分の魔力を怖がることなく挑み続けている。
お陰でかなり操作が精密になってきて、服だけがほかほかになる様になってきた。
偉い。すごく偉い。
「ほわぁ……温かいねぇ」
「ぼく、ちゃんとできた?」
「うん、乾いてるよ。ありがとうね」
頭を撫でればはにかんで「うふふ」と笑う。何て可愛い生き物だろう。
「さ、戻らなきゃ」
私はリオの手を引いて歩き出した。
まあ、すぐに師匠の魔法に吹っ飛ばされて森に逆戻りなんだけどね。
そんなこんなで、一度乱されかけた私の修行は再開していた。
―――――………
濃霧で視界が悪い森の中、ひらりひらめく銀絹の輝き。同時に舞い踊るのは鮮烈な青の煌めきと宝石の粒の様に散る水飛沫。攻撃的な剣型の水魔法が宙を駆ける。
白紗を被せた様な霧の中、肉食獣の目が光る様に黄金の光の尾を引いて誰かの瞳が爛々と輝いていた。
飛来する攻撃魔法、黄金の目がそれを睨む。
刹那、魔を宿した瞳から不可視の魔力の鋭刃が放たれた。
不可視の鋭刃は飛来した水の大剣に突き刺さり、内側に深く潜り込むと、ぞぶぞぶと食い荒らして破壊する。
その背後から大瀑布の圧倒的な水流が押し寄せた。ひらり、白く美しい纎手がひらめく。放たれた魔力の微細な糸が大量の水に溶け込んだ。
直後、大瀑布の水流に入り込んだ魔力の糸が魔法を書き換える。青い水の表面を走る白光の文字、その後、圧倒的な質量を持った水流はサーッと霧に変えられて森に満ちる濃霧に加わった。
は、と微かな吐息。さらりと流れる銀糸の長髪。紅潮した頬にかかったそれを、形の良い指が耳に掛ける。
長いまつ毛に縁取られたとろりとした黄金色の瞳をそっと伏せ、再び目蓋を上げた時その目は柔らかな琥珀色になった。
しなやかで華奢な肢体を包むのは薄青のワンピース、白い繊細なレースで飾られた胸元には菫の花弁の様な雫型の石が揺れている。
『精霊の愛し子』アイリーン。二日後からバイルダート王国最大の魔法学園、国立シェイドローン魔法学園へ通うことが決まっている十六歳の乙女だ。
三年間で彼女はそれは美しく成長した。容姿の可憐さは白百合の如く、気配の儚さは薄氷の結晶の様である。
しかし…………
「っしゃぁ!! 完璧!!」
桃花の花弁の唇から、鈴を振る様な声……ではあるのだがどうもそうは形容し難い言葉が飛び出た。
握り拳を天へ突き出した彼女は、くるりと踊る様に身を翻して駆け出した。濃霧が嘘の様に晴れていく。これも、見えないところから彼女に魔法を放っていた師、サラジュードの魔法だったのである。




