表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女ゲームのヒロインに転生したらしいが、すまん私はショタコンだ~なお、弟が可愛すぎてブラコンも併発したようです~  作者: ふとんねこ
第6章.黒の森決戦編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

169/190

第23話.ショタコンは涙する


 楔の間に勢いよく吹き出ていた赤黒い靄が収まる。エタンセルはリオを胸に抱えたまま、感じた懐かしい気配の方へ目を向けた。


「……っと、危なかった」


 まるで水中にいるかの様にゆらめく黒紫水晶(ブラックアメジスト)の長髪に、淡く輝く黄金色の双眸。


「闇の……お前、戻ってきたのだな」


 エタンセルの言葉に、彼は黒の衣装の裾をひらりと動かして頷いた。

 それはナーシサスによって眷属である黒の森の番犬(シアン・ド・ギャルド)を倒されたことで弱り、一時的に姿を消していた闇の精霊ノワールであった。


「本当にギリギリだった。これ(・・)が邪神のもとへ送られていたらおしまいだっただろう。間に合って良かった」


 そう言った彼の足下には完全な人の姿に戻ったナーシサスが倒れている。

 エタンセルが目を細めて見つめたが、その身に深く深く根付いていた邪神の闇の気配は綺麗さっぱり消えていた。


 これが邪神の復活を阻むのに大活躍した闇の精霊の力だ。膨らんで膨らんで、弾ける寸前にまで育った邪神の闇の種を飲み込んで滅する。これにより信徒は邪神の闇の種を失い、邪神も折角育った闇を吸収することができなくなるのだ。


 ずっと現世に現れようと力の回復に努めていたノワールは、ナーシサスが闇そのものと化しかけていた己を邪神に捧げようとしたまさにその瞬間に復活し、彼の闇を飲んだのであった。


「……それより」


 ノワールはナーシサスを放置して、するすると宙を滑る。彼の向かった先には、地面に倒れる少女の姿が。


「アイリーン……君を救うのにも間に合えば良かったんだがな……すまない」


 銀の長髪を石造りの床に広げ、蒼白な顔でじっと目を閉じているアイリーン。ぐったりとした彼女を抱き起こし、ノワールはその額にそっと口付ける。

 ふわりと揺れる魔力。背中にあった刺し傷がじわじわと塞がっていく。魔力の刃で抉られた傷のようだ。かなりの血を失って身体が冷えている。


「お姉ちゃんっ! エタンセルさん、離してっ、僕、お姉ちゃんのところに行きたいよ!」


「リオ……」


 もこもこと抵抗したリオを素直に離し床に下ろす。アイリーンに駆け寄りながらノワールを見て「お兄さん! もう大丈夫なの?」と声をかけるリオの背を、エタンセルは眩しいものを見つめるような目で眺めていた。


 彼の視線に気づいたノワールが、ハッとして、それから諦めるように苦笑した。その唇が動いて紡がれたのは、リオには分からない精霊の言葉。


『随分無茶をしたな』


『……ああ。だが、こうしなければリオを守れなかった。後悔はない』


『変わらず、カローレ(この血)に惚れたままだったということか』


『そう、だな。彼らは、孤独に冷えた私の心を癒した。それなのに私のせいで彼らは滅ぼされたのだ……最期に、遺された子を救うくらい、したいだろう』


『馬鹿だな、君は。本当に馬鹿だ』


『ああ、私は大馬鹿者さ』


『……君がいなくなれば、あと残っているのは水のだけか。俺はあいつとは反りが合わないんだがな……』


『ふっ……あいつは厳格だからな。お前のような奴と合わないのは当然だろう』


『…………ああ、逝くのか』


『そうだな。時間だ』


 エタンセルの身体が、ふわふわと端から金の光の粒になって薄らいでいく。ノワールは顔を顰めて首を振った。


『じゃあな、火を宿した友よ』


『さらばだ、闇を宿した友よ』


 ただの人間は、邪神の闇に満ちた瘴気に触れたら闇に飲まれて死んでしまう。かつて他の精霊たちと共に邪神と戦っていた古の時代に散々そんな光景を見た。

 だからエタンセルは、人に干渉してはならないという禁を再び破り、最期の力でリオを守った。温かな命の炎を守る柔らかな光によって。


 そして最後に、渦を巻く闇の中で、魂を招く灯火の秘術をそっと彼に耳打ちした。


 最初からこのつもりだった。アイリーンにもいざとなれば禁を破り、己の命と引き換えにリオを守ると告げていた。彼女は複雑そうな顔をしたが「貴方の考えと覚悟を尊重する」と言って止めはしなかった。


(だから……満足している)


 ノワールに止められて、異変を感じても振り返ることができずに戸惑っているリオの背を愛おしげに見つめる。


(どうか、どうか幸せに。私が愛した一族の子……エルメリオよ)


 そうしてまた一人、永くこの世界を守ってきた精霊がこの世を去った。鮮やかな花弁のような炎の一片(ひとひら)を、名残惜しげに愛しい子供の頬に触れさせて。



 同胞の最期を見届けたノワールは、振り返ろうとするリオに「あいつは用ができて帰ったみたいだ、悪いな」と告げた。

 え、と眉をハの字にしてノワールを見上げるリオ。菫色の瞳には戸惑いの色が淡く揺れる。


「また、会えるかな……?」


「うぅん……どうだろうな。分からん」


「……そっか」


 緩く伏せられた長い睫毛。陰った瞳の揺らぎでノワールは彼が真実を悟ったことを知る。本当に、賢い子だ。その聡さ故に傷つくその様が悲しく、ノワールは彼の頭をいささか乱暴に撫でた。


「……君の力を借りたい」


「?」


 ノワールはそう言って、腕の中でぐったりしているアイリーンを見下ろした。


「君の姉を目覚めさせる方法を、あいつから教えてもらったんじゃないか?」


 カローレの秘術。

 魂を招く灯火の紅蓮。


 目を見開いたリオは、やがて真剣な表情をして力強く頷いた。



―――――………



 むぐ、と口をつぐんだ私に親友が顔を上げて視線を向けた。邪神は変わらずその手の中で弄ばれて、小さな鳴き声を上げて抗議している。


「あんたが何を考えているかは何となく分かるよ」


 静かな目で見据えられると、どうにもむずむずして。そろりと目をそらす。いつだってこの親友は、私の考えていることを一瞬で見抜いてしまうんだ。


「……だって」


 私は貴方が大好き。こっちでも素敵な友達はできたよ。でも貴方のような人はきっともう見つからない。きっと人生の最後まで二人で馬鹿やって生きていくと思ってたのに。


「そんな顔しないで。私だって同じ気持ちだよ」


 そう言ってまた大人の顔で笑うから、ぐっと顔を顰めて立ち上がる。私の名前を呟こうとするのを止めるように距離を詰めて膝を折り、ぎゅっと抱きついた。


「……折角、こうして会えたのに。貴方とお別れしたくない」


「うん……そうだね」


 抱きしめ返される。ここは魂だけの場所のはずなのに、彼女からはふわりと煙草の匂いがした。また一つ、私の知らない大人の彼女の一面。その苦さがほろりと涙を(にじ)ませる。


「でもね、これがそもそも奇跡だって分かってる? あんたは死んで、普通は交わらないはずの異世界に生きてる。そんなあんたと会えた。奇跡じゃなきゃなんなのさ」


「ぐすっ……親友パワーとか、さ……?」


「ばか」


「う゛……だって、奇跡はめったに起こんないから奇跡なんじゃん。だから、これを奇跡って認めたら、もう、起こんないかもじゃん」


 涙が止まらない。でも気づいている。ドライに聞こえる声色を震わせもしない彼女も、じっと泣いていることを。


「だろうね。でもしょうがない。最初から交わるはずのなかった世界が奇跡で一時(いっとき)交わった。それに感謝しようじゃん?」


 ぽんぽんと背中を叩かれる。

 でも、ふるふると首を振って、ひしっと抱きついて離れない。分からず屋扱いされたってそんなの昔からだ。彼女だって分かっていることだろう。


「やだ……ぐすっ、いやだ、よ……」


「…………」


「ふ、うっ、いつもみたいに、なんとかしてみせてよ……夢の中だけでもいい、これからも、貴方に会いたい。もう、はなれたくない……」


 私の頭を優しく撫でていた彼女は小さく溜め息をついた。


 細い糸の様な縁と、小さな邪神の魂とだけで構築された何もない暗闇に、私の嗚咽の声だけが響いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ