第18話.ショタコンに気づく
目を開けているのか閉じているのかも分からなくなるような暗闇の中を、エタンセルの髪が放つ微かな明かりを頼りに進んでいる。
魔眼でよく見えるようになったりしないかと思ったけれど、発動した瞬間辺り一面に蠢く邪神の闇の犇めきがはっきりくっきり見えちゃって、気持ち悪くなってすぐやめた。
ありゃあ駄目だ。
発狂しちゃうやつだね。
重たい扉の先には地下へと続く階段があった。今はそれを湿気で滑る岩の壁を伝ってゆっくりと下りている最中だ。
「……どこまで下りるんだろ」
「かなり深いぞ。封殿の深部は邪神が沈められた真上に程近いからな」
「うっわ……えぐい。どうにかなりそう」
何でそんなとこに建てるかな。邪神を封印するための礎だからですね分かってますよこの野郎。
「訊いたことなかったけど、精霊には、邪神の力って気持ち悪いものじゃないの?」
「そうだな……敵対するものであるから、当然不快感はある。だがこちらが優位だからな、お前のように怯えることはない」
「……怯えたくて怯えてんじゃないよ。気持ち的にはすり潰してやるくらいのガッツに満ちてんだけど」
「仕方あるまい。それは精霊の愛し子の本能だ。天敵にも等しい存在だろう」
「うん……そりゃそっか。古代からずーーっと心臓狙われてりゃあ遺伝子レベルで苦手意識も植え付けられるよねぇ……」
「いでんし……?」
「ああ……こっちの話だから気にしないで」
はーーっ、本当にムカつく。心の底から「許すまじ滅ぶべし邪神オラァ」って気持ちなのによ? 何か身体は拒絶反応でふるふるするし、ゾワゾワして「ここにいたくない」って思わされちゃうんだぞ。ムカつく以外の何だと言うのか。
て言うか遺伝子。『精霊の愛し子』は血縁関係なく生まれるみたいだけど、それって不思議じゃない?
リオのお母さんの実家みたいに精霊に愛された人たちは一族まるっと愛されてんじゃん?『精霊の愛し子』も血縁で生まれそうじゃん。愛し子の血筋とかありそうじゃんよ。ねぇの? ほーーん??
邪神ファン問題が片付いたら自分のこと研究したいな。自分のことなのに分からないことが多すぎて困る。
過去の愛し子たちは心臓狙われてたから記録残してないし、精霊が愛し子以外に教えるわけもないからそういう記録もないしで、まったくもう。
記録のあるなしで修行の効率がガラッと変わるわけ。その点貴族はいいよな。一族で継いできた属性の鍛え方本みたいの、絶対持ってるでしょ。貸してくれ。
邪神ファンに狙われなくなったら、大っぴらに他の属性も鍛えたい。夏季休暇中に少し使ってみたけど、散々使った水属性魔法とのレベルが違いすぎて泣けたもん。
全属性使えるチーターなんだからさ、使いこなさせてくれよ。何のためのチート体質よ。今のところ攻略対象と問題引き寄せる力ばっか発動してんじゃん。ひどい。
「はぁ……ぅぇおっ?!」
「掴まれ」
半ば現実逃避気味に色々なことをぐじゃぐじゃ考えていたら突然地面が揺れた。湿気た石製の階段に揺れとか殺す気か? エタンセルが支えてくれなきゃヤバかった。
「何、これ」
「邪神がまた朧気に目を覚ましたのだろうな」
「……はーーっうざ」
「これは現実の揺れではないぞ。大気中の魔力の振動で体内が揺さぶられているだけだ。落ち着いて、魔力を鎮めればふらつくこともないだろう」
「そうなの」
それ早くに教えてほしかったなぁ。
まあ、知ったからには即実践である。エタンセルに支えられたまま目を閉じて深く息を吸って吐く。
動揺や焦り、恐怖や怒りで揺らいでいる体内の魔力を整えて、平らに平らにならしていく。
「……おっ、いい感じかも」
「うん、上手いな愛し子よ」
ふらふらしなくなった。ありがとう、とエタンセルを見上げると彼はふわりと柔らかく微笑んでいた。めちゃめちゃ優しげな顔するじゃん……どっかの闇の精霊は見習ってくれ。
「行こうか」
「ああ」
闇の中の階段はまだ続いている。
―――――………
(……っあ、また意識途切れてた)
フッと意識を取り戻した女は、黒マントの男のめちゃくちゃ下手くそな踊り(魔法行使の動作である)を見せられてしまったせいで意識が飛んだのか、と結論付けて溜め息を吐いた。
(これ、現実の、寝てる私はどうなってるわけ? 大丈夫だよね……? この夢結構長く感じるんだけど、遅刻とかないよね?)
それは困るなぁ、と女は考え込む。夢はほんの一時に様々な情報が凝縮されているという話を聞いたことがあるから、これもきっと短時間で見ている夢なのだと思うことにした。
金髪に菫色の瞳の美少年は相変わらず縛られたまま。しかし何やら決意に満ちた表情をして、その胸元に鮮やかな紅蓮の炎を燃やしていた。
(はー、超ファンタジー……ってぇえ?! それ燃えてて大丈夫なやつ?! 黒マントに反撃するつもり?! 丸見えだけどいいの?!)
だが彼女のそんな心配は必要がなかったようで、黒マントは美少年の方を向いてもその炎に気づくことはなかった。
(ふぅん? じゃあこれが見えるのは私だけなわけだ。じゃ、遠慮なく観察しよう)
儀式の間のようなこの部屋を俯瞰する位置にある彼女の視点であったが、不思議なことにどこもかしこもよく見えた。お陰で彼女は美少年のまろい美貌を舐め回すように見つめることもできた。
美少年の胸の紅蓮の炎は、その中心にある淡い風を力に熱く燃え盛っているようだった。どこまでも鮮やかな美しい炎。女はその色に魅せられたようになる。
(……あれ。何か、炎の横にキラキラしたものが。何だろうこれ)
紅蓮の炎の傍らに寄り添い、懸命に淡い輝きを放つものが見えて、彼女はそちらに目を凝らす。
そして見えたものは小さな金紅石入水晶だった。
途端、再び彼女の耳に“外”の声が響いて聞こえてくる。
――「うっわ! 壁から槍とか典型的すぎるんですけど?! 危なっ、一歩間違えば即死じゃん!」――
それは先程よりも更に近くて。
――「あーっ、でもリオが近づいてる感がある! 何か、こう、感じるわけ、リオの気配をさ! エッなにその顔酷くない?! 残念なものを見る目をしないで?!」――
あまりにも懐かしく、変わらぬポンコツな落ち着きのなさ。
(こんなとこに、いたの……――――)
こぼれた名前と涙は、誰に届くでもなくそっと闇に解けて消えた。




