第17話.ショタコンは封殿へ
うっそりと笑ったサラサッタは、次の瞬間、大量の泥の塊を宙に浮かべて攻撃を開始した。
「あたし強くなったのよっ! あの女にもっ、負けないくらい!!」
ダダダッと泥の塊の群が勢い良く地面に突き刺さる。ここにアイリーンがいたらぽかりと口を開けて「ミサイルじゃん」と呟いていたこと間違いなしの光景だ。
「はははっ、殺してやるわ、メルキオール以外全員ね!」
地面に広がった泥が蠢いて、その場にいる者たちの足を捕らえようとする。アーノルドは風魔法で泥を払い、ギルバートは水魔法で泥を押し退けるが焼け石に水といった感じだ。
学園長が豪快な土魔法を連発し、佇むサラサッタを捕らえようとするが彼女はそれを己の魔法で相殺してみせた。バイルダート王国屈指の魔法の名手であり国王直々にシェイドローンの学園長を任されているコリアーンの魔法を、だ。
「学園長の魔法相殺するとか、意味分かんないんだけど!」
メルキオールは木々を操ってサラサッタの拘束を試みるが、彼女の魔法によって地面が深くまで泥と化し、木々に力を伝えきれない。
「僕対策は完璧のつもり……って訳ね」
ゴーレムを退けるための『植物召喚』でかなりの魔力を消費したメルキオールは小さく息を吐いた。
アニーは自己修復によって回復し、立ち上がろうともがくゴーレムを押さえていて動けない。
それに敵とは言え、騙されて取り込まれた自寮生である人間にアニーをぶつけるのは気が引ける。単純に命が危ない。
(……それにしても)
目覚めかけている邪神との物理的距離が近いからか、サラサッタの魔法行使に魔力消費を気にする様子は見られない。
激しい泥の波が三人の兵士たちに襲いかかっている。彼らは彼らで自分の魔法を展開し、身を守っているが生成される泥の量が多すぎた。
危うく、押し流される前に青く輝く『水泡』を纏ったギルバートが飛び込んで彼らを救出する。
「くっ……これは、学生の域を超えていますね……」
苦しげにギルバートがそう言った。
彼の魔法も学生の域を悠々と飛び越していくレベルだが、サラサッタの魔法はそれを凌ぐ勢いである。
しかも彼女はいくつかの魔法を同時行使しているのだ。学園にいた頃の彼女の技能では到底不可能なことであり、優秀なギルバートたちでも二つ程度が限界という難しさ。
それを可能にしたのは、邪神信徒の力だろうか。それとも、彼女自身が持っていた隠れた才能を、邪神が引き出したのだろうか。
「本当に、すごい魔法だね……」
「アーノルド、気をつけて。『風壁』は勢いで破られかねない」
「うん、ひしひしと感じているよ」
ただ正気を失っているだけかもしれないが、魔法の威力が衰えないのだからきっと邪神から力を分けられているのだろうと推測する。
メルキオールは魔力で煌めくピジョン・ブラッドの目をすがめ、きりりと両手を握り締めた。
「地面を泥々にした程度で封じられると思うとか、僕のこと舐めてるでしょ」
「ふふ、そうねぇ。あの子は貴方たち全員を甘く見ているわ」
「学園長」
吐き捨てた彼の隣へ、学園長がふわりと着地した。悠然たる母なる大地の香を纏った彼女は赤い唇をゆるりと笑みの形にしてメルキオールを見やる。
「あの子は私を一番に警戒しているけれどそれは間違い。戦場で警戒すべきはいつだって進化の煌めきを隠した若き才能よ」
そう言った学園長は持ち上げた右足を勢い良く地面へ振り下ろした。そこから大量の魔力が大地へ浸透、瞬く間に場の支配権を書き換えていく。
泥濘と化していた辺り一面が、しっかりと固められた土に変化し、ぐらぐらと揺らいでいた木々が力を取り戻す。ふうわりと風に舞う柔らかな黄金の魔力の燐光。
目を見開き、忌々しげに顔を顰めたサラサッタへ一つ微笑みを投げ、学園長は再び口を開いた。
「さあ貴方たち、行きなさい。その若き鮮烈な力を、存分に発揮するのよ!」
「「「はい!!」」」
地面を踏みしめた三人は魔力を構え、襲い来るサラサッタの魔法へと突っ込んでいった。
―――――………
「ここが……」
「ああ、ここが邪神の封殿。かつて我らが地の底へ奴を封じた場所だ」
エタンセルと一緒に、霧の中を誰の妨害もなく進み、ついにやって来た森の最奥邪神の封殿。
そこには、地面が隆起して小さな山の様になった場所に半ば埋まっている苔むした石造りの扉が建っていた。
扉にはめっちゃ不気味な絵が彫られていて、あからさまに「呪われし場所」と言いたげな空気が漂っている。
ご親切にも扉は少し開いていた。奥に見えるのは深い深い闇。一寸先も窺うことができないほどの黒だった。
「気分は悪かろうが心配はいらんぞ。完全に復活さえしなければ、邪神が直接お前に何かできるということはない」
「……そっか」
そうは言われても超絶気持ち悪い。でも仕方ないから、このまま進むしかないね。
そっと手を伸ばして、お試し感覚で扉の向こうの暗がりに触れてみる。ざわりと鳥肌が立った。これはすごいや。めっちゃ生物的な影の感覚だ。生肉に指を潜り込ませた感覚に似てすらいる。
でも、私の隣には火の精霊がいるから大丈夫。命の温かみにも似た熱が伝わってきて、彼が放つ光で闇も和らぐことだろう。
……今不意に思ったんだけど光の精霊とかはいないのかな。闇の精霊がいるんだからいても変じゃないと思うんだけど。
現代でも継承されている魔法属性の精霊しかいない、なんてことはないはずなんだよな。実際使える人がいない闇属性のノワールがいるわけだし。
光の精霊がいたら邪神特効マシマシじゃん。私の銀光の魔法って光属性だったりしないかなぁ。ノワールにも効くしさ。
「どうした?」
「……何でもない。行こっか」
「ああ」
深呼吸を一つ。そして私は扉の奥の闇の中へと足を踏み出した。




