第16話.ショタコンと火の精霊
ふと、湿った土の匂いがその場にいた全員の鼻腔をくすぐった。ついで宙を駆ける土属性の魔力。ハッとした全員がサッと飛び退いたそこへ泥の塊が降り注いだ。
ゴーレムはアニーに押さえつけられてじたばたしている。泥の塊を放ったのはゴーレムではない。アニーは満足げに『ブシュゥゥーーー』と鼻息らしきものを吹いていた。
「これは……ゴーレムを転移させた者かな」
アーノルドが呟いた。その声が風に流されて、そして瞬きの間の沈黙を置く。
「ふふふ、あはははははっ!!」
突如、女の哄笑が響き渡った。
「!!」
声の発生源を探り、全員が揃って目を向けた先に、この場に不釣り合いな可憐な格好をした女が立っていた。
柔らかな茶色の髪に、どろりと黒が混ざる桃色の瞳。血色の失せた白い顔には理性と狂気の狭間に揺れる笑みが浮かんでいる。
薄桃色のドレスの裾をふわりと風に揺らして、少女は「あたしに会いに来てくれたのね、メルキオール」と呟いた。
「……サラサッタ」
苦虫を噛み潰したような顔で彼女の名を口にするメルキオール。
「うふふ、あはははっ! そんな顔しなくていいのよ、貴方は殺さないから!!」
邪神信徒に取り込まれ、学園から姿を消したドロマミュール伯爵令嬢サラサッタがそこにいた。
―――――………
何か思い出したくない咆哮が遠くから聞こえてくるような気がしたけど、鳥肌が止まらないから気のせいってことにしておこう。
「……それで、今更出てきたってことは何か言いたいこととかあるんでしょ? まずは正体を明かしてほしいんだけど」
肉感的な赤とか、温室の緑とか、思い出したくない記憶よりも大事なことが今目の前にあるからね!
私の問いかけに、白い霧の中に佇んでいたその人は小さく頷いた。まあその正体は人間じゃねぇだろうとは思ってる。
人間離れしたその美貌は、文字通り彼が人ならざるものであると主張していた。
白くほっそりとした中性的で硬質な美貌を囲む、黄と橙と赤を混ぜ合わせた様な、炎の色をしたふわふわと揺らめく長髪。
全てが完璧に配置されたそこに収まる双眸は火花の黄金、縁取りのまつ毛も全て炎の色だった。
「私の名はエタンセル。火の、精霊だ」
……うん、まあ見た目からしてそれっぽかったし、魔力からしてもそうっぽかったからあんま驚かないな。
エタンセルと名乗った彼は、私とこうして二人きりになれるのをずっと待っていたらしい。これで彼が攻略対象だったら全力でお断りしたけど、そうじゃないから良しとする。
使えるもんは何でも使うのが進撃ショタコンマインドだからね。
「どこから話したら良いか……」
「ちなみにザハード公爵邸にいたのは分かってるからね」
「……やはりあれはお前か」
「うん」
ほらあの、ゴーストバスターな夜。リオに接触した不審者を炙り出そうと思って探知と索敵の結界を公爵邸一帯へ広げたあのときのこと。
私さ、あの時火属性の魔力を宿したオバケを取り逃がしたじゃない? 攻撃したのにすり抜けられて、ピューッと逃げられたあれ。
エタンセルの魔力はさ、そのときの魔力とそっくり通り越して同じ……つまりご本人様なんだわ。
いやーっ、オバケだと思って怖かった上に、バスターし損ねちゃってムカついてたからスッキリした! オバケじゃなくて本当に良かった!!
「リオに接触したのは、やっぱり……?」
「……ああ」
炎の様な髪を揺らして、エタンセルは私の問いかけに力なく頷いた。
その答えに私は若干肩を落とす。
師匠の目と、邪神ファンが言ってきた時点でほぼ確定だとは覚悟してたけど、絶対間違いがないと言い切れる情報源から真実のお墨付きを貰うとやっぱり少し切ない。
これで私の大事な弟リオが、失われたカローレ家の血を継ぐ第三王子エルメリオであることが確定した。
「そっかぁ……うん、師匠がそうだって言うならそうだろうとは思ってたけど、万が一とかないかなぁって考えてたからなぁ……」
師匠の言葉だけで、国王陛下が救出作戦を許可してくれるくらいだから、疑いようがないとは思ってたけど、それでも、やっぱり個人的には「違ったらいいな」とは少し思っちゃってた。
だって、そしたらリオは、どうなってしまうと思う? 私にも分かんないけど、王子なんだよ、しかも父親が亡き側室に対してめっちゃ負い目があるから見つけ出そうとしていたような、そんな失われた王子。
うちの子から、王宮の子になってしまうんだろうか。それは悲しい。でも、リオがそれを望んだりしたら、私はその意志を無下にはできない。
「……愛し子よ、そう肩を落とすな」
「だって……いや、今はそんなこと考えてられないや。ごめん、話、続けて」
「……そうか」
首を思いっきり振ってエタンセルに話の続きを促す。だって全然話進んでないからね。こんな、全てが終わったあとのことで悩んでいる暇はないんだ。
「私は……もう知っているとは思うが、カローレの子らが受けた仕打ちに怒り、人の世に干渉した。その結果がこれだ」
そう悲しげに言ってエタンセルは両腕を広げて見せる。それは「このパーフェクトボディを見ろ!」という動作ではなく、その身に現れている明らかな現象を見ろ、ということだろう。
「随分、魔力少ないね」
「ああ、そうだ。精霊はただの人に干渉してはならない。その禁を犯せば、こうして力を失うのだ」
「そうなんだ……」
「お前は闇のに随分と好かれているようだから、私の弱さがよく分かるだろう……」
「……真面目な話のとこ悪いんだけど、他の精霊に好かれてるってそんな見て分かるようなもんなの……?」
「度合いによるがな。お前ほどあやつの気配を付けていれば簡単に分かるぞ」
「そっかー……」
マジかよ。ところで何だその「気配を付けている」って。いつの間にやりやがったあいつ。私の魔眼でも見えないんだけど。
私が腕やら腹やらを見下ろして小さく呻くのを見ていたエタンセルは「ふっ」と笑った。笑うなや、こちとら真面目に悩んでるんだからな。
「あやつに想われるのは大変だろう。我慢が利かず人に触れ、力を失った私たちとは違って、ずっと『精霊の愛し子』を待っていたようなやつだからな……」
「うわぁ……」
道理であんなクソ重のクソデカ感情になるわけだ。しんどい。おい「隠されぬよう気を付けろ」って何だそれ。怖いじゃんかやめろ。
「……邪神の封が緩んだのも私たちの責任だ。私たちが力を失ったから、あれは蠢く余地を得たのだ……」
「……なるほど」
じゃあ今の邪神の元気いっぱい寝返りモードって、ノワールがやられて、封印が一時的にではあるけどめっちゃ弱ってるからなんじゃね?
「あやつはどうした? こんなときにお前の横にいないのが不思議なのだが……」
「あぁ、それがね……」
ノワールがやられたことと、これから私がソロプレイでリオを助けにいくつもりだったことを話す。
難しい顔で(登場したときからずっと難しい顔をしてるんだけども)聞いていたエタンセルは、話が終わるとこっくり頷いて火花の黄金色をした目で私を見た。
「私に、考えがある」
ほほう、聞いてやろうじゃん。
使えるもんは何でも使うのが進撃ショタコンマインドだからね!!




