第15話.ショタコンの仲間と召喚魔法
何か揺れてるし、遠くからすごい音がする気がする。でも周りはよく見えないから気にしてられない。ひたすらに走る。
「多分、この超絶嫌な感じがする方向が正解だろうな……」
荒野を一瞬で駆け抜けて、私は今黒の森の中を疾走している。邪神ファンからの妨害がないのがドキドキだね。
「……ま、そりゃそうか。私が来たら大喜びだもんな、あいつら」
しっとりと重たい霧の中、白にぼんやりと浮かび上がる黒い木々の間を突き進んでいく。
それにしても、空気中に満ちる魔力の多いところだなぁ。まあ、そのほとんどが邪神のそれに近しいからあんま快適じゃないけどさ。大昔から時が止まったままみたいな場所だ。
と言うか封殿ってどんな感じの建物だろう? 神殿っぽい感じかな。見りゃ分かるようになってるといいけど……
「一寸先は霧ぃ~……っどぅわ!」
変な呟きを漏らしていたら、地面に転がっていた倒木に引っ掛かって転ぶところだった。ヒロインにあるまじき鍛え上げられた身体能力をフル活用して何とか空中でくるりと回転して着地したのでセーフ。
「あぶねぇ……ん?」
少し落ち着こうと、着地した地点で立ち止まって深呼吸をしていたら、ふと馴染みがあるようなないような気配を感じた。
この邪神の気配に満ち溢れた魔力の漂う大気の中で、それとは明らかに違う魔力の気配。ほのかに揺らめくそれは……
「……火?」
あっ、これ知ってる奴だ。
ハッとしてしっかり辺りを見回す。感覚を研ぎ澄ませて魔力の出所を探した。この真っ白な霧の中、明らかに異質なそれ。
見つけた。
「……貴方、まさか」
それは、あのときの。
―――――………
ゴーレムが腕を振るう。巻き上げられた地面がいくつもの土塊になって降り注ぎ、ギルバートが張った『水壁』にぶつかって砕けていく。
「さっき辺りを探ったときには引っ掛からなかったんだけどなぁ……」
風の塊をゴーレムにぶつけて動きを抑え込みながらアーノルドが呟いた。ギルバートも頷く。
そう、それが不思議だった。ゴーレムが現れたのはギルバートが上空から辺りを見渡し、アーノルドが周辺の魔力を探った直後のこと。最初からそこにあれば、そのときに見つけられるはずなのだ。
「ほんと突然現れたんだよ!」
メルキオールが答えた。彼は軽やかに移動しながら大地に触れ、木々の根をひたすらに伸ばしてゴーレムの巨体を拘束している。
「アーノルドに探られているのが分かったから、僕もそっちに合流しようとしたんだよね。そしたら急にパッと現れたんだ」
「それは……」
「転移してきたんだ。大規模な魔法の気配はしなかったから『岩兵生成』はこの場じゃ行われなかったと考えていいと思う」
ぶちぶち、と酷い音を立ててゴーレムが木の根を引きちぎる。メルキオールは秀麗な顔を顰めて「ああもうっ、じっとしててよね!!」と地面へ魔力をぶつけた。
「僕、召喚魔法は得意じゃないんだよね……『植物召喚』」
浸透した木属性の魔力が震え、地面に大きく、鮮やかな苗色の魔法陣が描かれる。
「――おいで、アニー!!」
メルキオールが魔力を乗せた声で、彼と縁のあるモノを喚んだ。
糸の様な縁を辿り、両者の距離を無視して魔力が『道』を繋ぐ。扉はすでに作られた、煌々と輝く魔法陣。その縁にガシッと赤い触腕がかかった。
多分、アイリーンがこの場にいたら発狂レベルで叫んだことだろう。彼女が殺意の化身と呼称した赤いトラウマが、大地に描かれた魔法陣からズォォォンと姿を現す。
『ブモォォォォッ!!!』
咆哮する赤き多肉植物。温室に住まう改造魔生植物アニーが召喚に応じてやって来た。
「メル……これは貴方が?」
「誤解しないで。魔生植物の改造するのはディオネア教授しかいないでしょ」
「……そう、ですね」
流石のギルバートもドン引きの多肉植物である。やけに器の大きいアーノルドはそれを見ても「いやぁ、頼もしいね」としか言わなかった。
「アニー、あいつを何とか破壊したい。体内に魔力核があるはずだから、君は体表を削って」
メルキオールの声を聞き、ゆらりと頭部であろう場所を動かしてゴーレムを見上げたアニー。ゴーレムの方は突然目の前に現れた(ゴーレム視点では)小さい動く多肉植物を見下ろした。
両者は沈黙して見つめ合う。
そして。
『ブモォォォォォッ!!!』
アニーが吼えた。
ドシン、ドシンと次第に速度を上げながらゴーレムに突進するアニー。ドォォンッと衝突。脚部に途轍もない衝撃を受けたゴーレムの巨体がぐらついて後ずさる。
アニーは止まらない。ぐわっと触腕を持ち上げて振るう、振るう、振るう。ぬめる様に赤い触腕は岩石で覆われたゴーレムをひたすらに殴打した。
ゴーレムもやられっぱなしではない。木の根がまとわりついた腕をぐぐぐと持ち上げて、アニーをがっしりと掴む。そして思い切り横へ投げた。
木々を薙ぎ倒し、土を巻き上げてアニーの巨体が地面を転がる。しかしアニーはゆらりと立ち上がって再びゴーレムに突進を繰り出した。
「うわぁ……喚んどいてあれだけど、アニーってほんと、どんな構造してるんだろ」
「私に言われても。教授に訊いてくださいよ……」
「物凄いガッツだね」
アニーの戦いを眺める三人の元へ学園長がふわりと降りてきた。彼女もアニーを見て「あらあらすごいわねぇ」と気の抜ける感想を呟く。
「今のうちにハンス、カール、リードを探しましょうか」
「そうですね」
アイリーンが「モブ兵士」と呼んでいた三人のことである。
そんな三人はわりと簡単に見つかった。
彼らは突如現れたゴーレムを警戒しつつアーノルドたちを探していたようだが、しばらくして現れたアニーに衝撃を受けて三人一緒に固まっていたのである。
王国軍屈指の精鋭である彼らでも、自走し吼える多肉植物は簡単に受け入れられるものではなかったようだ。
「味方なら良かったです……」
と苦笑いで答えたのはハンス。そこでカールが「そうだ」と声を上げた。
「自分、あのゴーレムを見たことがあります」
「詳しく話して」
素早く表情を切り替えた学園長がそう促す。頷いたカールは「自分は以前、遺跡調査部隊にいたことがあるのですが……」と話し始めた。
「五年前、王国南部ナユマバテルで発見されたテテル国の遺跡に、三体のゴーレムがいたのです」
西の大陸の争いが平定され、この地にバイルダート王国が建てられたのは500年前である。それまでは数々の国が争って興亡を繰り返していたこの地には様々な遺跡が残っているのだった。ナユマバテルの遺跡もその一つ。そして遺跡には番人が付き物である。
「王国の魔導戦士が抑え込んで、遺跡調査の後は解放したのですが、その内の一体の背中に特徴的な傷がありまして」
カール曰くそれは「口を開けた狼の横顔の様な傷」だったそうだ。
「先程自分たちはあのゴーレムの後方にいたのですが、同じ傷が見えて驚きました。あのときのゴーレムで間違いないと思います」
聞き終えた学園長は「ありがとう」と言って腕を組んだ。ちなみに彼らがこのような話をしている傍らではアニーがゴーレムにのし掛かってひたすらに殴打している。
「ゴーレムの出所は判明したわけだけど……変だよね、学園長」
紅玉の瞳を細めたメルキオールがそう言う。彼をちらと見た学園長は深く頷く。そして遺跡調査部隊所属経験があるカールも頷く。土属性に馴染みがない他の四人は首を傾げた。
「ゴーレムの性質は番人なんだ。そうあれと召喚されるものだから持ち場を離れないんだよ。だから遺跡調査の時も破壊せずに拘束して、解放するわけ」
「……なるほど」
「それで、普通、別の場所に移動されるとなにがなんでも持ち場に戻ろうとするんだよね」
そう説明を受けて、アーノルドがゴーレムに目を向けた。のし掛かっていたアニーを押し退けて、ドォォンッと拳を振り下ろすゴーレムに「なにがなんでも持ち場に戻ろうとする」様子は見受けられない。
「だから変、と言うわけか」
「そうそう」
ゴーレムの拳を避けたアニーが逆にゴーレムの頭部を殴り、ついにそれをバラバラに砕いた。
「……あれくらいなら自己修復の範囲かしらね。誤動作か暴走か、原因が解明できたら遺跡に戻したいのだけど」
「多分大丈夫だと思うけど……ねえ、気にしなきゃいけないことが増えたよね」
「うん、そうだね」
低く囁いたメルキオールにアーノルドがいつもの調子で答える。
「あれを暴れるようにした後、ここに転移させた奴がこの森にいる」
全員が緊張した面持ちで辺りを警戒する横で、アニーが『ブォォォッ!!』とゴーレムにアッパーカットを決めた。自動修復途中だった顎を砕かれたゴーレムは少し宙を舞って地面に転がった。




