第14話.ショタコンの発進
突然溢れ出た濁流に飲まれて死ぬところだった。
マジでビビった。背中から木に激突して引っ掛かったお陰で変に流されず生き延びたけれど、背骨がめちゃめちゃ痛い。
触って分かったけど、ありゃあ邪神ファンの魔法だな。
て言うか夜営地消えてるし、学園長や他の仲間の姿が見えない。どうしよう。
私の中のバーサーカーショタコンが「これはお前一人で気の済むまで嵐の神の如く暴れ、リオを救えという神の思し召しに違いねぇ」などと囁いているが、幸いにも私は冷静なので「早いとこ仲間を見つけてそれから猪の如く暴れよう」と濡れそぼった森を濡れそぼった身体で歩き回っている。
仲間大事! たとえ私が一騎当千のショタコンでも本当に千人を相手にするのは普通に無理だからね!!
「痛ぇ……」
若干よろよろしながら森を歩く。途中で悪態をついたり、背中に入り込んでいた虫を引っ張り出して遠くまで放り投げたりしたけど、その間誰一人として仲間を見つけられなかった。
「え……流石におかしいのでは」
いつだっておぼつかない記憶を頼りに夜営地があった辺りへ向かう。ボロボロになって木に引っ掛かったテントを発見して血の気が引いた。
「そんなことある……? 強制ソロプレイイベントか? は?? くそじゃん」
もしかして「ここから先はお前一人で行くのだ」系の冒険を強制されてる?
そう言うのはRPGの主人公のためのイベントでしょふざけんな。こちとら乙女ゲームのヒロインやぞ。
そう、私は補正力に呪われしヒロインなんだぞ。自分で言うの恥ずかしいけど!
「……あれ?」
乙女ゲームのヒロインって、ソロになると途端に死亡率下がるやつじゃね??
ヒロインが死ぬのって基本的に攻略対象といる時とかじゃん。あるいは駆けつけてくる攻略対象の目の前でやられるやつじゃん。攻略対象に泣かれたりして、愛されてるなぁとか思いながら死ぬやつでしょ??
あ、え、えっ、むしろソロプレイ状態って私、無敵なのでは?
「これはもしや……好機?」
ここんところリオのことで必死だったから自分が乙ゲーヒロインだってこと失念してたわ。
両膝をパァンッと軽快に叩く。しゃんと背筋を伸ばして深呼吸。全身を巡る魔力の調子を確認し、背中以外どこも痛くないことを確かめる。
これは行くしかあるめぇ。
世界が私に突き進めと言っている。乙ゲー世界は今まで散々私を苦しめたんだから、こういうときこそ役に立ってもらうぞ。
「ショタコン出陣ーー! 待ってろリオーーッ、お姉ちゃんが行くからねーー!!」
暗くなってきた空へ拳を向けて、決意を新たに私は駆け出した。目指すはすぐそこに広がる濃霧満ちる黒の森。邪神ファン溢れる封殿だ。
―――――………
ギルバートが目を開けると、そこは鬱蒼と木々が生い茂る森の中だった。身を起こし、痛む頭を擦りながら辺りを見渡してみる。どう見ても先程まで彼らがいた場所とは違う場所だった。
「突然濁流が押し寄せてきて、気づいたときにはここ……っ、アイリーンは!」
学園長と話があるから、と夜営地を離れたアイリーンのことを思い出し、彼は慌てて立ち上がった。その動作につられて、濁流が残した水の匂いと魔力の気配がふわりと揺れる。
「……この魔力、どこかで」
邪神信徒の闇の魔力が強力に大部分を占めているものの、ギルバートはその根底にある水属性の魔力を敏く感じ取った。それが誰のものであるか知っている気がする、と彼は焦りの中で頭を素早く働かせる。
「ギルバート~、助けてくれるかい……」
その時、少し離れたところから耳慣れた声が助けを求めて発せられた。ハッとしてそちらへ目を向けると、金の長髪をぐっしょり濡らしたアーノルドが木の枝に引っ掛かったまま手を振っているのが見えた。
「アーノルド殿下! 今お助けします。ご無事ですか?」
「うん、怪我はないよ」
「良かった……」
ギルバートは水魔法で枝を切り、アーノルドが落下する間にそれを取り除く。あとは彼自身が風魔法でふうわりと着地するから問題ない。
「ありがとう……君だけかい?」
「はい」
「そうか……とにかく君が無事で良かった」
そう言ったアーノルドは「私の魔法で少し辺りを探ってみるよ」と言って魔法を展開した。橄欖石の双眸を魔力で鮮やかに煌めかせて彼が周辺を探る間、ギルバートは現在地を把握するために水滴を空へ放つ。
目を閉じれば魔力のこもった水滴に映る景色が目蓋の裏に浮かび上がってくる。脳をかなり酷使する魔法だが現在地の把握は重要だ。
上空からは濁流が通ったあとがよく見えた。そして、それがいかに不自然なものであったかが判明した。
彼らがいるのは先程までいた森のかなり東方にあたることが分かる。広い森だったから、濁流に乗せられて東へ運ばれたという状況だろう。
そして濁流はこの森と黒の森の間に広がる荒野の中間地点から突如湧き上がり、夜営地へは真っ直ぐ流れ込んでいる。そこから夜営地を飲み込んで直後東へ折れて進んでいた。
狙いは夜営地。自分達を遠ざけることが目的だろうか。ギルバートは水滴の魔法を解いて目を開ける。くら、と少し目眩。瞬きを繰り返してやり過ごした。
「ここから少しのところにメルキオールとハンス、あっちにカールとリードがいる。学園長が一番遠いけど、皆生きているよ」
「そうですか。こちらは現在地が把握できました。夜営地からかなりの距離を東方へ流されています」
「分かった、ありがとう。アイリーンだけがどこにいるか分からないのが不安だね」
ギルバートは頷く。明らかに邪神信徒の魔法である濁流に乗じて拐われたか。早く集合して黒の森に踏み込まなければならない。先手を打たれた以上、素早く判断して動かなければ。
まずは全員を集めよう、と二人は歩き始めた。
その直後、バキバキと木々を踏み折る音と共に、巨大な何かが二人の視線の先に現れた。
それの腕に引っ掛けられて宙へ飛んだのはメルキオールだった。彼がギルバートたちに気づいて叫ぶ。
「無事なら手伝って! こいつ、全然魔法が効かないの!! ほんとむかつく!!」
最後は単なる文句を言って、彼は「『葉転』!」と鍵言を叫んだ。巨体からの追撃を葉の群に転じることで回避する。そのまま彼は二人のもとへ。
「十中八九あいつらだろうけど、こんなゴーレム、どこに隠してたわけ?!」
ゴーレムと呼ばれたそれは三人の方へ足を踏み出した。その重さで地が揺れる。
土属性魔法の中でも最高難度に分類されるいくつかの魔法の内の一つ『岩兵生成』によって生み出される存在であるゴーレムは、単純な硬度による防御力の高さ、そして魔力核の力による魔法防御力の高さを併せ持つ。
かつては様々な場所の番人として使われていたが、時が経つにつれて『岩兵生成』を使えるほどの魔導士が減ったため、現代の人間が目にする機会はないに等しい。
これを三人で倒せるか分からない。魔力を構えて緊張した面持ちになった三人。だが次の瞬間、ゴーレムの頭部に突如現れた巨大な岩の塊が激突した。その向こうには濃密な魔力を足場に浮かぶ学園長の姿があった。
「貴方たち、アイリーンは見かけた?!」
「いえ! この近くにはいません!!」
「そう……まずいわね、これを早く片付けて黒の森へ行くわよ!!」
ゴーレムは鈍重なようで、その大きさ故に長距離でもかなりの速度で移動する。学園長はこれを放置して黒の森へ、というのは困難だと判断したようだ。
「やりましょう、二人とも」
「勿論だよ」
「当たり前じゃん」
学園長が再び巨岩をゴーレムの頭上に召喚して降らせる。それを見つつ、三人は頷き合い、ダッと地面を蹴ってゴーレムに向かっていった。




