第12話.ショタコンは考える
アンデナを出てまた猛然と北上した私たちは森の木々に紛れながら進み、夜営地候補の場所までやって来た。
今いる森は黒の森の南に位置する小規模の森だ。土壌が違うのか、この森と黒の森との間には二、三キロ程の荒れた平原が広がっている。何だか最果てに来た感があるなって感想を抱いた。
森の中でチィパススから下り、かさこそ草木に紛れて黒の森側へ行ってみる。
荒れた平原の先には白い濃霧を纏った黒い木々の森が広がっていた。そこに漂う魔力が冷えた風に乗って私の頬をかすめていく。何だかざわっとして、私は肩をもそもそ動かす。
「うわ、最悪。超気持ち悪い……」
「ですよね……」
ついてきてくれたメルキオールの顔がいつもより蒼白い。多分私も同じような顔色になっていることだろう。
黒の森から漂ってくる気配は、不愉快極まりないというか、不穏というか、とにかくうなじの毛を逆立てるような感覚に陥る不気味さを湛えているのだ。
それが魔法技能に長ける人間にとってめちゃくちゃ気持ち悪い。何だろう、覗かれているような感覚っていうの? そんな感じ。
私は『精霊の愛し子』だから恐らく余計に気持ち悪い。森に入ったらゲロりそう……大丈夫かな、私……
「これが邪神の魔りょ……っ、顔真っ白じゃん! 馬鹿なの?! 戻るよ!!」
「えっ……そんなに……?」
「自覚してないわけ?! 尚更悪い!」
「あは……」
頬を少し赤くして怒鳴ったメルキオールに引きずられて、黒の森が見えないところまで戻ってきた。
まさかそこまで体調がヤバそうに見えるほどになっているとは思わず、苦笑いしちゃった。
戻ってきたところは夜営地候補から本格夜営地に進化したのか、モブ兵士三人が夜営の支度を始めている。手際がよくて流石プロって感じ。面白いからちょっと眺める。
そこで聞こえた鼻を鳴らす音に横を見ると、木に繋がれたチィパススたちが、落ち着かないのか鼻先を振って足踏みを繰り返していた。魔生生物だから大気の魔力には敏感になるはず。確かに落ち着かないだろう。
かく言う私もかなり落ち着かない。メルキオールに言われて知ったけど顔真っ白らしいし。困ったな、これじゃ黒の森に入ったときどうなるか分からないや。
「うーん……何とかシャットアウトする方法がないかな……」
呟いて、その辺に転がってた丁度いい長さの木の棒を拾い、ガリガリと地面に絵を描いていく。感覚派だからね、こうして視覚化した方がいいときが多いんだ、私。
黒の森からうにょうにょ漂ってくる邪神の気配。これって邪神の魔力の気配なんだろうか。それとも邪神自体が持つ嫌な気配ってだけ?
自分のために分かりやすく例える。要はくさい物を持ってるただの人なのか、その本人がくさいだけなのか、そのどっちだってこと。地面に丸を描いて木の棒の先でトントンと叩く。
「……何となくだけど、結局のところ、どっちもなんだろうな。邪神だし」
つまり邪神はくさい上にくさい物を持ってるってこと。くささの掛け算。嫌なやつだなぁ。
「くさいなら、遮断すべきは嗅覚。つまり魔力相手なら他者の魔力を察知する感覚ってことだけど……」
それは危険すぎる。どこに誰が潜んでいるか分からない濃霧の森で、魔力に対して働くレーダーを自分から切るなんて。
「う゛ーん……」
遮断じゃなくて防御する方に切り替えてみる? 鼻を塞ぐんじゃなく、タオルで覆うみたいに。
「そもそも、不快感の正体は何……??」
不穏で不気味、不愉快極まりない。
“まるで覗かれているような感覚”
「……む? それでは??」
つまり私たちは邪神の魔力か何か……雑にまとめて邪神パワー……によって探りを入れられている可能性があると考えられる?
「……ゑ??」
もしかして邪神、私たちに気づいて覗きしてる? 敵対する存在である精霊に愛されちゃう私がいるからですか? マ??
嘘でしょ、それってとってもまずいことじゃん。邪神の意識が鮮明になってきているってことでしょ? 元気よくファンと交流してたら更にまずいじゃん。こっちのことバラされちゃうんじゃない?!
「……ーン、アイリーン?」
「エッ、だっ、ぬわぁっ?!」
考えてしまった可能性に焦った私は、堪らず木の棒を放り投げたところで呼ばれていることに気づき、ふっと視線を横にやったら阿呆みたいな近さにギルバートの顔があって普通に叫んだ。
りょうちょう、とカッスカスの声で呼び掛けると薄く目を細めた彼は「はい、私ですよ」と頷く。
それで気づいたんだけど夜営の支度はほとんど済んで、焚き火の向こうに三つのテントが貼られているのが見えた。ここら一帯は学園長による気配遮断の魔法で囲まれているようだ。魔法の出来が良すぎてビビる。これじゃ焚き火の明かりすら遮断できてるんじゃね……?
いやー、考え込んじゃってたわ。その気持ちが顔に出たのか、私を見つめていたギルバートが気遣わしげに首を傾げた。
「大丈夫ですか? 顔色が良くありませんが……」
「あぁ……まあ、ちょっと……」
この“可能性”を話していいものか。
怪訝な表情の彼から視線をそらして思い悩む。伸びてきた手が頬を撫でるけど無視だ無視。今、私は考えるショタコンなんだぞ。触るんじゃないやい。
うーん、まずは学園長に相談かな。
「すみません、学園長は今どこに?」
「え? 学園長ならば黒の森を見に行かれましたが……」
「ちょっと行ってきます!!」
「アイリーン?」
心配してくれたとこ悪いけど行かせてもらうぜ! 黒の森を見るってことは私がさっきメルキオールといたところとかその付近でしょ。
そう考えて適当に座っていた倒木から立ち上がり走り出す。私の考えが全て妄想ならそれでいい。でも本当に有り得る可能性なら?
私より何倍も知識と経験がある学園長ならきっと、私よりも正解に近づくはずだ。だからとにかく急いでお話をしなきゃならねぇ。
強くなってきた不快感を堪えつつ、私は学園長を探して森の中を進んだ。




