第11話.ショタコンは進む
少数精鋭ってすごい。
馬に似た魔生生物チィパスス(全身が黒くて額に青い結晶が煌めいている。とても速い)に乗って移動しているって言うのもあると思うけどそれにしても速い。
ちなみに私は馬なんか乗れないので、メルキオールに後ろから抱え込まれるみたいにして乗ってるよ。
お断りしたいけどできない。だって乗れないんだもの。こんなことになるなら乗馬の練習をしておくんだった……チート体質のくせに何でそう言うとこはハイスペックじゃないんだ私。馬くらいさらっと乗りこなしてくれよ。
ちなみに私が「馬乗れません」と申告したらギルバートとアーノルドがお手伝いするぜと手を挙げてくれたんだけど、二人じゃ重すぎてチィパススの負担になるから駄目ってなった。
だからメルキオールになったんだ。小柄だからね。私と彼の重さならチィパススも普通に走れるって厩番の人が言ったから。
……メルキオール、学園長より軽いのか。まあ学園長、背高いしね。
そんなわけでかなりの速度を出すチィパススの背に揺られているわけだけど……
尻、痛すぎじゃね……??
定期的に休憩はとっているけど、尻がハチャメチャに痛い。もう尻の皮が剥けたんじゃないかなって思うくらいには。
でも今回の救出部隊のメンバーは私と学園長以外は全員男だから、あけっぴろげに「ねえ、尻痛くね?」とは言いにくい。
しかもそれを訊いて私以外の尻が痛くなかったら悲しすぎる。私の尻だけに試練がとか酷いでしょ。
いや、分かってるよ?
速度と身軽さに物言わせた強行軍(さてはて八人って軍って呼べるの?)だってこと。
だからこう言うことに慣れない私が一番足手まといで自分自身も大変だってことくらい。
でもまさかその“大変”が尻に集中するとは思わないじゃんね……
背後に密着する形でメルキオールが乗っているから、もぞもぞするのも気まずいしやりにくい。
それにしても確実にインドア派な見た目してるくせに馬乗れるとかメルキオールすごいな……私なんて普段拳で語る系を突き進んでいるくせに馬乗れないんだからね。普通逆じゃん。
帰ったら乗馬覚えよう。うん。ファンタジックなこの世界じゃ覚えておいて今後も損はないはずだ。
今私たちは王都ゴーデミルスを北の青水門から出て、ひたすら北上している。途中でジゼット村の近くも通ったけど止まらなかった。
近くを通るときギルバートは気遣うような視線を寄越したけど、私は首を横に振って大丈夫と返した。今、そんな余裕はないから。
すでに二日目で、昨日はかなり遅くまで走って、途中の町で宿を取り、今日は朝早くに出発した。興奮してあまり眠れなかった。
黒の森は国土の最北にあって、黒っぽい幹の針葉樹ばかり生えているから黒の森と言われているらしい。
年中濃霧に覆われて、まるでその土地が人の侵入を拒んでいるかのように人を惑わすそうだ。
そこに、太古の昔に精霊たちが邪神を封じた場所と、その上に建てた封殿がある。邪神ファンが私の心臓を捧げる儀式をするのはきっとそこだ。
そしてリオもそこにいるはず。私を儀式の祭壇か何かまで引き付けて、刺すなり切るなり何とかするつもりなんだろう。
くそ極めてるわ。許さん。
そんなこと考えていたから体内の魔力がぶれた。魔力は心に影響されるから怒ると動きやうねりが大きくなる。
咳払いをして魔力を整えようと試みていると、背後でメルキオールが「ねえ」と声を発した。
「はい、何でしょう?」
「何でしょうじゃないでしょ。イライラしてるのは分かるけど、魔力くらい大人しくさせておいてよね。気になってしょうがない」
「すみません、つい……」
「ふん。そんなんじゃ、いざ敵を目の前にしたとき、冷静に対処できないんじゃないの?」
「……そう、ですね」
「……ちょっと、変に落ち込まないでよね。少人数だと一人の気分が全体の士気に影響しやすいんだから」
すみません、と謝ってから考える。
これやはりツンデレでは。
顔が見えないから全然雰囲気が掴めなくてただの意地悪っぽく聞こえるけど、何となく今までの付き合いからしてこちらを心配してくれてんだろうなとは思う。
「そろそろ休憩しましょう。もう少しでアンデナの街に入りますから、そこでチィパススも休ませましょう」
先頭を行く学園長に続いていたギルバートが速度を少し落として振り返り、そう言った。全員が頷いたのを見届けて彼は前方に向き直る。
アンデナの街……ジゼット村の更に北にある街って印象しかない。確か……何かの草が有名だったはず……何かの草って何だ。記憶力皆無か。
そんなことを思ったところで近くを走っていたアーノルドがぽつりと呟く。
「アンデナか。ちょうどいいね。あそこの名産のアンディルナ草はチィパススの好物だ。かなり頑張らせてしまっているから、ご褒美になるかな」
あぁ~、アンディルナ草。そんな名前だったんか、何かの草。牧草とかそっち系の草なんだろうな。
て言うかアンディルナ草って聞いてチィパススの速度が上がったんですが。大好きかよ……うん、美味しいものっていいよね、分かる。
そんなわけでドンドコ速度を上げたチィパススに揺られ、私たちはアンデナの街へとやって来た。
その景色はジゼット村とさして変わらない。広大な畑に揺れているのが野菜か草かの違いくらいだろう。あとは単純な広さかな。
モブ兵士の一人が何やら宿屋と交渉して厩を借りることになった。チィパススはたっぷりのアンディルナ草と水をもらって嬉しそうに尻尾を揺らしている。
私たちも宿屋の一階、食堂の片隅で食事を取りつつ、この先の予定や道の確認を行うことになった。
しかし、男六人(しかもその内三人は顔がべらぼうにいい)と女二人の集団は目立つもので、めっちゃチラチラ見られる。
普通に落ち着かないし、全員落ち着いているように見えて気が立ってるからやめてほしい。あんまりにも見るから邪神ファンの密偵か、とか疑っちゃう。
オラァ散れっ、見せもんじゃねぇぞ! 目の前のご飯に集中しやがれっ!!
なんて気持ちを目に乗せてチラチラ見返してみたけど通じなかった。宿のお客さんたちはこちらを窺いつつひそひそ話をしている。私じゃオラつきが足りない……無念。
「アイリーン、大丈夫かな?」
「あっ、はい、すみません、平気です」
「ならいいけれど、疲れているなら遠慮なく言うんだよ。休んでいいからね」
アーノルドの言葉に反省する。集中力が切れているんだろうか、ついつい視線に敏感になってメインの話し合いから意識が逸れてしまっていた。
でも、疲れているのは全員同じだし、休んでいる暇が無いことは私が一番知っている。そこで私だけ甘えて休むわけにはいかない。首を振って「お気遣いありがとうございます、でも大丈夫です」と答える。
そうかい、と頷いたアーノルドが机に広げた地図に視線を戻した。現在地アンデナを指す指先がスーッと北上、黒の森をトンと叩く。
「この距離ならば今日中に着く。到着は夕刻だろう。作戦開始をいつにするか、それが問題だね」
「確かに……」
「……夜明けと共にか、夜明け前に、というのが最適でしょうか」
「でもさ、今回はあくまでも子供一人の救出が目的でしょ? 夜がどちらかと言うとあいつらの領分なのは分かりきってることだけど、夜闇に乗じた方が有利なのも本当じゃない?」
「それもそうですが……」
全員が難しい顔をしている。戦術は全くもってよく分かんないので、私はモブ兵士と一緒に頷く係をしているところだ。
モブ兵士たちには勝手に親近感を抱いてるけれど、この救出部隊に組み込まれたほどの人たちだから戦術が分からないはずがない。彼らはあくまでも現在の上官に当たる彼らの言葉を遮らずに話を聞いているだけ。
……私の仲間意識、片想いみたいで切ないな。
この話し合いは出発前からずっとしているもので、それだけ開始の時間を決定するのが難しい作戦なんだなと思っている。
何でもサクサク決めてサクサクこなしそうな学園長すら眉間にしわを寄せて、麗しい珪孔雀石の双眸を伏せていた。
急ぎまくってるからさ、甘いとかアホいとか色々言われるかもだけど、動きながら決定していくしかなかったんだよね。
いざとなったら私が黒の森をスタジアムにしてもいいんだけど、素人は黙っとれって言われたらその通りだから全員がガチで沈黙するまでこの意見は伏せておく。
しかも森をスタジアムにしたら……そもそも『スタジアムにする』って言うのは銀光の魔法で当たり一面を昼間より明るくすることね?……隠密性皆無だからなぁ。
スタジアムにすることに関して、魔力量の心配はいらないと思っている。だから最早隠れずに相手を全員無力化して制圧するとかそういう方向に舵を切ったら言い出してもいいかな。
でも救出が確認できたら王宮からこそこそ小さい道を選んで進んでいる王国軍が黒の森を制圧するつもりらしいから、制圧は私たちの仕事じゃない。
そうそう、そう言えば。国王陛下は結局この機に乗じて邪神ファンの一斉検挙的なのを行うことに決めたんだって。
邪神ファンが手紙まで送って誘導しようとしていたのはリオの救出に王国軍を動かすことだから、救出の後なら問題ないだろうってことでね。
アーノルドが言ってたけど、邪神ファンてソロプレイヤーが多くて、一気に大量に取っ捕まえる機会が全然ないんだってさ。
だからここでやっとこうってわけだ。
私たちの出発とほぼ同時に、王国軍はわざわざ東の黄土門から出て大きな街道を避けてこそこそ進軍中。到着したら近場で待機して救出部隊からの合図を待つ。合図が出たら速攻、ってね。
まったく、あの数日でよくそこまで作戦を組み立てて軍の準備を整えたよ。普通にすごい。私は他のこと(リオのこと)に集中してたから、出発直前まで、裏でそういうことが進められていたことを知らなかった。普通ににぶい。
思い出して、私が勝手にへこんでいたところで、黙っていた学園長がふっと息を吐いて口を開いた。
「疲労した状態で作戦を開始しても危険なだけ。夜営の最中に見つけられる可能性も高いけれど、夜明けが近づいてから動くのが一番でしょうね」
「黒の森から少し離れた位置で、夜営地には気配遮断の魔法をかけますか?」
「そうね。それは私がかけましょう」
最強の段ボールみたいに被っただけで人の目を誤魔化せるようなアイテムないのかなぁ。ちなみに気配遮断の魔法ってのは風魔法の一種だ。全力で気配を消すためのものだけど、結局は魔法だから魔力の気配に敏い人にはバレることがある。
学園長の力量はよく知らないけど、地位やら今回の任され具合からして、相当な使い手と見た。ならば魔力の気配もほんの少しに抑えられるはず。黒の森は大気に満ちる魔力が濃いらしいから、それに紛れてくれればいいな。
……これが使えるってことは、学園長は風属性の魔導士なのかな。彼女の魔力属性、私知らないや。
「それじゃあ、そういうことでいいね?」
「異存ありません」
「僕も。それが一番だと思う」
アーノルドの確認にギルバートとメルキオールは頷いた。ここで決まって良かったよ。あと少しで到着するから、流石に決定したかったよね。
私も視線を向けられたのでこっくり頷いた。本当は闇に紛れて今日中に救出したいと思うけど、プロの意見は蔑ろにしたら駄目だ。その代わり明日はめっちゃ頑張って完璧に作戦をこなす。
「よろしい、それじゃ、そろそろ行きましょう」
学園長が勢いよく立ち上がる。私たちは頷いて彼女に続いた。




