第10話.ショタコンの出発
救出部隊との顔合わせの後、必要な物資の最終的な仕度や仕上げは王宮の人たちが整えてくれるとのことだったので、私は約束通りジェラルディーンのところへ行くことに決めた。
王宮で私の世話をしてくれている使用人のお姉さんに先触れをお願いして、髪が跳ねていないかとか軽くチェックを済ませてから部屋を出る。
学園の地図も怪しい私だからね……勿論一人じゃ行けない。部屋の前で使用人のお姉さんを待つ。
先触れから戻ってきてもらって更に同じ場所まで案内させることになるから申し訳ないけれど、私が迷子極めて王宮の塵になるよりマシだから頼むしかない。
しばらくぼんやりしていたらお姉さんが帰ってきた。艶やかな金色の髪をキリッと纏めた桜色の瞳の美人さんで、オリヴィアさんと言う。こんな綺麗なお姉さんにお世話されているって状況がなんかもうドキドキするよね……
「あぁ、アイリーン様、お部屋でお待ちいただいても良かったのですよ? ずっと立っておられるのは疲れましたでしょう?」
「いいえ、立っているのはそこまで苦ではないですよ。オリヴィアさんは早く戻ってくるだろうと思いましたし」
ただの美人さんじゃなくガチの仕事人だからな……何を頼んでもめっちゃ早く帰ってくるんだよこの人。その仕事っぷりは全力で尊敬してしまう。
「そうですか……それでは参りましょう。薔薇園の方に来てほしいと仰られておりましたのでそちらへご案内いたします」
「お願いします!」
薔薇園ですってよ。ジェラルディーンに似合うこと間違いなしの空間を想像して、私はにこにことオリヴィアさんのあとについていった。
「ん゛ぇぇ~……?」
女の子同士のお話の場に似合わない金ピカ頭と赤色頭があって、思わず棚から落ちた猫みたいな声を出してしまった。
それに気づいて二人が振り返る。その奥にジェラルディーンとラタフィアがいるのが見えたので一先ずは安堵。
「アイリーン。すまないな、友人同士の場に何も言わずに踏み込んで」
「あ、いえ、ご機嫌よう、殿下。マクガヴァン火寮長」
取り敢えず全力で取り繕ってペコッと頭を下げると、レオンハルトは「構わない。顔を上げてくれ」と言い、エドワードは「久しぶりだな!」とペッカペカの笑顔を見せた。
何故にいる。そう思いつつ薔薇園の中へ踏み込んでいく。
「俺と殿下は貴方についていくことができないから、せめて言葉だけでも連れていってもらおうと思った次第だ」
エドワードが言うことには、ギルバートに彼が不在の間のレオンハルトの側近役を頼まれたんだってさ。
救出部隊に参加しようとした矢先のことで、あと少し早ければなんて、早い者勝ちで負けたのだという旨を説明された。
うん、ギルバートとエドワードのどっちが私のメンタル的に平和かって考えたら圧倒的にマシなのはギルバートなので、まあそこは良かったかな。
「そうでしたか」
若干肩をすくめて答える。
「アイリーン、無事に戻れよ」
「勿論です」
静かな眼差しで私にそう言ったレオンハルトを見つめ返し、答えながら思う。
成長しすぎぃぃぃぃっ!!!!
最早感動の域だよね。この王太子殿下の成長には何度も何度も感動してきたけれど本当に立派になって……ジェラルディーンの教育の賜物かしら。
うおお……とうち震える私を他所に、満足したのか二人はさっさと帰っていった。平和である。いつもこう、スピーディーに私のところを過ぎ去ってくれ、頼む。
「驚かせたかしら、アイリーン」
「まあ、驚いたけど、大丈夫」
「良かった」
去っていった二人を追うように視線を向けていたジェラルディーンが呟いた言葉に答えると、彼女は私を見て柔らかく目を細めた。
「ああして、貴方の無事を思う者がわたくしたちの他にも多くいるのだと、理解してちょうだい」
「……うん」
分かっている。私は、色々な人に大切に思われているってこと。それは幸せなことで、それで、私が帰ってくる一番の理由になる。
「貴方が、いつも通り緩んだ顔で帰ってくるのをここで待っているわ」
まるで「貴方ならできるでしょう」と言わんばかりの自信に満ちた笑みを向けられて「ありがとう」と答える。
その隣へ近づいてきたラタフィアは私の手を掬い上げるように握って「私もですわよ」とおっとり微笑んだ。
「アイリーン、大切な貴方の無事を心から祈っております」
「うん、ありがとう」
頷いて、そして一歩下がる。二人の顔をしっかり見つめ、もう一度頷いて「二人とも、ありがとうね」と笑みを浮かべた。
「私勝つよ。それで、リオと一緒に真っ直ぐ二人のところへ帰ってくるから」
「ええ、そうしてちょうだい」
「ふふふ、お待ちしておりますわ」
決意を新たに、私は身を翻して薔薇園を出る。向かう先は救出部隊の面々、計六人が揃う場所。超少ない。ガチの少数精鋭。
ついに出発だ。目指すは黒の森。邪神ファンとの最終決戦になるだろう。これが終わればきっと私も心臓を狙われる回数が減って平和に生きられるはずだ。
……ゼロにはならないのが切ねぇ。邪神ファンはゴから始まるコックローチと同じだから、完全にはいなくならないのよね……
それでも私は勝つ。
待っててね、リオ。
―――――………
仕事から帰り、疲労困憊、泥のようにベッドに転がった女は、化粧も落とさずコンタクトも外さぬままに眠りに落ちた。最悪である。
疲れきっていると言うのに、眠りの淵の中でいつもの夢が始まった。
重くのし掛かるような闇の中、しばらく身動ぎしようと試みる内に闇の真ん中にぼんやりと明るい場所ができてくる。これは最近この夢の中でできるようになったことだった。
(あ゛~……あんのクソ上司、いつかあのヅラ剥ぎ取ってやる……ん? あ、隠しキャラ似の美ショタじゃん、パン食べてる。可愛い、何かを食べるショタの姿だけで酒が無限に飲めるな……)
柔い明るみの中に、金の髪に菫色の瞳の幼げな美少年の姿が映る。前回は縄を掛けられて床に転がされ、腕を切りつけられていたが今は縛られていない。
それどころか腕には手当てのあと。そして食事を与えられている。緊縛趣味の黒ずくめの変態は少し距離をとった場所でぼんやりと壁に背を預けて座っていた。
(……生け贄系かと思ってたけど、もしかして人質か何か? そうでなきゃ食事を与える理由が分からない。美ショタを生かさず殺さず儀式の間っぽいところで飼うことが目的のヤバい奴だったら有り得るけど)
ドの付くヤベェ性癖である。彼女は闇の中で大きな溜め息を吐いた。すると儀式の間の中央に立つ水晶柱の青い光がざわりと揺らめいて、緊縛趣味の黒ずくめの変態がハッと立ち上がる。
(ア゛……? 何か言ってる。聞こえないけど動きがキモいな)
先程までの不気味な落ち着きはどこへやら、熱を帯びたように大きく口を開き、身振り手振りも大きく何かを叫んでいる。
お陰でパンをはむはむと齧っていた美少年がビクッと震えて固まってしまった。
(クソじゃん)
物凄く率直な感想。美少年がキョロキョロと辺りを見回して小首を傾げている。彼女は知らないが彼女の率直なアレソレは全て彼に届いているのである。どこからともなく聞こえてくる「クソじゃん」。戸惑うしかねぇ。
(ホントこれ、何の夢なんだろう? こうして景色とかが見えるようになったってことはいずれ干渉できるようになったりするわけ?)
しばらく何かを熱烈に叫んでいた緊縛趣味の黒ずくめの変態は、唐突にふらりと身を翻して儀式の間から出ると、数分後、一人の痩せた男を引きずって戻ってきた。
引きずっていたことから今度こそ可哀想な生け贄系かと(彼女はオッサンに興味はないのでドライである)思ったが、どうやら違う。その男は喜色満面、嬉しそうに引きずられてきたのだ。
緊縛趣味の黒ずくめの変態は、儀式の間を見渡してニマニマしている男の耳元へ何かを囁く。こいつ、囁くなんて繊細な芸当できたんだなと思う女の視線の先で、男は水晶柱に目を向けた。
次の瞬間。バッと立ち上がった男は水晶柱へ猛然と駆け寄って、そして激突した。
(……は?)
直後、ふらついた男の身体がブワッと闇色の粒子の塊になって空気に解けた。床に落ちる服。そしてその闇色の粒子たちは水晶柱へ勢い良く注ぎ込まれた。
(ん? な……なんか、きもち、わる……ぐっ?!)
突然襲いかかった脳を直接揺さぶる様な気持ち悪い感覚。痛みを伴うそれに女は呻き、自由にのたうち回れない夢の中の身を恨んだ。
(は……なに、これ……)
「……ぉ……が主よ……いかが……か……」
(なんか、きこえ……)
ぐわんぐわんと揺れる視界、甲高い耳鳴りの合間に響く声、耐え難い吐き気と酷い頭痛。
「……今御身のもとへ参りました者は、よく闇を育んだ者でございます。どうぞその闇で我らへお声をお聞かせください!!」
(なに、いってるんだ、こいつ……)
意味の分からない言葉の羅列。女はその意味を深く考える間もなく、視界が狭まってくるのを感じ取った。
視界が闇に閉じられる直前、儀式の間の隅で、美少年がその顔を青褪めさせて震えているのが見えた。
(たすけて、あげたいけど……むり……)
そう呻いた彼女は、暗い夢の中で意識を失った。
乙ゲー転生コメディ短編を投稿しておりますので、読んでいただけたら嬉しいです。スッキリまとまって面白い自信作です。
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『我が名はふんどしマイスター~ふざけてつけた名前のまま乙女ゲームのヒロインに転生。そしてブルータス、お前もか~』
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