第9話.ショタコンと精鋭の面々
二日以内に、という師匠の言葉をしっかり覚えていてくれたらしい国王陛下が色々考えて集めたリオ救出部隊の先頭に立つ三人の姿に、私は盛大に顔を引き攣らせることになった。
「いや何故……?」
「ふ、そんな顔をしないで。私は魔力の性質から適任だと、ね」
柔らかそうな長い金髪を緩く束ねた橄欖石の瞳の第二王子が何か血迷ったこと言ってる。
「僕は話を聞いて志願した。……何その顔、君が心配だからとかじゃないから、勘違いしないでよね。将来のために経験を積みたかったからだし」
ピジョンブラッドの目をつんとそらした美少年が私のよく知らない理由で勝手にツンデレてる。
「私も同じく。貴方の力になりたいと思っておりますし、これは確実に将来役に立つ経験になります」
鮮やかな水宝玉の双眸を穏やかに細めて微笑む自寮の寮長が何か言ってる。
「い、いやいや、駄目でしょう、だって皆さん将来国の重要人物になる予定の人たちじゃないですか……」
後ろで「ダヨネー」って顔をしているモブ兵士(ただしここにいると言うことはそれなりの手練れ)三人よ、そう思っているなら説得を手伝ってくれ。
本当にこれはまずいでしょ。公爵邸襲撃事件の時の冷静さはどこへ? もっと自分を大切にして!
「だからね、優秀な指揮官を呼んだよ」
「へ?」
アーノルドがそう言った直後、私たちがさっき入ってきた背後のドアが開かれる音がした。振り返る前に耳に届く、靴の踵が床を鳴らす硬質な音。妖しく匂い立つ強力な魔力の気配。
「久しぶりね、アイリーン」
「が、がくえんちょう……??」
艶のある黒い衣装の裾を翻し、麗しい珪孔雀石の双眸にうっとりする様な笑みの色を乗せた美女――学園長である。
相も変わらず艶やかで美しい藍晶石を紡いだ様な深青の髪。魅力的な赤い唇には挑戦的な笑みが浮かぶ。
「私ね、若い頃は宮廷の魔導戦士だったのよ」
「魔導、戦士?」
宮廷魔導士は聞いたことがあるけど、魔導戦士っていうのは初耳。首を傾げるとクスクス笑った学園長が「戦闘に特化した宮廷魔導士の部隊よ」と簡単に解説してくれた。
なるほど、研究や儀式に特化した宮廷魔導士と違って、戦時中は魔法を用いて戦ったりする魔導士ってことか。すごい。そういうのもあるんだ。
それにしても若い頃かぁ……今も十分お若くピチピチに見えるんですが貴方いったいいくつなの学園長。
「そういうわけで、貴方たちを指揮して安全に帰還させるまでが私の仕事よ」
簡単に言えば引率の先生ね、と言って学園長はウィンクして見せる。バッサバサの睫毛が触れ合ってバチコーンと音がしそうだ。
「そういうわけだから、安心してほしい」
そう言ってこちらに向き直ったアーノルドは穏やかなドヤ顔(そんなものが存在するのかと思うけれど言葉そのまま“穏やかなドヤ顔”だった)をしており、ギルバートもそれに頷いている。
「安心は、できないです……」
そう答えるとアーノルドは橄欖石の瞳を丸く見開いた。
いや、何を驚いた顔してるんだ。安心できなくて当たり前だろう。特に貴方自身が問題だよアーノルド。
第二王子とは言え将来レオンハルトを支える重要なポジションになる予定なんでしょ。安全なところにいてくれよ。
「うん、アーノルドに関しては僕も気になってる。本当にいいの?」
まさかの援軍。メルキオールが腕を組んでアーノルドにそう問い掛けた。よしよしもっと言ってやってくれ。
それを受けて眉を困ったようにハの字にしたアーノルドは「うーん……許可は出ているんだけどな」と私から目をそらした。
「アイリーン、メル。彼の魔力が“探す”ことに長けているのはご存じでしょう」
「まあ、はい」
「それは知ってるけど……」
アーノルドに助け船を出したギルバートが「ですから、陛下も適任だとお考えになられたのでしょう」と端的に締め括る。
メルキオールは納得していない様子だったけれど、溜め息をついて「ま、それならしょうがないか」と肩をすくめた。なんだかまるでアーノルドのことが好きじゃないみたいな様子だけど、こいつはツンデレだからな……きっと本気で立場あるアーノルドのことを心配してるんだろうね。
陛下が許可している時点で、何故かやる気に満ち溢れているアーノルドを止めるのは不可能、かな。心の中でこっこり溜め息を漏らす。
仕方ない、気にするのをやめよう。
私はリオを助けるためにズンドコ進むことだけ考えて、王子が危ねぇとか侯爵令息がブッ飛んでるとか天才魔導士がツンデレとか、そう言うのはアウトオブ眼中で行くことに決めた。
「……分かりました。私の弟のために、皆さんのお力を、貸してください」
目を閉じて深く頭を下げた私にかけられたのは、三者三様の暖かな声だった。
―――――………
リオは複雑な気持ちで少し固いパンをかじっていた。
腕と身体を縛っていた縄は一旦解かれて両足を縛るものに変わっている。左腕の傷は清潔な布を巻かれ、丁寧に止血された。
手紙を禍々しい魔法に乗せて飛ばした黒ずくめの男はそれで落ち着きを取り戻したのか、荒かった呼吸も普通のものになり、大きかった声も小さくなった。
驚くほど理性的に傷の手当てをした、別人と疑いたくなるようなその様子にリオは不気味なものを感じた。
ここで目を覚ましてから、何日が経ったのか正確には分からない。リオは恐らく二日は経っていると推測しているが、それもどこまで当てになるか。
驚くべきことに、男はリオに食事をさせてくれる。今もそうだ。保存のきく質素なものばかりだが、お陰で空腹で苦しいという思いはせずに済んでいる。
(……どうしてかな)
訊いてみたいような気もするが、きっと答えてはもらえない。それに何かすることで、人質にしては比較的まともな扱いを受けている現状を手放したくなかった。
男はリオから離れたところで同じように少し固いパンをかじっている。その顔は変わらずフードに隠されて見えない。
「……じろじろ見るな」
「あっ……ごめんなさい」
低い声で威嚇するように言われ、リオは俯いた。
邪神の信徒のことは姉や師匠から教わっている。だからこの男がリオを人質に『精霊の愛し子』である姉をここへ呼び寄せようとしていることも分かっていた。
アイリーンは「邪神ファンは心の弱みに付け込まれちゃった人たちだよ。まあ、だからって躊躇わないけどね。心臓狙われてるし」と拳をシュッシュと動かしながら言っていた。
(この人も、そうなのかな……)
リオはパンをかじり、咀嚼しながら考える。この男が見せる極端な二面性は、もしかしたら彼の“心の弱み”に関わるものなのかもしれない。
拐われて傷つけられ、怖い思いをさせられているから、どんな事情があったとしてもリオはこの男に同情することはないと思っている。けれど、どうしてこうなってしまったのかは知りたいと思った。
邪神なんていう、怖くて得体の知れないものに頼って、幸せになれるのだろうか。
地底の気配は静かだ。
あの不思議な声も今は聞こえない。
きっと怒り狂ったアイリーンがここへ来ようと頑張っているはずだ。拳を握り締めて、目を黄金色に爛々と輝かせているのだろうなと思う。
だからこそ、リオも頑張っていようと決めた。助けに来たアイリーンのために、助けられる心構えをしておくのだ。
(僕はここだよ、お姉ちゃん)
アイリーンは必ず来る。銀の光を纏って闇を打ち払い、いつも通りに微笑んでリオへ手を差し出すのだ。
それを想像してリオは薄く微笑んで目を閉じた。
そんなリオを、男は感情の読めない顔でじっと見つめていた。




