第6話.ショタコンと邪神ファンからの手紙
「……なんか、リオのことを陛下に話しちゃってる時点で悩むのもどうなんだかと思うんですけど、どうしましょ」
手紙を睨んだ師匠はしばし重たく沈黙していたが、やがて顔を上げると「……難しいのう」と小さく漏らした。
「敵にお主以外の目的があった場合、これを陛下に見せるのは危険やも知れぬ。じゃが、ここまで込み入った事情を知っている相手となると陛下に伝えることで得られる情報もあるかも知れぬ……」
「……ですよね。それで、もし別の目的があるとして、それって何だと思いますか?」
「…………分からぬ。どう考えても国に動かれるのは敵にとって不利なはずじゃ」
そう言って師匠は腕を組み、一人掛けのソファーに深く身を沈めて唸る。
私も頑張って考えたけど「それだ!」ってなるものは全然思い付かない。
邪神ファンが、私たちがリオの真実に気づいていないと思っているならこれは陛下を揺さぶるためだけの手紙だ。
……邪神ファンも知っているってことによってリオが第三王子だっていう師匠の言葉が強くなる。
もし邪神ファンが、私たちがリオの真実を知っていることすら知っているなら、そうやって師匠の言葉の真実味を高めることで、いったい何を狙っているんだろう?
「安直な考えですけど、陛下の暗殺、とかは……?」
「流石に難しいじゃろう。陛下自身が前線へ出ることはない。それにいくら兵を投入すると言っても王宮を空っぽにはせぬよ」
「ですよねぇ……う゛ーん……」
そんなに賢くない私の脳味噌が悲鳴を上げている。あとでお菓子貰おう。夕飯前だけど少しなら良いよね、うん。
「私と陛下を並べたら、邪神ファンが食いつくのは絶対私ですもんね。こっちが陽動で、残る全勢力を王宮へ投入、とか有り得ないよなぁ……」
「お主を獲れば向こうの勝ちは確定じゃからな」
「あ゛~……ほんと、酷い運命……」
相手の意図と正体が謎すぎる。
「ならば、陛下にお伝えしても良いかもしれぬが……うぅむ」
「これを読んで陛下が、その、ご乱心状態になったりして、愛し子を差し出す! とか言い出したりする可能性は、かなり低いですよね……?」
話を聞かされたときも動揺はしてるけどご乱心形態じゃなかったし。
「それは杞憂というものじゃろう。陛下は理性的な方じゃ、お主を差し出せば世界が終わることは知っているからのう、そういうことはすまいよ」
そう朗らかに言って、それから師匠はすぐに顔を曇らせる。
「じゃが、だからこそ、この手紙をお見せするかしないか、悩むのう……」
繰り返すようだけど、この情報を開示して国が動くことは敵にとって不利なはず。
この手紙の宛先は私だったけど、何も知らない平民の私に届いたら「第三王子?」とか言って貴族か王族にこの手紙を渡す可能性は大いにある。
学園で私のことを観察していたなら私が貴族や王族と親しい(女友達以外に関してはあまり喜ばしくない親しみである)ことは知ってるだろうし……
まあ、敵の読みが外れたのか知らないけど私は色々と知ってるわけですけど。師匠様々じゃん。
それはさておき私が思うのは「敵にとって不利なはず」と考えてしまうことこそ罠なのでは、ということだ。
つまり敵は私たちにそう思わせて、兵を投入してほしいんじゃないかってこと。
それがどう敵に有利に働くのかはよく分からないけど……だって相手は邪神ファンだぞ、いっつも頭おかしげな癖にこういう時だけ何か賢げな作戦立てやがって……メッチャイライラする。
「……師匠。この手紙、見せましょう」
「お主も同じ考えか」
「あっ師匠も? 良かった」
「ああ。分かりやすく誘われている気がしてな……」
ですよねー、と肩をすくめつつ、そういうことになったので師匠は手紙を私の手に戻し「怪しい呪いの気配もない、持っていて平気じゃろう」と言った。
頷いて、ふと思い立って口を開く。
「……そう言えば師匠、リオのことなんですけど」
「なんじゃ?」
「……師匠は、いつからリオがその、第三王子だって気づいていたんですか?」
カローレの悲劇の内容とか、リオが第三王子だってこととかは陛下に話す前に聞いていたけど、どうして気づいたのかは聞いていなかったことを思い出したんだ。
師匠は目を瞬いて、それから「わしの目のことは覚えておるじゃろう」と言う。そのものの本質を見抜く目。私のことすら一目で見抜いた目だ。
勿論、と頷くと師匠は小さく頷きを返してくる。
「わしは十年前、この王宮で働く宮廷魔導士長じゃった。その間にカローレ家の者たちは幾度も目にした……あの鮮やかな紅は忘れようと思っても忘れられぬ、特別な色をしておったからのう……」
師匠はそう言いながら懐かしむような顔で窓へ目を向けた。まるで過去の景色をそこに見ようとするかのようだった。
「わしが去った後の王宮で起きた悲劇のことは伝え聞いておったんじゃが……お主と両親が血濡れのあの子を運び込んできたときは驚いた」
そこに消えかけの紅を見たんじゃ、と静かな呟き。
「今思えば消えかけだったからこそじゃろうな……その紅に包まれた、微かな緑色が見えた。一瞬じゃったがそれは、確かに王家の風の色じゃった」
「そんなに独特な色ってあるものなんですか……? 魔導士は皆、大抵属性が二個以上ぼんやり混じってて、強い方が発現するもんですし……」
分からないでもないんだけど、私の魔眼じゃそこまで深く色を見ることはできないから実感が湧かない。
自他共にその魔力の純度を認めるラタやギルバートが魔法を使うときのエグい純粋感、みたいなものかな。
私の魔眼が捉える魔力としての混じりけの無さが、師匠の目には色としての混じりけの無さに見えるみたいな?
「長く血筋と魔力属性と繋いできた家の者というものは、必ずその家ごと特徴的な色を宿しているものでのう……」
「へぇ……」
「だからこそ、カローレの紅とバイルダートの緑を併せ持つリオを見て、一目で確信したんじゃ。この子は間違いなく王家の子であり、そして……その力の強さ故に火が風を飲み込んでしまったんじゃとな」
そう言って師匠は溜め息を吐いた。
……師匠はずっと、最初からこのことを知っていたのに黙っていてくれたんだ。
リオにとっての幸せが何かは私には決められないから分からないけど、きっとジゼット村で育った日々はリオにとって幸せな日々だったと思う。
それは、師匠によって守られていたのかもしれない。
「……師匠、それを、黙っていてくれて、ありがとうございました」
「は……当時のわしは王宮が、あの子が健やかに育っていくのに相応しくないと思っていただけじゃよ……」
困ったように苦笑する。
私も同じような苦笑を返して「聞かせてくださってありがとうございました」と伝えた。
「よいよい。わしも、話して少し肩の荷が下りた」
そう言って肩を揉んだ師匠。
「あとはリオが戻ったとき、同じことを話して聞かせるだけじゃ。リオの意志が最も重要じゃからな……」
「……そのためには、必ず取り戻さなきゃですね」
そうじゃ、と師匠は重々しく答えた。
真実を知ったら、リオはどうするんだろう。
師匠が目を離した窓へ入れ替わるように視線を向けながら、私はぼんやりとそう思った。




