第4話.ショタコンの落ち込む時間
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ハッ……リオが泣いて助けを求めている気がする。
師匠の話が終わる頃、呆然とした様子の国王陛下にちょっとばかし「土下座してリオとリオのお母さんに謝れクソが」と正直な感想を抱いていたときのことだった。
相も変わらず北方から微かに漂ってくる嫌な気配はもそもそと動いていたが、今少しガタついた感じがしたからな……リオは怖い目に遭ったのかもしれない。
本能から邪神系の気配を察知しやすい気がしてくる今日この頃を過ごす『精霊の愛し子』である私でも“微か”にしか感じない邪神の気配。
もしもリオがそれを感知し、怖がって助けを求めているとしたら、もしかしたらだけどリオは黒の森か、そこに程近い場所にいるんじゃないかな。
あ゛~……クソ・オブ・クソ~ッ。
私が行ったら、リオがナイフを突き付けられた状態で「弟を殺されたくなければ心臓を差し出せ」って言われること間違いなし。
そして私が諦めて従ってもどうせ後々リオのことも殺しちゃうんだろ知ってるぞクソが。それから世界も滅ぶ。何の旨味もねぇ野郎共だ。
ノワールはいつ戻るだろう。彼がいたら救出成功の可能性はグッと上がる気がするんだけどな。
他の精霊はどこにいるんだろうか。力を貸してくれないかな、愛し子と世界と世界一可愛いショタのピンチですよ。
ほろりと一つ溜め息。ふっと視線を上げて国王陛下を見る。
「……サラジュード」
「はい」
「邪神信徒に捕らわれた子が、我が息子だと、エルメリオだと言うのか」
「そうです」
「…………」
何だかなぁ。
平民の子なら動かないけど失われた王子だったら動く。そういうのやっぱり前世日本人には腹立たしいというか何と言うか。
まあリオを助けるためには何だってするつもりなので、国が動いてくれるなら万々歳なんですけどねぇ。
国王陛下はまだ何も言ってないわけだけども。
「……すまぬ、しばし時間をくれ」
「……承知いたしました」
うげっ、そんな余裕ないんですけど。早く決めてほしい。何たってリオのピンチだよ、そんな熟考必要?
あからさまに「うげー」という表情が顔に出ていたのか、私をちらりと見た師匠が小さな声で「これ」と言ってくる。
「それでは失礼します」
そのまま揃って謁見の間を出た私と師匠は私に与えられた部屋へ向かいながら小声で会話を続けた。
「……何か、さっき邪神の気配がぐらついたんですけど」
「そうじゃの……何が起きているのかは分からぬが、何かが起きていることは確かじゃな」
「……リオは、無事でしょうか」
「……正直に言って、それは分からぬ。じゃが、きっと無事じゃ。わしは、そう願う」
「…………はい」
「お主は少し、気晴らしでもせよ。閉じ籠っていては塞ぎ込むばかりじゃからな」
「……そうします」
私は頷いて師匠と別れた。
―――――………
王宮内を好きに歩いていいという許可を与えられていたので、私はぼんやりと一人で歩き始めた。
最早その敷地の広さには驚かない。だってほら、城だしさ。普通に観光地に来た気分だよね。
すれ違う使用人の方々が頭を下げてくれるのには少し気まずさを感じるけれど、いちいちペコペコお辞儀を返していたら却って迷惑になるからサクッと通り過ぎる。
ふと気まぐれに廊下の立派な窓から外を覗いたら、全然人がいない花園とその奥に佇む白い四阿が見えた。
「……あそこ、行こう」
気晴らしと言われても、今の私は人と話したり活動的にすごしたりする様な気分じゃない。緑に囲まれて、マイナスイオン的なものを感じて表面上でもいいから癒されようと思った。
運良く近くに下り階段があったのでそれを使って一階へ。そのまま庭へと足を踏み入れた。
「静かだな……」
夏の盛りを越えた木々が緑の枝葉を触れ合わせ、涼やかな風に揺れる音を響かせている。木の柵に絡められて、紫と白のクレマチスが咲いていた。
平穏に感じられてしまう。今この瞬間も地の底を低く唸らせて邪神が蠢いているなんて、そんなこと考えられないくらいに長閑だ。
リオが敵に捕らわれて、怖い目に遭っているのに、何もしないでこうしているのが辛い。何ができると言うわけでもないのだけれど、何もできていない現状が苦しくてたまらなかった。
「…………」
胸元から、いつも身に付けている金鎖を引っ張り出す。先に揺れるのは菫の花弁の様な石。そこに宿るぬくもりで、リオが生きていると感じる。だから、大丈夫……そのはずだ。
「っ、リオ……」
目の奥が痛いほどに熱くなって涙がじわりと滲む。押さえようと思っても止まらなくて、菫色の石を両手で強く握ったまま俯いた。
ぼろぼろ涙が膝に向かって溢れる。師匠に諭されて泣いたばっかなのにね。私泣きすぎじゃない? ……こんなに、弱っちかったっけ。
泣いたってしょうがないってことくらい分かってる。でも、どうしても耐えられない。だから、ここで目一杯泣いて、それからもう泣かないって決意を固めなきゃ。
「ふ、うぅ、リオ、ぅ、リオ……っ」
地の底からは胸がひりつく様な邪神の気配、肌に触れる風は夏の終わりの優しさを乗せていて、そのちぐはぐさに頭がかき乱される様な気分だった。
何度も目を擦る。リオの名を呼んで、無事を祈って、自分の不甲斐なさを噛み締めた。それでも思考はまとまらないし、涙も止まらない。もうどうしろって言うんだ。
その時、誰かが草を踏んで走ってくる微かな音が聞こえた。
「っ、アイリーン……!」
「う゛っ……ほうって、ひっく、おいてください……」
名前を呼ばれたから知り合いの誰かだろうとは思うけど、生憎今の私には声を聞き分ける余裕も顔を確かめる余裕もない。
放っておいてと言ったのにその人は近づいてきて、それからすとんと私の隣に腰を下ろす。
え、なんで隣に座った……?
あまりのことに涙、スンッて引っ込んだんだけど。まさか隣に来るとは思わんじゃんね。しかもお互いの太腿が触れ合う距離だよ? 近ぇよ。
「好いた人が泣いているのに、そのまま放っておけるものですか」
「う゛っ、げほっ……」
「大丈夫ですか。ほら、ゆっくり息を吸って、吐いて」
いやいやいやいやいや。待て待て、優しく背中をさするな。こちとらお前の存在に混乱して噎せてんだぞ。
スンッと落ち着いたから超近い隣に座った人が誰か分かった。ある意味では助かったのかもしれない。
ギルバートやん。
あ~……そう言えばレオンハルトとザハード公爵と一緒に王宮に戻ったとか言ってたっけな。
それにしても、こんな静かな人気のないところでこっそり泣いてんのがバレるとはね。ヒロイン補整恐ろしい。
乙女ゲームのイベントでもあるよねこう言うの。泣いているヒロインをたまたま攻略対象が見つけて慰めるやつ。
まんまこの状況ですね、はい。
盛大に鼻をすすって顔を上げる。結構な至近距離に、気遣わしげな表情のギルバートの顔があった。近ぇよ。
「落ち着きましたか?」
「…………」
黙って頷く。
「それは良かった」
穏やかに微笑まれて、今更泣いていたところを見られたことが気まずくなる。柔らかく細められた水宝玉の双眸。伸びてきた手が私の濡れた頬に柔らかく触れた。
もう平気なんでソーシャルディスタンスしてどうぞ。
「……話は聞いています。こんなことになるとは思いませんでした……月並みな言葉になりますが、どうか自分を責めないで」
「大丈夫、です……」
「……やはり、貴方は強い女性だ」
温かみのある苦笑。そして頬から下がった手が銀の髪を梳いて離れていく。
私はそこから意識をそらしてポケットにハンカチ入れてたっけと考え始めた。いやぁほら、顔が涙やら何やらの汁でぐっちゃぐちゃだからね?
「私にできることがあれば、力及ぶ限り貴方に尽くしましょう。だから、頼ってください、アイリーン」
「ありがとうございます……」
おっ、ハンカチある。気づいたのでポケットから引っ張り出して顔を拭った。鼻もかみたいけど流石にちょっと恥ずかしいから我慢する。
「あの、私そろそろ――――」
その時、全身がざわっと粟立つ様な感覚に襲われて言葉が途中で途切れた。怪訝そうにこちらを見るギルバートには構っていられないほどの嫌な感じ。立ち上がって辺りに視線を投げる。
「!!」
黒い何かが、緑の中を突っ切ってこちらへ飛んでくるのが見えた。




