第15話.ショタコンのチベスナフェイス
タップダンス王太子改め、レオンハルトはチベスナフェイスで立ち竦む私と師匠、そしてチリチリと緊張の色を瞳に滲ませるリオの間に漂う微妙すぎる空気を完全無視して私の方へツカツカ歩み寄ってきた。
やはりこいつ、面の皮タウ◯ページ級だな。マジ帰れ。
無遠慮なその手が伸びてきて、怒りと戸惑いで硬直している私の手首をハシッと掴んだ。
「ここにいては危険だ。俺と来い」
リオが立ち上がった。私はそれを目で制し、私より頭一つ分高い位置にあるレオンハルトの顔を見上げる。
危うい諸刃の正義感をちらつかせる目でこちらを見ているに違いない、と思ったら彼は師匠を睨んでいた。
師匠は取り敢えず、と言った様子で展開していた魔法を収めた。
「お前が、この様なことをする下衆だとは思わなかった。件の話は無かったこととする様父上に進言する」
「その子を連れていかれては困りますぞ。わしの弟子ですからの」
「ふん、何が弟子だ。こんな虐待紛いのことをして。彼女の力は珍しい。魔法研究者から宮廷魔導士長に登り詰めたお前は研究がしたいんだろう。弟子と呼ぶのはそのための隠れ蓑だな?」
「勝手なことを……」
「黙れ。お前の様な輩とはこれ以上言葉を交わしたくない」
一方的にそこまで言って、レオンハルトはようやくこちらを見た。
先程まで師匠に向けていた嫌悪と軽蔑の眼差しとは打って変わった優しげな目をしている。
そして彼は普通の女の子が向けられたら頬を染めて恥じらうだろうと予想される蕩ける様な甘い微笑みを浮かべた。
この間と同じく、その笑みを向けられたのは残念ながら私なので「何なのこれ。こいつ十五歳でしょ? 顔面偏差値のせいか……」という感想しか浮かばなかった。
「行こう。もうお前を傷つける者がいない場所へ連れていってやる」
「…………」
……あのさ、一言言っていいかな。
私たち、初対面にも等しいくらいの関係だよね。何なの、その馴れ馴れしさ。「お前」とか「連れていってやる」とか、何様のつもりよ。
……ああ、王太子殿下様だったね。本当に地位的には偉いじゃんかよ。くそ。
ドヤ顔で言い切った彼は、私が儚く微笑んで「私を劣悪な環境から救い出してくださってありがとうございます王太子殿下」とでも言ってついてくると思ったのか、踵を返してすたすた歩き出した。
私の手首はがっしり握られたままなのでその歩みはすぐ止まる。私は若干引き摺られながらも、彼を冷めた目で見つめて踏ん張った。
レオンハルトは驚いた様に振り返り、困った様に微笑んだ。少し下がった眉尻、慈愛に満ちた(と本人は思っているであろう)瞳。
彼の中にしっかりと確立された王族男児としての正義感、それは間違っていない。状況が彼の思う通りなら、彼はとても偉い男の子だと思う。
だが、その正義感故に彼は視野が哀れなくらい狭かった。
私は虐待されていないし、正しく師匠の弟子である。
言い添えれば先の「これはどういうことだっ?!」発言に対する私の返答は「修行だよ修行、文句あんのかコラァ」である。
「お前は優しいな」
ん?
私のチベスナフェイスから何をお読みになられた王太子殿下。
戸惑う私を他所に、彼はリオの方へ目を向けた。私に制されたからジリジリと焦げるような焦燥を抑えつけて、じっとレオンハルトを睨んでいたリオは、その視線に気づくとぎゅっと眉根を寄せた。
うん、そんな顔も最高に可愛いよ。
「来い。お前も連れて行きたいそうだ」
あっ、あっ、ああ、そういうあれ。
レオンハルトの目に私のチベスナフェイスは「あの、王太子殿下。弟も、いえ、むしろ弟を助けてください」と言う表情に映ったらしい。眼科行けよ。
「……おねえちゃんは、いかない。ぼくもいかない」
「だがここにいては傷つけられるばかりだろう。お前は中々に聡そうだ。それが分からないわけでもないだろう」
「わかってないのは、そっちだ!」
「……ふん。なるほどな」
リオを見つめる私の視界の端にパシッと金色の何かが煌めいた。何だろ、と思うと同時に私の手首をしっかり握っているレオンハルトの身体から、激しい魔力が立ち上った。
「サラジュード、お前はどこまで非道な男なんだ」
「は……? 今の会話からどこをどう取ったらそうなりますかの」
「とぼけるな!!」
バリバリッと、字にするとまるでポテチの袋でも破いた様だがそれとは比べ物にならない激しい音が響く。
電気……?
そう、レオンハルトの魔力が宙で転じた絢爛たる金色の煌めきは電気……と言うか稲妻であった。
乱暴に、攻撃的に、辺りを跳ね回ってはパシッと鋭い音を鳴らす金雷。主人の怒りのままに、その白い頬の横を稲妻が威嚇するように駆ける。
え、まさかこいつ、師匠とやり合おうとしてるの?
「二人が怯えて逃げられないよう、何か小細工をしているのだろう」
「王太子殿下、落ち着き召されよ」
「俺は、至極、冷静だ!!」
その言葉尻と共に放たれたのはまさに轟雷。顎を開いた竜の様な姿をとった金色の煌めきが視界を奪う。
いや、それよりさ!
耳がぁー、耳がぁーーっ!!
近くで雷の音を聞くもんじゃないねと私は痛む耳を押さえて思ったのであった。




