第3話.ショタコンの弟と?????
身体に触れる冷たく硬い感触と、不自然な不自由さを感じてリオは目を覚ました。
数回瞬きを繰り返すとぼんやりとした視界がクリアになる。そこは青緑の灯りが揺らめく石造りの不可思議な部屋だった。
部屋の真ん中に大きな水晶の柱が立っている。それが放つ魔力が薄青の光を揺らめかせ、部屋の石壁に付いている小さな鉱石たちを青緑色に光らせているらしかった。
曖昧な意識のまま、もそ、と動いて縛られていることに気づく。ハッとしてここに至るまでのことを思い出したリオは目を見開いて当たりを見渡した。
少し離れたところに、全身を黒いマントで覆い、顔はフードで隠した男が立っていた。彼は大きく古い本を片手に水晶の柱を眺めている。
リオの視線に気づいたのか、視界の端で動いたから気づいたのか、男がリオの方を向いた。
「お目覚めかな?」
若い、青年の声だった。
リオはごくりと唾を呑む。
「……ここは、どこですか」
「お前が知る必要はない」
「僕は……ひとじち、なんですか」
「理解が早いな。聡い者は嫌いじゃない、答えてやろう。その通りだ。愛し子……お前の姉はお前を随分と大切にしているらしいからな」
他にも理由はあるがそれは話さない、と彼は言って手元の本に視線を落とす。リオは必死に考えた。
人質ならば、即殺害ということはあるまい。きっと自分を助けようと奔走している姉のために、自分はここで何ができるだろうか。
リオがそれなりに落ち着いていられたのは部屋にそびえ立つ水晶の柱が放つ魔力がどこか姉の魔力に似ていたからである。
しかし反対に床の下……地の底から迫り上がってくる地響きの様な気配はそれとは相容れぬ存在のものだ。肌で分かる。
敵対しているであろう二つのものがこんな風に隣り合っているここは、いったい何なのだろうか。リオには分からなかった。
「……おお、感じるか。我らの主が動いておられる。やはり復活の時は近い!」
不意に男がそう言った。冷たい石の床に頬を付けて転がっていたリオにはすぐその動きが分かった。ゴゴゴ……と低く、地の底が鳴っている。巨大な生き物の気配。冷や汗が頬を伝った。
「あとしばらくお待ちください主よ……私が必ずや成し遂げてみせます。あと一つの命を捧げ、必ずや、我らの世界を……」
男は何やら仰々しく宣っているが、リオはそれどころではなかった。
地の底から、声がするのである。
今のリオのように床に耳を付けたような姿勢でなければ聞き取れないであろうほどに小さな声が、地響きの音に紛れて響いてくるのである。
(これは、何……?)
それは怨嗟の声でも、吐き散らされる憎悪でもなく、形容し難き怨念の音でもなかった。
『この夢、最近よく見るんだけど何なんだろ……真っ暗だし、動けないし……だぁーーっ、つまんねぇ!!』
(誰なの?)
『んんん? 何かうっすら明かりが……おおっ? ちょ、ファンタジーかよ、超儀式の間じゃん!!』
おおよそ、こんな場所の地の底から響くものとは思えない、そんな声だったのである。
リオはひたすら困惑した。でも、変な顔をしていたら怪しまれると思ったので必死に悲しい顔をして堪えていた。
『んー? 何か人いるじゃん……同じ夢でも変わるもんだなぁ、今日やっと初めて何か見え――――は????』
声の主が唐突に低い声を出したのでリオはビクッと震えた。幸いにも男は「我らが主の威に怯えたか」なんて言って嬉しそうにクツクツ笑っていたが、いいのか、お前らの主(仮)の様子おかしいぞ。リオは賢くて優しい子だったので「良かった、バレなかった」と内心胸を撫で下ろすだけだった。
『縛られてる……美ショタ……??』
(しばられてる……って僕のこと? びしょた、は分からないけど、声の人はここを見ているの? どうやって??)
『は、え……は?? おいしすぎないかこの夢……やべぇ緊縛ショタとか、マ? 明らかに幼少期に悲劇に見舞われてて、波乱万丈の人生を送るタイプじゃん性癖ですありがとうございます』
「っ!」
リオには理解できない怒涛の語りが始まって少し怖くなる。一体何の話をしているんだろうか。やはりここを見ているのではないのかもしれない。
『ん~?? 我が性癖ショタの近くに怪しさ百点満点のマントマンいるやん……何こいつそのポジ羨ましいな。お前だろ美ショタを緊縛したの。ふぅ~~やるぅ。ちょっと私とお話ししようか』
(マ、マントの人の話だ。やっぱり、何を言っているかは分かんないけど、ここを見ているんだ……)
『でもなんだろなぁ……『月パラ』の隠しショタに似てるんだよなこの美ショタ。金髪に紫の目だし。こんなイベントなかったけど……アッもしかして私の欲望願望詰め合わせハッピーセットか? なるほど把握、ありがとうございます』
そのとき、本を眺めていた男がふらりとこちらを向いたので、床下の声に耳を澄ませていたリオはハッと身を硬くした。
「儀式の準備は万全。あとは愛し子にささやかな贈り物でもすれば……すぐに駆けてくるだろうな」
低く喉を鳴らして笑いながら、男は懐から紙を取り出して何やらサラサラと文字を書いている。
『おっ、アクションが……なんだ、手紙書いてるのか、つまんな……お手紙セット常時懐にあるとか乙女じゃんウケる』
「お前に刃物でも突き付ければ自ら進んでその祭壇に上るだろう。く、はははっ、捧げられる最後の贄が自ら命を差し出す。何と素晴らしいことだろうか!!」
『超ご機嫌じゃん……何言ってるかは聞こえないけど、確実にクスリキメてそうな顔してんな。美ショタの教育に悪い』
石造りの部屋に男の耳障りな笑い声が反響する。そして床下からは何とも緊張感に欠ける声がする。リオはどんな顔をしたらいいか分からなかった。
しかし(床下の声の主の言葉から推察するに)手紙らしい何かを書き終えた男がナイフ片手に近づいてきて、リオの顔はサッと青褪めた。
「くくく、安心しろ、殺しはしない」
「やっ、やだっ!!」
「はははっ!!」
「やめてっ、ぁ、っ……」
左手だけで簡単にリオを押さえ込み、男はリオの左の二の腕にナイフの刃を滑らせた。ナイフは服の袖を裂き、柔い白い肌を裂いた。リオの目に涙がにじむ。
「くくく、いい顔をする……」
男はナイフの刃についたリオの血を手紙に擦り付けた。痛みをこらえて短い間隔の呼吸を繰り返しながら、リオは涙に濡れた目で男を見上げる。
『あ゛?? 何してんだこいつ』
「おぉ……封印の間で人の血が流れて、我らの主が歓喜し、震えておられる……」
『ショタ傷つけて恍惚としてんじゃねぇよクソペド野郎が。やっていいことと悪いことがあるんだよ知らねぇのかぶっ殺すぞ』
「喜べ。信徒でもないお前の血が主を震わせていることを光栄に思うがいい」
『お前みたいな奴は✕✕して✕✕✕して見るも無惨な姿にしてから✕✕✕を✕✕✕やるからな覚悟しとけよクソが……ちくしょう、夢なんだから好き勝手動かせてくれよ……好みの美ショタのピンチなんだよ……お゛ぉぉぉん……』
床下からは規制音混じりの憤怒の声が響き渡る。男は楽しげに笑いながら気味の悪い生き物に手紙を託している。
二の腕はとても痛いし、こうして傷つけられたことで恐怖心が増し、怖くてたまらなくなってしまった。リオははらりと涙をこぼす。
「おねえちゃん……たすけて……」
小さく、呟いた。
その声は、果たして届くだろうか。




