第1話.ショタコンと師匠の言葉
王宮からの援軍は妨害を受けることもなくすんなりとやって来て、公爵邸に残っていた私たちは保護されることになった。
なった、と言っても私は気絶からそのまま眠りに就いていたので正確には“なったらしい”だけれど。
リオを連れ去った後、公爵邸にいた邪神ファンたちは早々に撤退したそうだ。その引き際の鮮やかさを思うに、最初からリオが狙いだったのかもしれない。
確かに私はリオを溺愛しているし、こういう時に家族を人質にとるのは……許しがたいけど有効な手段だと思う。
けれど、それなら師匠と結界しか守るものがない故郷の父さんや母さんを狙った方が楽じゃない?
父さんや母さんよりも、リオを人質にした方が確実性が上がると考えたのかな。まあその通りなんだけれど。
でも、私とリオが一緒にいる場に接近したことがほぼない邪神ファンたちが、どうしてそういう判断を下せたのだろう。
……リオは無事だろうか。
人質である以上、すぐにどうこうっていうことはないはずだ。でも、酷い目に遭っていたらどうしよう。痛いことをされていたらどうしよう。
早く、助けに行かないと。
私の、地雷どころじゃない大切なものをよくも乱雑に踏み荒してくれたな邪神ファンどもめ。
王宮の医務室の窓から庭を眺め、私は唇を噛んだ。自分が情けなくて涙が出る。私はどうしたらいいんだろう。
―――――………
ガチャ、とドアが開く音に気づいてそちらへ目を向けるとそこにはここにいるはずのない師匠が立っていた。
「え、師匠、どうしてここに……?」
「鳩を飛ばしたのはお前じゃろう」
「あ……」
でも、と口ごもる。私が鳩に託した師匠への手紙にはこういう状況になったから父母と村を守って、っていうお願いが書いてあったんだけどな。
それがどうして王宮へ。
よく分からない。
私が考え込んでいる間に師匠は愛用の杖をコツコツ鳴らしながら近づいてきてベッドの横の椅子に腰かけた。
言葉が見つからずもごもごする私を、師匠の目が覚める様な青色の双眸が真っ直ぐに見つめる。
「安心せい。村には王宮の兵が送られた」
「……そう、ですか」
「それよりも……まさかこうなるとはな」
「……ごめん、なさい。私が、油断したからリオは……」
「謝るでない。お主は悪くない」
「でも……」
ゴツンッ!!
己を責める言葉をなおも言い募ろうとした私の頭に衝撃が走る。師匠の杖による素早い一撃だ。
呻いて掛布に包まれた膝へ伏せる。いつものことだけど本当に痛い。頭蓋骨にヒビが入ったこと間違いなし。どうしても慣れない。
「づぅっ……っ、何するんですか!」
「よいか、聞くのじゃアイリーン! お主はまだ子供だ。何もかもを自分一人で背負おうとしているようじゃがそんなの無理に決まっておろう!! それはお主の悪い癖じゃ。よく思い出せ、お主はそれほどまでに一人きりなのか?!」
「!!」
「自分を責めたくなる気持ちは痛いほど分かる! じゃがの、そんなことをしていて事態が何か進展するか?! リオは助かるのか?! あの子は生きておると、分かっているんじゃろう? ならば止まるな、動き続けろ、できることを全てするのだ。己を責めるのは全てを終えてからにするのじゃ!!」
びりびりと、部屋まで震えるような大音声だった。私は頭の痛みも忘れて師匠を見上げていた。少し遅れて、言葉の全てが胸に染み渡ってくる。ぶわっと涙が溢れた。
「……うっ……ししょう、ありがとう、ありがとう……たすけて、ちからをっ、かしてください」
「勿論じゃ、我が弟子よ。この際じゃ、使えるものは何でも使うぞ。よいな」
「ぐすっ……はい、なんだって、もとから、やるつもりですよ」
―――――………
とは言いましたものの、まさか使えるものには国王陛下も含むとは思いませんでしたどうしよう。
現在、私と師匠は謁見の間とかいうだだっ広い部屋で上座の国王陛下とお話をしている。信じられない行動力。でもこれも全てはリオのため。冷や汗は出るけど逃げる気はない。
私にとって見るのは二回目な、レオンハルトたちによく似ている国王陛下は緑瑪瑙の瞳を細めて師匠の話を聞いていた。
不機嫌そうではないけれど機嫌が良さそうでもない、そんな読めない表情。私が苦手なタイプである。
こんな父から何故あんなに顔やら態度やらに出やすい男が生まれたんだ??
甚だ疑問である。
……まあ、あの話を聞いたあとだと微妙な気分なんだけどね。
「……そなたらの思いは分かった」
師匠から「愛弟子が恐らくだが人質として誘拐された」「助けるために王国の力を借りたい」という感じの話を聞いた国王陛下が重々しくそう答えた。
「しかし、子供一人のために国を、ひいてはこの世界を危険にさらすようなことはできぬ」
「…………」
「そなたらの力にはなれない。すまぬ、サラジュード」
こんな状況じゃなきゃ「ですよねー」って言ってた。でも、今はリオの命がかかってるんだ。そんなこと言ってられるか。
正面からいったら確実に断られる、師匠は打ち合わせの時にそう言っていた。
だから、師匠が持つ切り札を使う。その内容を聞いた私は正直色々と衝撃過ぎてゲロ吐くかと思ったけど、でもこれなら国王陛下も頷くかもしれない。
どんなことを知ろうとも、リオは私が守るべき弟なんだ。
「陛下。もう一つ、わしの話をお聞き願えますかな」
しばしの沈黙のあと、師匠はそう口を開いた。国王陛下は深く息を吐いてから「……なんだ」と先を促す。
「お話をいただいておりました、失われた第三王子の行方についてです」
ここで初めて国王陛下の表情が大きく動いた。動揺を表す様に見開かれた緑瑪瑙の双眸。少し乾いた唇が音もなく誰かの名前を呟くのが見えた。




