第38話.ショタコンの敗北
敷地も含めた間取り図(分かっていたことだけど馬鹿みたいに大きい)を全員で囲み、鳩舎への最短ルートを探る。
邸宅の西側にちょこんと位置するそれはどうにも遠くて、往復で十分はかかりそうだ。
その過程で敵に遭遇すれば更に時間がかかるだろう。なので私はさっきから、サーチアイな結界型魔法で敵を吹っ飛ばせないかを考えている。
下手をこくと鳩舎へ向かう味方すら吹っ飛ばしかねないから諦めようか……
「……あとは、誰が行くかよね」
「僕が行くよ」
名乗り出たのはメルキオールだった。
「この中で一番妥当なんじゃない?」
「それは……」
アーノルドが難しい顔で言いよどんだ。
確かに『精霊の愛し子』や王族、貴族よりはマシかもしれないけれど、下手したら死ぬような場所へ、寮長組で一番年下な十五歳の彼を送り出すのは気が重いよね。
たとえ本人が乗り気でも「じゃあよろしく」とは言えない案件だ。
私もかなり気が重い。どんなに気にしないように努めたって、この現状は私のせいなのだから。
そんな状況で顔見知りが死んでしまったりしたら耐えられるか分からない。
「魔法技能は学園一って自負してるし、かなりの移動速度が出る魔法も使える。問題ないよ」
「けれど……」
「大丈夫だから行かせてよ、アーノルド」
「…………」
不敵に微笑むメルキオール。その紅玉の瞳を見つめ、アーノルドはしばし逡巡した後、大きく溜め息を吐いた。
「……分かった。頼むよ、メルキオール」
「任せて。アイリーン、君は安全確認、しっかりやってよね」
「勿論です」
全力でやるよ、この腕にかけてな。
部屋の西側の壁に触れる。この延長線上に鳩舎と、そこへ至る最短ルートが位置している。
鳩舎が上から見て、邸宅と端を揃えて並ぶ様な位置に建てられていて良かった。これで変な位置にポツンと建っていたりしたら“この方法”は使えなかっただろう。
壁に触れたままスーッと息を吸う。
魔力の節約のため、邸宅全域を通過させる方法ではなく、最短ルートと鳩舎周辺だけをまるで怪獣のビームの如く撃ち抜く様な形で結界型魔法を放つのだ。
体内で魔力を練り上げていく。
漏れるように溢れ出た魔力が闘気の様に揺らめいて立ち上った。
練り上げた魔力を右の拳に集める。
「行きます……」
イメージと気合いが重要なので、こんな状況だし恥ずかしがるのはやめだ。
「サーチアイ……サーチアイだ……」
グッと拳を握る。
メルキオールは、エドワードがすぐ開けられるようにドアノブを掴んだ扉のそばに佇み待機していた。その懐にはジェラルディーンとアーノルドが連名で書いた王宮への救援要請状が何枚か入っている。
それから私が無理を言って頼んだ師匠宛ての手紙も一枚。両親や村の人たちに何かあったら嫌だから師匠に知らせておこうと思って。
魔生生物である伝書鳩は、預けられた手紙の宛名に込められた意志を感知して届け先を決めるらしい。本当に不思議な生き物だ。
メルキオールは安全確認が済み次第鳩舎へ向かう計画。フーッと息を吐く。
「っ、オラァッ!!」
前回と同じ声を上げて、銀光に包まれた右拳でガァァンッと壁を殴り付けた。
拳自体は壁に当たらず、その間に高密度で纏わせた魔力が壁を叩き、一瞬の間を置いてザァァッと浸透していく。感覚としては完璧に怪獣ビームだった。
これを維持すれば、拡声魔法を通して敵の接近を知らせることもできると思う。
対象を魔力を宿したものに限定して結界が通った場所を“視る”。今のところ一つも引っ掛からない。チャンスだ。
そのまま結界が問題なく維持できそうなので「結界、維持できます!」と言って魔力を注ぎ続ける。
「現在最短ルートに敵はいません!」
「分かった、行ってくる。できるって言ったんだから結界、維持しててね」
「はい!!」
「よし……エド、開けて!」
エドワードが扉を少し開ける。メルキオールが「『葉転』!」と鍵言を唱えた。直後、その身体がふわりと緑の葉の塊に変わって風も無いのにぐるりと巻き上がって扉の外へ出ていく。
目を閉じて、魔力と結界を通じて最短ルートの感知を続ける。葉の群に変じたメルキオールはかなりの速度で進んでいた。そこへ向かってくる敵は今のところ感じられない。
「中間地点到達……順調です」
この場の全員が緊張して、じっと無言で私の声を聞いている。少し経っても変わらず敵の気配はなし。もうあとちょっとでメルキオールは鳩舎に着く。
このまま、何も起こるなよ。お願いだから。無事に帰ってきて、メルキオール。
「……鳩舎到着です」
「早かったね……敵は?」
「結界には触れていないし、その周辺にいる感じもありません」
「そうか……」
「っ、今、鳩が飛び立ちました。ちゃんと6羽……あっ!!」
結界の感知機能に触れない遠距離から魔法が飛んできた。鳩たちはバサバサと慌ただしくそれを避けようとしているが、その内1羽が飛んできた魔法を受けて墜ちた。
「っ、想定していたことですけど、撃ち落としが始まりました……」
「やはりただでは行かせてくれないか」
エドワードが苦渋の声を漏らす。
「メルは無事か?」
「ええ、今のところ。撃ち落としに気づいたみたいで、攻撃を相殺する魔法を撃っています」
「そうか……」
「2羽目が……」
しかし、しばらくメルキオールの魔法と敵の魔法がぶつかり合っている間に、残った4羽が敵の魔法の射程範囲外に出たようだ。
「4羽出発できました! 射程範囲を外れています。シルヴェスター土寮長もこちらに向かい始めました」
「良かった……これで状況が動くわ」
「ええ……アイリーン、あと少し、頑張ってくださいな」
「がんばれ、お姉ちゃん」
「勿論」
友達の声援にプラスして、可愛いリオの声援とかもうショタコンのあれそれがドッキドキのメッキメキだが??
ふっ、と不敵に笑って拳を握って結界に集中する。
目を固く閉じて余計な視覚情報を排除しているとは言え、魔力を通して遠距離のものを見るのは頭を全力で回す必要がある行為だ。
つぅっと頬を伝い落ちる汗。叩かれる様な酷い頭痛には気づかないふりを。
「中間地点です」
エドワードが扉に手を掛ける。
「あと少し……」
敵の気配はなし。葉の群がカサカサと触れ合う音が微かに聞こえてくる。
「……っ、今です!!」
「!!」
エドワードが扉を勢いよく開け、鮮烈な緑の塊が室内に流れ込んだのを確認して扉を閉めた。施錠、同時に葉の群がふわりとメルキオールの姿になる。
「っ、はぁ……!」
それを認識してすぐに結界型魔法を解いた。ぐわんと頭が揺れて立っていられなくなる。ドッと汗がふき出して、この魔法は二度と長時間使用したくないなと思った。
「はぁ、はぁ……アイリーン、お疲れ」
「ええ……シルヴェスター土寮長も、ありがとう、ございました。無事で、良かった」
「ふっ、僕を、誰だと思ってるわけ?」
荒い呼吸を繰り返しながら顔を見合わせて笑う。部屋の中の全員が肩の力を一時抜いて、青褪めて強張っていた表情が少し柔らかくなった。
――――それは、してはいけない油断だった。
敵から与えられた成功で緩んだ私たちの緊張。その隙を狙って、部屋の中に現れた小さな小さな闇の淵。
ざわっと項の産毛が逆立つような感覚。ハッとして部屋を見渡した動けない私を嘲笑うように、それは絶望の口腔を大きく開いた。
そこから伸びてきた手が、リオの小さな身体を捉えるのを、私は見た。咄嗟に魔力を展開する――が、先程の結界型魔法の反動で視界がぐるりと回って魔法の形に結べない。
「っ、リオッ!!」
「お姉ちゃ――――」
悲鳴に近い私の声に、一番リオの近くにいたラタフィアが目を見開いてそちらを振り返る。闇とそこから伸びる手を認め、ほぼ予備動作なしに放たれた青い水の縄。
しかしそれはリオの身体を捉えることはできず……恐怖に見開かれた菫色の瞳が、助けを求めるようにこちらに伸ばされた小さな手が、床に開いた闇色の穴に飲み込まれていった。
「あ、あぁぁ……そんな、嘘、嘘だ……」
ぐるぐると回りながら暗くなっていく視界、途中で途切れたリオの声が反響するように頭を満たす。皆が呼んでいるような気がするけど、もう限界だった。
意識が遠退いていくのを感じながら止まない後悔を噛み締める。
私の油断は、敗因は慢心だ。
その結果、私は最愛のリオを奪われた。
全部私のせいだ。
何が「絶対守る」だ、一番の危機に動けなかったくせに。まんまと目の前で敵に掠め取られたくせに。
でも、絶望するのはまだだ。
すぐに助けに行くから、必ずリオは助けるから。だから……死なないで。
絶対に諦めない。この命を懸けて、私はリオを取り戻す。
限界を迎えた私は血が出るほどに拳を握りながら意識を手放した。
5章完結。難産でして、お待たせいたしました。
現状は絶望的ですが、ハッピーエンド確定なので何卒この先もよろしくお願い致します。




