第33話.ショタコンと弟思い
お腹を壊す予定は却下され、私は売られていく子牛の気持ちでティータイムを迎えた。リオも一緒なのが唯一の救いと癒しである。
「私たちはあくまでも、何かが起きたときのために来ただけだから、あまり身構えずにいていいよ」
「はい……」
「本当なら王宮の兵隊を連れてきたかったんだけどね……あまり大所帯だと、逆に敵の目を引き付けるかもしれないから」
「ご配慮に感謝します……」
リオが隣にいるので、ショタコンとしても姉としても格好つけたい私はいつもの死んだ目形態になりきれず、しょもしょもしながらアーノルドの話に言葉を返す。
構わないよ、と柔らかい笑顔で答えたアーノルド。それを聞いていたエドワードが腕を組んで「ふむ」と隣のメルキオールに話しかける。
「ザハード公爵家の衛兵は精鋭揃いだ。生半可な攻撃ではぐらつくまい」
「そうは言っても、邪神信徒が総力で来たらどうするわけ?」
「その時は援軍が来るまで籠城だな!」
「はー……そうならないことを祈るよ」
快活に笑うエドワードと肩をすくめたメルキオールへ向けて、ティーカップをソーサーに戻したジェラルディーンが「ご安心くださいな」と口を開いた。
「それを可能にするだけの物資は揃えておりますわ」
「そうかい。では、一番破られにくい部屋を選んで閉じ籠るのがいいかもね」
「それならば、北側の……」
ひょえぇ、襲撃の想定が必要なのは分かるけれど、心臓に悪い話だ。
私のための話だから混ざるべきなのかもしれないけど、ド素人だから混ざるに混ざれない。
ひたすらに音を殺してお茶をすする。目は死んでいなくても心は瀕死なので味が分からない。
リオも隣でじっと静かにお茶を飲んでいる。彼は流石、ちゃんと味が分かっていそうだ。
何とも優雅な動作で、あまりにも無駄な音を立てないその所作に、誇らしさが込み上げて「この子を見てくれっ!!」て叫びたくなっちゃうね。
私の邪な視線に気づいたのか、ちらりと横目でこちらを見るリオ。ヒュッ、菫色の流し目恐ろし尊し!!
思わず息の仕方を忘れてパチクリと瞬きをする私に、リオは横目のままふわりと微笑んだ。
アッ即尊死。
っぶねぇ、魂抜けてた、昇天してた。
ぬわぁぁ~……いったいそんなのどこで覚えてきたの?! けしからん、もっとやってくださいお願いします。
この尊さを今後も享受するために一瞬で意識を取り戻し、私はぎゅっと固く両拳を握り締めた。こうしないと萌えの過剰供給で走り出しそうだったからだ。
正直なところ、走り出してどこかへ行ってしまいたい状況ではあるけれどね。あー逃げ出してぇ。
「……それで、君がリオかい」
「はい」
脳内大慌ての私をよそに、アーノルドが突然リオに話しかけた。リオは驚くでもなく穏やかな微笑みを天使のきゅるきゅるフェイスに浮かべたまま頷く。
はぅん……微笑みがまばゆい。多分何らかのご利益がある。
アーノルドは考えの読めない橄欖石の瞳でリオをじっと眺めた。曖昧な微笑に変化はなく、何を思っているのかまったく分からない。
兄のショタコン疑惑に次いでまさかお前も……?
まあ、見つめたくなる気持ちは分かるけどね。目に焼き付けて、後で一人になったときにローリングする(意味:尊さのあまり転げ回ること)んでしょ。
「しっかりしているね。アイリーンとよく似た目をしている」
「!!」
「頼りにしているよ、リオ。君も私たちに対して過度に緊張せず、普段通りに過ごしてね」
「っ、はい!」
ふわりと微笑んだアーノルドの言葉に目を丸くしたリオは、すぐに表情を輝かせて頷いた。
んん゛~……尊みぃ……(悶絶)
―――――………
感情が忙しかったお茶会を何とか乗り越えて、部屋に戻った私たちをキリッと出迎えてくれたジェフさんが「本日は図書室に行かれないのでありますか?」と訊いてきた。
「今日は訓練所にしようと思って」
「なるほど、訓練は怠らない精神、流石です!」
「そう言われると照れますね……」
衛兵であるジェフさんだって訓練云々は毎日重ねているだろう。そんな本職に真っ直ぐ褒められると嬉しい。
「僕もいっしょに行く!」
「勿論、一緒に行こうね」
「仲睦まじく、素敵な姉弟ですね」
私にも弟がおります、とジェフさんは微笑んだ。うーん、ジェフさんの弟……私のストライクゾーンからは外れている年齢だろうな。
そんな勝手なことを考えつつも「そうなんですね」と相槌を打つ。可愛い子なのだと頬を赤らめて話すジェフさんの様子には身に覚えがありすぎて、この人もブラコンか……と同志を見つめる目になった。
まあ私はそこにショタコンをプラスなんだがな。
というか未だに可愛いって、もしかして年の差兄弟……?? えっおいしい。
「っ、つい話しすぎてしまいました。お二人のことは必ずお守りいたしますので!」
「ふふ、よろしくお願いしますね、ジェフさん」
「はい!!」
こういう真っ直ぐな人、いいなぁ。弟思いとか素晴らしすぎる。弟愛を夜通し語り合いたいね。あとできれば年の差弟(仮)の絵姿をお恵みください。
どうしようもねぇことを思いつつ、私は部屋に入って髪を纏める紐を手に取り、リオと一緒に訓練所へ足を進めた。
ザハード公爵家のカントリー・ハウスの敷地の東側には訓練所がある。公爵家の人たちはここで魔法と、それ以外の戦い方も習うそうだ。
邸宅の東の端っこから外へ出て、白い石畳をぽこぽこ歩いた先、長方形の建物が建っている。何かのスタジアムみたいで屋根はない。
私は初めて来たけれど、リオは一度来ているので慣れた様子だ。
ほんと、敷地えぐいな、と言うのが素直な感想である。
自由に使っていいと公爵に言われているので遠慮なく身体を動かそうと思う。
訓練所に入ったらまずは準備体操だ。銀の髪をキリッとポニーテールに束ね、リオと一緒にいっちにーいっちにーと緩く身体を動かしていく。
準備体操は大事だぞマジで。年取ると大変だから、とかじゃなくて、年齢一桁でも大事だからな。
いらん怪我はしたくないでしょ? だから真面目にね。
これは師匠の元で修行をしていた頃からリオに言い含めてきたので、今ではすっかり習慣がついた。
今も青空へ向けて、いっちにーいっちにーと可愛らしい声を響かせている。うぅん可愛さ満点、ついでに芸術点も満点あげちゃう。
「さーてと、やるかー!」
準備体操を終えたら、ぐいーっと伸びをして左掌に右拳をパシッと打ち付けて気合い十分。やる気満ち満ち形態だ。
的当て場や対人戦用コート等、基本的な訓練所の設備の他に、何か……避けゲーみたいな、アスレチックみたいなやつが設置されている。ナニアレスゲェ、SAS○KEみたい。
楽しそう。あとでやろう。
「まずは的当てかなー」
「僕も」
「じゃ、やろうか」
数日お休みしちゃったから鈍ってないといいけど。
結果、超絶好調だったんだけど、自分の絶好調なんてそっちのけにするくらいリオが成長していてビビった。
子供の成長は早いと言うけれど、リオといるとそれを実感を伴って理解するなぁ。
彼はどうやら本で読んだ魔法を実践しているみたいだ。
広げた右手の上にひゅるりと浮かぶ炎の円盤。火の粉を撒き散らしながら回転するそれを、形を維持したまま放ち的を打ち砕く。
パラパラと砕けた的は自動修復する魔導具らしく、砕かれたそばから元通りになっていた。
え? 炎の円盤だよね?? 炎なのに超物理じゃん?? え??
「うーん……」
それでも納得いかないらしいリオは首を傾げて同じ魔法を再度発動した。鮮やかな炎の色が揺らめく菫色の瞳は夜の訪れ間近の夕暮れの空のようで、思わずその端正な横顔と共に見つめてしまう。
私の視線に気づいてリオはきょとんと目を丸くしてこちらを向いた。
「本当にすごくて偉いね、リオ」
心のままにそう褒めると、私を見上げていたリオは凛々しい微笑みを返してきた。
「僕、強くなるんだ」
「うん」
彼がこんなふうに強くなろうと頑張る理由は分かっている。だから……
「いつもありがとう、大好き」
私も、もっと強くなるよ。




