第14話.ショタコンと王子再臨
懐かしい声を思い出してつい泣いちゃった恥ずかしい、と思って師匠を見たら、とても驚いた顔で私を見返していた。
え、私が泣いてるのそんなに驚くべきこと? びっくりしたので私は手で乱暴に目許を拭った。
それよりもさ、もしかしなくても私、今やってのけたよね?
何か、目がぐーっと熱くなって、何か出たってくらいの説明しかできないけど。できたよね?
「師匠? あの、今の……」
「っ、ああ、そうじゃな」
私が戸惑って声をかけると、師匠は一瞬詰まってから頷いた。変だ、とリオを見ると彼は目をキラキラ輝かせている。
そして小さな手を口許に寄せていた。これは「こしょこしょ話をしたい」という合図である。
しゃがんで目線を合わせると、リオはそっと私の耳許に顔を寄せてきた。
「あのね、おねえちゃん」
こしょこしょ話なので、こくんと頷くだけにとどめる。
「とってもとっても、かっこよかった!」
私は口を押さえて目を閉じた。リオがいれば私はいくらでも強くなれる気がする。
さて悶絶を押し止めて顔を上げると師匠がようやく謎の状態から復活したらしく、大きく息を吐いてから口を開いた。
「やれば、できる子じゃな……」
「えー、ああ、まあ」
親友の謎の宣言を思い出したとか言えないな……
そう、あの時の声は前世の親友の声だった。
ショタコンで、何かいつも勢いに満ちていて、この世界の元となった乙女ゲーム『月花と精霊のパラディーゾ』を勧めてくれた同級生。
常日頃から「ショタのためなら死ねる」と言っていたっけな。結局、ショタのために死んだのは私の方になったけど。
今の私の生活を知ったら血涙を流して羨ましがるだろうなぁ……
「お主はどうやら魔眼の才があるようじゃな」
「え? 魔眼……?」
正直に申し上げる。
厨二病みたいで物凄く嫌。
しかし師匠は感動したような目で私を見ているから、この世界では貴重な才能なんだろうか。
「その双眼から魔力を放つ技じゃ。お主の場合その魔力の自由さから、様々なことができるじゃろうな……」
「さっき……私、何をしたんでしょう?」
ぶっちゃけ必死で何なのか分からなかったんだよね。
師匠は頷いた。分かっていないことを分かられていたようだ。説明してくれるらしい。
「集中して放った魔力によって、わしの魔法を書き換え、無害な魔力の塊に変えてしまったんじゃ。属性を持たないお主だからできることじゃな」
「へぇ……なんか、色々応用できそうですねぇ」
「その通り。やり方はお主次第じゃよ」
「ほほう。面白そう」
私は少し思いを巡らせた。
魔法の自由度がグッと上がってわくわくする。
「感覚は憶えたかの」
「うーん……多分です」
ぐーっと、ぐぁぁっと、熱くなる感じだよね! うん、自分でも説明が酷いのがよく分かる。私は先生になれないな。
「よし、リオ。もうお主の仕事はないから家で昼御飯を食べるといい。ありがとう」
「え? あの、ししょーさん。ぼく、おねえちゃんのしゅぎょー、みていたい」
「んんっ……そうか。なら、そこに座っていなさい」
師匠の同志度が上がっている気がする。私は目を細め、こちらを向いて微笑んだ師匠に頷いた。いいよね、可愛いよね。
座っていろと言われたリオは素直に頷くと、とことこ距離を取り、ちょんと家の入口の少し高くなった段に腰かけた。
はぁぁ~、その動作の全てが愛おしい。
唇の動きだけで「がんばって」と言ってくれるリオに微笑みかけ、私はピシッと背筋を伸ばして師匠に向き直った。
「ゆくぞ、アイリーン。力の精度を上げていくのじゃ」
「はい」
師匠はバッと杖を振り上げた。
「『海波』三方『水球』六弾!!」
「おおぉっ?! いきなり飛ばしてきますねっ?!」
先程とは比べ物にならない速度で練り上げられる計九つの魔法。うねる水壁の潮香と清水の弾丸の煌めき。私はスーッと息を吸った。
師匠はまだ杖を振り下ろさない。
一瞬に一瞬を重ね、私は待った。
リオは目を輝かせて、命令を待つ水魔法たちを見つめている。
それでも師匠は粘る。
奇襲作戦だと分かっているから魔法から目を離せない。
またもや一瞬に一瞬を重ねて……パシッと軽い音と共に、私の知らない魔力が私の放つ魔力の範囲に侵入した。
「サラジュードッ!! これはどういうことだっ?!」
私はその声にチベスナフェイスで振り返った。
そこにいたのは、肩で息をしていることから恐らく走ってきたと思われる少年。
少し赤くなった頬と乱れた金髪。翠玉の瞳には剣の様に危うい諸刃の正義感が光っている。
「か弱い少女相手にそんな魔法を向けるなど、許されざることだぞ!!」
タップダンス王太子レオンハルト、再降臨であった。