第30話.ショタコンの本探し
私の悔しさの叫びを聞いたジェフさんが大広間に飛び込んできて「不審者、取り逃がしました……」と伝えたら「それではもう屋敷内にはいないということですね?」と言われた。
その通りなのでガックリ頷くと「それでは公爵様に伝えなければ!」と言って走っていってしまった。
……職務に忠実な感じは大変よろしいんだけれど、私が黒幕だったりする可能性も考えて目を離さない方がいいと思うんだけどなぁ。
ああ、あれか……門外不出で秘伝の何かすんごい技を使ったであろう人(ジェフさんの視点では)なら信頼できる的な……?
いやいや、力はどんなに清らかなものでも使う人によっては邪悪の極みみたいになったりするんやで……それを忘れちゃ駄目だぞジェフさん……
悔しさと、疲労困憊な脳味噌のせいで上手く働かない頭が重くて、私は脳内でジェフさんに変な説教をしながら、ぐらりと後ろに倒れた。
あーー糖が足りない。誰か、糖を、脳の栄養を私に……マカロンでも可。
高い天井に吊られているシャンデリアが夜闇の中でも淡くキラキラ光っている。
なんかちょうきれい、という感想しか出てこない辺り、これは確実に脳味噌が仕事を放棄しているなと思った。
「おーい、大丈夫か?」
「のわーる」
「君、あんなこともできたんだな。流石俺の愛し子だ」
「あなたのじゃ、ない」
「はぁ……その状態でもそれは言うのか」
私を見下ろす位置に突然現れた闇の精霊は、この薄暗がりの中できらきらと妖しく黄金色の双眸を煌めかせていた。
「おばけに、にげられた」
「ほう?」
「こうしゃくさまに、どうせつめい、しよーかな……」
頭が働かん。駄目だ。
公爵には私が『精霊の愛し子』であることを伝えていないらしいから、そこを全力でぼかして説明しないときっと納得してもらえないよね。
あーどうしよう……と呻く私をじーっと面白げに見下ろしていたノワールは、やがて大きく溜め息を吐くと「少し待て」と言って消えていった。
何なんだ……まあいいや、考えるのも難しいし放っておこう……
皆が皆、捜索に夢中でバタバタしていたから、この豪邸全体を通った私の魔力に属性がほぼ乗っていなかったのは、多分バレなかったと思いたい。
けれど、公爵はあのジェラルディーンの父親である。彼女の目敏さ耳敏さが母親譲りであると誰かどうか言ってほしい。
使い慣れている水属性がほんのりとでも乗っていなかったかなぁ……そうだと助かるんだけど……
恐らく余裕で気づくだろうラタフィアとかにあとで訊いてみよう。
「アイリーン」
「んー……?」
眠くなってきたぞ、と目をこすったところへノワールが戻ってきた。
そして目を開ける間もなく口に何か甘いものが突っ込まれる。かつん、と彼の爪先が前歯に当たった。
「もっ?!」
「頭を使いすぎたとき、人間はこうするんだろう?」
「む、たしかに、そうだけど……」
口の中でコロコロ転がるこれはどうやら飴玉だ。べっこう飴を思い出す柔らかな甘みが、ぐったぐたに疲れた脳に直通でしみ渡る感じがする。
いったいどこからこれを……と思ったけど今はそんなことを気にする余裕がないくらい脳が糖を欲していた。仕方ない、ありがたくいただくことにする。
「あ゛~……」
「なかなかすごい声を出すなぁ君」
「すんごい疲れた」
でも飴のお陰で力が湧いてきた。むくりと身を起こし、ゆっくり立ち上がる。
「ノワール、飴ありがとう」
「おう。動けるようになって何よりだ」
さて、どうしよう。公爵のところへ行こうか、それとも動かない方がいいのか。こんな状況だし、勝手に行動したら不味いかもしれない。
「……しばらくここで待機するかな」
「そうか。なら、俺も人が来るまでここにいるとしよう」
「そう」
ジェフさん、早く戻ってきて。
ノワールと適当な雑談をしていて気づいたけれど、このままじゃ多分飴の糖分すぐに消費してまたフラフラになる。
ジェフさぁぁぁん……
―――――………
朝が来た。夜遅くまで活動していたから少し寝不足だけど、リオが天使のような声で起こしてくれただけでもう幸せの極みなので元気百倍である。
夜の内に不審者の捜索は打ち切られた。私が追っ払ったことを公爵に報告したからだ。
水属性魔法の応用で~、空気中の水分を使って~、とか色々厳しい言い訳混じりにした説明だったが、何とかなったと思う。
「優秀とは聞いていたが、本当に素晴らしい魔法技能を持っているようだな」
こんな褒め言葉を言われながら、うっすり細めた朱色の目で微笑まれちゃったけど何とかなったと思う。
「君のそれは人が多くいる場では、注意して使った方が良い」
加えてこんなことをコソッと耳打ちされちゃったけど何とかなったと思う!!
何とかなったと思わせてくれ……
そんなわけで、不審者 (生死不明)はここを出ていったということになり、このカントリー・ハウスには平和が戻ってきたのである。
邪神ファンに関する情報は整理し終えたので、今日はリオと一緒に図書室へやって来た。
「わぁ……これは、すごい」
「すごいよねぇ……」
リオは、ここがやべぇ不審者系オバケに絡まれた場所にもかかわらず、知的好奇心の方が勝ったようで特に気にすることもなくついてきた。
古いのと新しいのとが混ざっている紙の匂い。ふわりと掠めるインクの匂いに、良く磨かれた棚の木材の匂いが漂う。
知の結晶、いや知の宮城かな。ありとあらゆる知恵を宿した本の気配で、神域の様な厳かな気配すら感じられる。
難しいものを読むのは苦手だけど、頑張ればきっと何らかの知識を得られること間違いなし。リオにしっかりしたところを見せるためにも頑張るぞ。
リオは早速、火属性魔法についての書籍が並べられているらしい大棚へ突撃している。静まり返った図書室の中に、彼の軽やかな足音が響いた。その音すら可愛い。
私もふらふらとあちこち見渡しながら歩いてみる。水属性以外も使えると便利なのは分かりきっていることなので、色々な属性魔法について学びを深めたいなぁ。
あ、あとは『精霊の愛し子』についてもちょっと知りたい。
何せ『精霊の愛し子』は超レア生物なので研究とか、詳しい記録が全然残っていないんだ。あっても昔話的なやつがせいぜいってところ。
ちなみに私は四百年ぶりに生まれた『精霊の愛し子』らしいよ。すんごいね。百年に一度ですらないとかレアリティエグい。
そんなわけで、昨日の夜みたいに思い付いたことができちゃったぜ、とか分かりやすくチートな技能が他にもあるのなら知っておきたいと思ったわけ。
だって心臓狙われてるもんね。力があるに越したことはない。力こそパワー。
「……あ」
チラッと見た先の棚の端っこで、なんか超古ぼけた本見つけちゃったんだけど。しかもタイトルは、うーん、所々掠れてるけど『精霊……し子……こへ……たのか』って書いてある。
これ確定で『精霊の愛し子』関係の本でしょ。これで違ったら何だろう『精霊に迫られし子はどこへ蹴りを入れたのか』とかか? 何だそれ。ちなみにアンサーは脛です。
……いやいや、早くない? こう言うのって探して探して、結局最果ての荒れ地に隠れ住む老人とかを訪ねないとゲットできないんじゃないの??
捜索が一瞬で終了したので、あまりにも疑わしいと思って変なタイトルを考えたけど多分違うよね。精霊に蹴りを入れる奴なんて早々いないだろうし。
本当に『精霊の愛し子』関係の書籍ならとても良いし、精霊撃退系の本ならまあ良し。どちらでも時間の無駄にはならない。
その超古ぼけた本をそっと棚から抜き出す。下手したら一瞬でボロボロのバラバラになりそうな古ぼけ具合だからね。慎重に丁重に。
近くにあった席に移動して、机に本を置いてから椅子に座る。あまりにも古い埃の匂いに少し鼻を擦ってから意を決して本を開いた。
『精霊の愛し子たちは何処へ消えたのか』
最初のページには著者名もなく、ただそんなタイトルだけがぽつん、と書かれていた。




