第28話.ショタコンとその人の名は
夕方、図書室に行ったというリオの様子が少し変だった。何だか、もやっとしたものを一人で抱え込んでいるみたい。
夕食をいただきに行く前に、リオが気負わないよう努めて軽い感じで訊いてみたら「うん……」と沈んだ様子でポツポツと打ち明けてくれた。
「あのね、僕、図書室で、不思議な人に会ったの」
リオは頭の中で整理しながらゆっくり話しているから、それを邪魔しないように相槌は打たず頷くだけにとどめる。
「昔あったカローレっていう家の秘術のお話をしたんだけど……そのときに、その人がすごく、悲しそうな顔をしてて……」
秘術の話ができるなんて、その不思議な人とは何者だろう。このザハード公爵邸にいるのだから、関係者なんだろうけど……ううん、誰だろう。
「なんだか僕、悲しくて、それで、変なんだけど、なつかしい、みたいな気持ちになって……」
そこでリオは呻いてこちらへすててと近づいてくると私の腰にひしっと抱きついて顔を押し付けた。
「ぼく、へんだ……」
「リオはどうしてそう思うの?」
リオが泣きそうな声でそう言うものだから、余計に動揺させないように私は落ち着いた声で問いかける。
「……だって、会ったことも、ないのにへんだよ」
確かに会ったこともない相手を懐かしいと思ったら自分を少し疑うだろう。
私の場合は相手に興味がなくてこちらだけ知らないつもりってパターンもあるから要注意。けれど、リオの場合はそんなことないはず。
それに、こういうことってたまにあるよね。前世とかそう言うのが関係しているのかなぁと前世の記憶持ちは考えたりする。
「じゃあ、リオとその人は、ずーっと昔に会ったことがあるのかもしれないね」
「え……?」
困惑の声と共にリオが顔を上げる。その目は赤く、潤んでいた。やっぱり泣きそうだったみたい。
そりゃそうだ、七歳の小さな子が未知の感情に襲われたら、それがまるで自分のものではないみたいで不安にもなるだろう。
大丈夫、とその頭を優しく撫でる。
「もしかしたらリオがリオじゃなかった時かもしれない。リオがリオとして生まれるずっと前かも」
この世界にも「前世」という考え方は存在する。少し難しくても、賢いこの子なら理解できるはずだ。
「その人もその人じゃなかった、そんな、二人とも覚えていないずーっと昔に、会ったことがあるのかもよ」
「ずーっと、むかし……」
「それなら変じゃないと思わない?」
リオは私の言葉を聞いて、顔を伏せ、きょろきょろと考えるように菫色の瞳を動かしている。
思考を整理する場を邪魔してはいけないので、この間に私はその“不思議な人”の正体を考えることにした。
ザハード公爵邸にいる以上、公爵家の関係者で間違いないはず。
余所の家の失われた秘術について話せる魔法教養の持ち主だから使用人以外か、使用人の中でも高位の役職に就いている人だろう。
公爵家の関係者で私がその存在を知っていて、かつ姿と名前を知らないのは公爵夫人とジェラルディーンの弟だけ。
……夫人と弟どこ行った? 家族全員でカントリー・ハウスに帰省じゃないの??
リオが落ち着いたらどんな人だったか訊いてみよう。男の人ならジェリー弟、女の人ならジェリー母、と仮定して公爵にそれとなく質問しよう。
結局、私が「ジェリー叔父かジェリー叔母の可能性も……?」と考えているところでリオが顔を上げ「……お姉ちゃん、ありがとう」と言ってふにゃりと笑ったので、私はヴッと心臓を押さえつつ、良かったと呟くように答えたのであった。
―――――………
これはまずい。
リオが会ったのは前世の運命の人でもザハード公爵家の関係者でもなかった。
私は頭を抱えて「どうしよ」と途方にくれていた。
リオに訊いた「炎みたいなふわふわの長い髪」という特徴を添えて、そんな人いませんか、と公爵に訊ねたら「…………」とはちゃめちゃに苦い沈黙をいただいた。
「えっと……」
もしかしてこのカントリー・ハウスに軟禁している一族の闇とかだったりした?
「……ああ失礼。怖がらせてしまったな」
私がこれは消される、とカタカタ震え始めたのに気づいた公爵が苦笑して硬い表情を和らげてくれた。
「訊いてはいけないことでした、でしょうか……?」
やべぇ敬語に自信がねぇ。
「いや、そうではなくてな……」
私は椅子の上でもそもそ動く。リオは疲れてしまったと言うので早めに部屋に戻した。つまり公爵と一対一である。ぬばーーっ!!
「そういった特徴的な容姿の者はここにはいないのだ」
「え、そ、それってつまり」
「ああ。正体不明の、不審者ということになる」
これはまずい。
リオになんて伝えようか。
「警備に穴はなかったと思うのだがな……甘かったか……」
ブツブツと色々呟いた公爵が立ち上がってドアを開け、外に待機していた執事っぽいおじ様に何やら耳打ちした。
不審者かぁ……それはよろしくない。ここには今日を含めてあと二日、王太子が滞在しており、婚約者である公爵令嬢、その友人で王太子の側近とその妹の侯爵令嬢がいるのだ。
そして私の大切なリオがそんな人に遭遇し、更に悪いことに向こうから接触されたという大変駄目すぎる状況。
て言うか魔法教養のある不審者とかヤバのヤバのバでは??
「リオがいる君たちの部屋に衛兵を向かわせた。君のことは私が部屋まで送ろう。来たまえ」
「ありがとうございます」
差し出された手をとって立ち上がる。早くリオのところへ行かなきゃ。
……それにしても流石、エスコート慣れしてるなぁ。歩幅がかなり違うのに急ぎ足にならなくていいのは公爵が私に合わせて歩いてくれているからだろう。格好いい男っていうのはこういうのを言うのか。
そんな具合で公爵と一緒に部屋の前までやって来たら、ドアの前におしゃれな赤い制服の衛兵が立っていて、私たちに気づくとビシッと敬礼をした。
「ご無事であります」
「そうか。よし、アイリーン、君も部屋に入りなさい。ここはジェフに任せるから安心したまえ」
「ありがとうございます」
衛兵さんの名前はジェフさんと言うようだ。よろしくお願いします、と頭を下げておく。
「これからその不審な侵入者を捜索する。君たちは部屋から出ず、ドアも窓も開けてはいけない」
「はい」
「よろしい。では」
そう言って公爵は颯爽と歩き去っていった。私はジェフさんにもう一度ぺこりと頭を下げて部屋に入り、がちゃりと鍵をかける。
ベッドにいつもと変わらない様子で眠るリオの姿を確認したあと、窓の鍵も確認してようやく安心。ソファーにポスンと腰を下ろした。
まさか不審者だとは思わなかった。本当に、リオになんて言おう。
取り敢えず早く捕まってくれ。
リオに二人きりで接触したのだからもしかしたら犯罪者タイプのショタコンかもしれない。それは駄目だ。
私はベッドに入ったがこんな状況では眠ろうにも眠れず、ずっとリオの隣で寝っ転がっていた。




