第27話.ショタコンの隠しキャラ考察
話し合いが止まらない温室に、三人分の昼食が届けられた。ハッとして顔を上げれば、白い太陽が天頂に昇っていて、もうお昼なんだ、と私たちは顔を見合わせる。
お腹が空いていることに気づいたら、私のお腹は突然空腹を主張してでかい音を鳴らした。
いただきましょうか、と言う二人に恥ずかしさを誤魔化すように全力で頷いて、お昼休憩の時間になった。
「おいしい~」
手で簡単に食べられるメニューで、私たちが話し合いをしていることを知っているらしい厨房の気遣いを感じた。
チキンサンドおいしいな……
「あ、二人は手で食べるとか、気にしないの?」
ハッと気づいたから訊いてみる。
二人が慣れなくて居心地悪かったら嫌だからね。しっかりフォークとナイフで食べたいなら付き合うよ、と伝えた。
すると二人は目を丸くして、それから揃って苦笑する。
「わたくしたちは昔から幸いなことに家の仕事に関わらせてもらっていたから、忙しいときや集中したいときに、こういう食事はよく摂っていたの」
「簡単で助かるんです。ふふ」
「なるほどね! よかった」
私は安心してチキンサンドをもぐもぐやる。
幸いなことに、って言葉が出るくらいだから、世のお嬢様たちは家の仕事をやりたくてもやらせてもらえないことが多いのかな。
……家の仕事って、多分政務とか財務とかそういう系だよね? わぁ難しそう。
私は感心しながら、お淑やかにサンドイッチを食べる二人を見つめた。サンドイッチすら優雅に食べられるなんて、流石貴族令嬢だ。
昼食を終えて、止まっていた話を再開する。
「学園に送り込まれた邪神信徒の役目は恐らく貴方が本当に『精霊の愛し子』かどうか確かめることでしょう」
「あー……もうバレてる。それじゃあ今の仕事は私の隙を狙って誘拐、かな」
「弱みを握るための観察かもしれませんわよ」
なるほどなぁと私は頭を掻く。
「学園関係者を徹底して調べたのですけれど何も出ませんでしたわ」
「新任で、貴方に近づきやすい水寮の寮監であるナーシサス・ダグラスを疑っていたのだけれど……」
「あー」
深緑の長髪に、黒尖晶石の瞳を持つ美青年な先生の姿が頭に浮かぶ。超優しくて美形だから、女子生徒からキャーキャー言われてる人ね。
「幼い頃に母親を亡くし、学生時代に父親の不正で爵位剥奪、家は取り潰し。それでも必死に勉学に打ち込まれたようで、新種の魔生生物を発見し研究。その功績で、国王陛下から現在の姓を与えられたそうです」
「おわぁ。すごい壮絶、波乱万丈だね」
ん……?
壮絶で波乱万丈の人生?
悲劇に見舞われた幼少期?
これらのワードに覚えが……
あーーーっ!
前世の親友、ショタコン仲間の性癖じゃん!!
何やら他の調査対象についても話を続ける二人を他所に、私はぐるぐると考え始めた。
すっかり忘れていたんだけど、この世界のもとになった乙女ゲーム『月花と精霊のパラディーゾ』には隠しキャラのショタがいるんだよね。これ目当てで始めたんだけど結局トラ転よ。ひどすぎる、悲しい。
と言うのは置いといて。
ショタコン、ひらめいちゃったんだけどさぁ……この隠しキャラ、ダグラス先生の幼少期だったりしない?
ああ、それなりに根拠はあってさ?
前世の親友の性癖は波乱や悲劇に見舞われた薄幸の美ショタなわけ。
いい趣味してるよねぇ。だから犯罪臭がするんだ。
そんな親友が「この乙ゲーな、おまけの隠しキャラが最高なショタやねん」って言って推薦してきたんだよ……?
隠しキャラはリオじゃないかなぁって記憶を取り戻した頃は考えてた。でも、リオは輝かんばかりに幸せなショタだから、親友の性癖には刺さらないかなって思う。
なるほどなるほど、ダグラス先生(幼少期の姿)だったわけか。うん、だったらあのモブとは言えそうにない容姿も納得だ。
あーー、すっきりした。長らくあの先生の美貌が目に痛くて「生理的に無理」状態だったから、これからは「なるべく近寄りたくない」状態で授業を受けられる。
「アイリーン? 聞いていますか?」
「だっ、あっ、はいっ!!」
「聞いていなかったわね」
「おっしゃる通りで」
二人に苦笑と溜め息をいただいた私はへにょへにょと肩を落として謝った。それでも内心のスッキリ具合はうきうきとしている。
そんな感じで、私たちのお茶会は日が傾くまで続いた。
かなりの凄腕である公爵家と侯爵家の隠密たちが掴めなかったと言うことで、学園関係者に紛れ込んだ邪神ファンに関しては相当の手練れだろうから気を付けろ、とのこと。
頼むから私が学園に戻るまでに掴まれてくれよ……
―――――………
公爵に連れられて、広すぎる邸宅のあちこちを案内されていたリオは、今は図書室でじっと本を読んでいた。
ザハード公爵邸の図書室は、天井まで届く本棚が立ち並ぶような、素晴らしい規模である。
本のにおいに満ちた乾いた空気。大量の本が集まる場所特有の雰囲気がリオの知的好奇心をくすぐった。
足を踏み入れた途端リオは感動して「わぁぁ……」と声を漏らし、公爵はそれを微笑ましいものを見る穏やかな表情で見つめていた。
「好きに読むといい」
そう言われたのでリオは好きな本を選んで読み始めた。公爵は仕事がある、と言うことで途中で出ていった。
けれど、一人残されたことをリオは「信頼されているのだなぁ」と思って嬉しくなった。
広い図書室に、リオが本のページを繰る微かな音だけが染み入るように聞こえている。その音と、時折本棚の材木が立てる乾いたパキッという小さな音以外は、本当に静かな空間であった。
リオは手に持って読むのが難しい大きさをした『火属性魔法の歴史』を艶々の飴色に磨かれた机の上に広げて真剣に読んでいる。
このザハード公爵家は純粋な火属性を宿す名門だ。しかし以前にはもう一つ、ザハード公爵家を超える純粋な炎を宿した一族がいたらしい。
その一族は彼らにしか使うことのできない火属性魔法を持っていたそうだ。リオはその“特別な魔法”に興味を引かれ、その一族の名を呟く。
「カローレ家……」
「愚かな火の精霊に愛されたために、あわれにも滅びた一族だ」
「っ、誰?!」
突然話しかけられてリオはビクッと椅子の上で飛び上がった。気配もなく、声をかけられるまで気づけなかったことにリオは驚く。
その中性的な声の主は、リオがいる席から少し離れた本棚にかけられた梯子の途中に腰かけていた。
(きれいな人……お姉ちゃんに、雰囲気が似てる……)
浮世離れした様な儚げな美貌を持ちながら、生命力に溢れた活動的な面も持ち合わせている、そんなアイリーンによく似た不思議な気配。
まずリオの目を惹き付けたのは、黄と橙と赤を混ぜ合わせた様な――炎の様な色をして、ふわふわと揺らめく長髪である。
そして、その炎の如し髪に囲まれた白くほっそりとした硬質な美貌。全てが完璧に配置されたそこに収まる双眸は火花の黄金、縁取りのまつ毛も全て炎の色だった。
(ぽかぽかする)
突然リオはそんな温かい感覚に気づき、自分の体内を巡る火属性の魔力が、まるで喜んでいるかの様に輝きを増し、駆け回っていることを知る。
(何だろう、すごく、嬉しくて……)
リオの胸にふわふわと曖昧に浮かぶ感情の数々。小さな手で胸元を押さえ、驚きに菫色の目を見開いたまま、リオは最後に一つ“懐かしい”という感情を見つけた。
(……どうして?)
微かな混乱に揺らぐリオの瞳。そんな彼を複雑な感情を難しく宿した黄金の双眸で見つめていたその人が、ゆるりと口を開いた。
「……カローレの秘術が気になるか」
「え……あ、はい、気になります……」
この不思議な人はリオの問い掛けには答えずに話をするつもりらしい。
「何故気になる。その秘術を手に入れたとしたら、お前はどうするつもりだ?」
「どうする……」
その問いにリオは首を傾げ、そんなこと考えてもみなかったと答えに窮した。なので、その前の“何故”に答えることにする。
「気になるのは、知りたいからです」
「ほう」
「どんなものか分からないけれど、僕はただ、魔法を使う者の一人として、知りたいと思うだけなんです」
菫色の瞳に真っ直ぐ見つめられ、リオの答えを受け取ったその人は黄金色の双眸をうっすりと細めた。
「知的好奇心、か…………らしいことだ」
「え?」
「お前には関係ない話だ」
聞き取れなかった部分を訊こうとしたらばっさりと切り捨てられてしまった。リオは少し眉尻をしょぼんと下げたが気を取り直して「あの」と口を開く。
「あ、あなたは、その秘術を知っているんですか?」
「…………」
問われたその人は、沈黙してフッと視線をそらした。
「話せないなら……」
「知っている。だが……お前には教えられない」
「それは、僕がカローレ家の人ではないから?」
「…………あんなもの、失われてしかるべきなんだ」
リオの言葉には答えず、その人は低く唸るように呟いて、するりと梯子を下りると本棚の陰に消えてしまった。リオは慌てて立ち上がり「待って!」とその本棚の裏へ飛び込んだが、すでにそこには誰の姿もなかった。
「……どうして、あんな悲しい顔を……?」
あの人は誰だったのだろう。
リオは後で公爵に訊こう、と肩を落として本を広げてある席に戻った。




