第26話.ショタコンとマカロンと情報
うまーーーっ!!
何これ、はちゃめちゃに美味いぞ?!
マカロンなんて言う、お嬢様の食い物を食べたのは前世今世合わせてもこれが初めてなんだけど、これはすごい。
さくっとして、もちっとしている。
ふんわりと香る豊かな風味。
ほろほろと崩れていく甘い生地。
なんじゃこりゃ!!
手間がかかっているのが一瞬で分かるおいしさ。美味の極み。あまりのことに混乱して三つくらい無言で咀嚼したよね。
しかもよ、見た目まですごいときた。
濃いピンクに鮮やかなイエロー、優しいグリーン。穏やかなロイヤルホワイトと対照的な甘いブラウン。
それらが遠慮も躊躇いも無しに山盛りに積まれた可愛い大皿の様子と来たら、もう“映え”を超えて“萌え”なんだけど。
「お゛ぁぁ~……」
感嘆の鳴き声が漏れる。
これはすごい。ものすごく甘いけど、しつこくないから無限に食える。
カロリー? マカロンはふんわり軽いからゼロカロリーだよ、知ってるだろ。
「ふふ、そんなに気に入りましたの?」
「今の声、どこから出したのよ……」
「超美味……永遠に食っていたい……」
ラタフィアが笑い、ジェラルディーンは呆れた様に肩をすくめている。
仕方ないじゃんね。こんな、お金と手間がめっちゃかかったお菓子を食べたのは初めてなんだから。
「気に入ったのなら、滞在中のお茶請けには必ず入れるように厨房に伝えておくわ」
「ヒョッ?! ジェラルディーンありがとう大好き」
「食べ過ぎると太るわよ」
カロリーゼロだもん……
そんなわけで、私がもっちゃもっちゃとマカロンを頬張るスピードが落ち着いてきた頃に、真面目な顔になったジェラルディーンが「そろそろ話を始めましょう」と口を開いた。
会場はザハード公爵家の温室。
外では育てるのが難しい薔薇が多く育てられている。温度管理が徹底されているのでとても過ごしやすい場所だ。
夏季休暇中のリオの可愛さ百点満点生活に関してはもう、それはもう二人が引くくらいに語ってたから「?」と首を傾げたんだけど、ラタフィアは心得たように頷いているので、分かんないのは私だけらしい。
「貴方を狙う者たちについてよ」
「アッ」
「弟のことに夢中で、その話は何も出ませんでしたからねぇ。村が襲撃されていたと聞いておりますわよ」
えへへ……と苦笑い。だってリオが可愛いんだもん。
推しのことを声を大にして伝えたくなるのってオタクの性じゃん。リオは可愛いを極めた天使だから、ほぼ宗教と言える……つまり布教と言っても間違いじゃない。
私の夏季休暇前半戦はリオの可愛さを観察することに費やしていたと言っても過言じゃないと思うね。
「わたくしたちの方で人を使って調べたのだけれど、王都の外れの酒場で有益な情報を掴んだわ」
「ひょえ……それ本当?」
「ええ。行方不明になった殿下の護衛騎士が最後に目撃された場所よ」
マ? それ、国がまだ掴んでいない情報じゃない??
公爵家アンド侯爵家怖い。どんな隠密使ってるの? でも、味方になるととても心強いのは確か。
「三年前に、酔っ払って大騒ぎしていたらしいわ……『精霊の愛し子のせいで解雇された! あいつは悪魔だ!』なんて、馬鹿馬鹿しい話をね」
「は……? えっと……質問です、ジェラルディーンさん」
大混乱なんですけど。
けれど、取り乱してたら話が進まないから頑張って心を落ち着かせる。挙手して質問がある旨を告げると「何かしら?」と彼女は答える姿勢を見せてくれた。
「えーとまずは、私のせいかどうかは置いといて、その人、解雇されたの?」
「ええ、当時、城に戻ってすぐに」
「理由はその任務中に横柄な態度が目立ったこと……それで資質を問い直されたことが大きいですわ」
肩をすくめたジェラルディーンが解雇の事実を肯定し、ラタフィアが理由を教えてくれた。
なるほど私関係ないね!!
あの日の誰かってのは確定してないけれど、横柄さが目立ったのはリオに暴言を吐いた目節穴糞おっさんだけだから、多分そいつ。
クソなのでは?!
「次は……どうして『精霊の愛し子』って単語が出たのかなって。その場では、確かに言霊を使ったけど……」
「そうねぇ……」
私は、勿論リオや師匠もだけど、あの日あの場で「こんにちは、私は『精霊の愛し子』でっす(キラリーン☆)」みたいなことは絶対に言っていない。
じゃあ言霊の力からバレたか、と考えてみても『精霊の愛し子』の力って自分でも分からないことが多くあるくらい謎に満ちているから、目節穴糞おっさんが知っているかって言われたらちょっと怪しい。
「わたくしが思うに、よく分からないまま言ったんじゃないかしら?」
「へ? てきとーに『精霊の愛し子だ』って騒いだってこと?」
「ええ。話を聞く限り、その男に思慮深さは一欠片も感じられないわ。未知の力に遭遇して、恐怖した自分を宥めるためにそれらしい話を当てはめて安心したかったんでしょう」
「な、なるほど」
分からないでもない話だ。
例えとしては妖怪とかが浮かぶ。
あらゆる怖い出来事や不思議な出来事に形と名前を与えて「そういうものがいる」と考えることによって安心感を得るという話。
何なのか分からない、って状況が一番怖いから名前をつけて少しでも怖くなくそうって作戦だね。
うん、分からないでもない。
それが自分に恐ろしいほど関係してて、そのせいで現在心臓を狙われてなきゃ納得しちゃうし許せるよね。
現在進行形で心臓を狙われてるので納得しないし許せねーーっよ! クソが!!
「それがたまたま正解とは、何とも嫌な話ですわね」
「その場に居合わせた怪しい集団に連行されて、それきりみたいよ。間違いなく、情報を聞き出されて、殺されてしまったでしょうね」
「う゛ぁぁーーーっ!」
私は汚い声で叫び、頭を抱え、罪深いことにマカロンを三つ一気に口へ入れた。
「はふぁふぃあ、ふぁひひはっふぇ、ふぃうんあ……」
罪の味のため正確に発音できなかったが「私が、何したって、言うんだ……」と嘆いている。
どんなに目節穴糞なおっさんで、私の天使リオに暴言を吐いたとしても、そんなテキトー言ったがために酷い死に方をするなんてあまりにも惨い。
そんな他人の命を背負って生きることになったのも許しがたいけど、それでも、さぁ……
「落ち込むな、と言うのは無理な話でしょうけれど、元気を出してくださいアイリーン」
「う、うっ……」
「貴方も、その男も、運が悪かったとしか言えないわ。ほら……涙を拭きなさい」
私の情報のために殺された命がある。
その事実が私には重すぎて、耐えきれなくてぼろぼろ泣いた。
二人が肩と背中を擦って言葉をかけてくれるけど、ジェラルディーンが差し出してくれたハンカチは濡れるばかり。
「過去のことは変えられない。だから、この先そんな悲劇を起こさないために、考えましょうアイリーン」
「うっ……うん、かんがえる……わたし、まけないって、きめたから」
「貴方は一人じゃありませんもの。私たちも含めて、皆がついております」
「うん、うんっ……ありがとう」
私はごしごし涙を拭いた。
泣いてはいられない。私には、助けてくれる人たちと、自分を助ける力がある。
もう二度とこんな思いをしないように。
「よし……もう大丈夫。続けられるよ」
二人が頷いて、話が再開した。
お茶請けの甘みが心を落ち着かせる力になる。私は目元を赤くしたまま、マカロンを頬張った。




