第25話.ショタコンと朝の時間
今日はジェラルディーンとラタフィアとお喋りするぞー!!
と言うわけで……
ジョニーの悪夢のせいで非常に早起きしたので、朝露にしっとりした庭を少し散歩して心を整え、落ち着いて朝食の席に顔を出すことができるようにしよう。
少しひんやりした空気に香る薔薇のにおいが甘くてとても心地がよい。
色々な種類があるみたいで見ていて楽しく、定期的にふわふわと横切る蝶や飛び去る小鳥が視界を更に彩る。
「……あ」
一際大きな紅薔薇に、黒紫の大きな蝶がゆったりと翅を休めていた。そこだけなんか世界観が違う。
「ノワール」
「おはよう、俺の愛し子よ」
呼び掛ければ空気にふわりと解ける黒蝶。そして瞬きの間に、そこには闇の精霊が妖しく微笑んで立っていた。
「貴方のじゃない。おはよう」
「ふふ、つれないな」
うっすりと細められる黄金色の双眸。ふわふわと近寄ってくる彼に「近寄んな」と言い、三歩下がって腕を組む。
「出てきたってことは、何か用事があるんでしょ」
「……はぁ。本当につれないな、君は」
なるべく出てこないようにしてくれている彼がわざわざ私の目につくところへ出てきたんだから用事はあるでしょ。
やれやれ、と肩を竦めたノワールは「まあその通りなんだが……」と答える。
「村の方を見てきたが、奴らの襲撃はピタリと止んでいた」
「うーん……諦めた、のかな? それともこっちに来るのかな?」
「分からん。とにかく警戒はしておくことだな。こうもぴったり止まると不気味だ」
「うん……」
やだなー怖いなー。
平和が一番だよ。心臓のためにも。
「何があっても、君だけは必ず守る」
「えっ、私じゃなくてリオを最優先してくれる??」
それとジェラルディーンとラタフィアもね。とにかく私以外の人を優先して助けてほしいんだけど。
「あのなぁ……」
「何さ」
「君の心臓が奴らの手に渡れば、世界が壊れるんだ。君の守りたい者たちも死んでしまうぞ」
「ぐっ……確かに」
呻く。本当にその通りだ。
なんちゅうけったいな心臓を持って生まれてしまったんだ私は……
「なあ、君」
「何」
私がぷっくり膨れていたら、急にノワールが落ち着いた声音で呼び掛けてきた。
顔を上げると思いの外近くに人外の美貌があり、私は思わず「ぅぇっ!」とのけ反ってしまう。そんな私にノワールは溜め息を吐き、そっと手を伸ばしてきた。
「……俺と共に来れば、こんなふうに悩まなくて済むぞ。奴らに踏み込まれることのない俺の領域に、君を連れていってやる」
頬に触れる冷たい手。壊れ物を触るような仕草と共に言われた言葉は乞う様な、縋る様な色を帯びていた。
「だから……俺と、来ないかアイリーン」
人ならざるものに名前を握られる不思議な感覚。魔力じゃない力が柔く働いて、私の心を動かそうとしていた。
私は少し眉をひそめ、満月を映した様な彼の黄金色の瞳を真っ直ぐ見つめ返す。
「ノワール……」
呟くように答えた私は、そっと手を伸ばしてノワールの形の良い鼻をキュムッと摘まんだ。
「ぬぁっ?!」
変な声を上げて目を見開いた彼からさくさく距離をとり、ふふんと挑戦的に笑い、腕を組んでノワールを振り返る。
「行かない。私は私の守りたいものを守るために力をつけたんだから」
ノワールが唇を引き結び、複雑な表情を浮かべてこちらを見ている。
「その力は、使わなくていいならなるべく使いたくない……けど、使うことになるなら私は、私の大切な人たちのそばで、その人たちを守るために使う」
「…………」
「だから、行かないよ」
そうして私とノワールはしばらく黙して見つめ合っていた。睨み合いにも近しい沈黙だったと思う。
やがて、ノワールが大きな溜め息を吐いて肩を竦め「分かった」と言い、首を横に振った。
「本当に仕方がないな、君は……」
そう呟いて、ノワールはふわりと蝶の姿に戻るとふよふよ飛び去っていった。それを見送り、私は踵を返してお屋敷に戻る道を歩き始めた。
―――――………
散歩のかいあってか、落ち着いて朝食の席に顔を出すことができた。部屋に戻ったときにすでに起きていたリオと共にやって来た私へ、公爵が「おはよう」と声をかけてくる。
私の隣で挨拶を返すリオ。可愛い。さてさて、今日の朝ごはんは何かな。
「あっ、お姉ちゃん」
「ん?」
「マッシュポテトがあるよ!」
ンヒャーーッ!!
こそこそと耳打ちしてくるから何かと思ったら、大きなテーブルに私の好物を見つけたことを教えてくれたリオ。
可愛いかよ。可愛いだわ。
「むふっ……ごほん、ふふ、嬉しいなぁ」
「やったねぇ、お姉ちゃん」
「んにぃっ」
くふふと笑う弟が可愛すぎて変な声が出た。仕方ないね、リオが尊いを極めた最高の可愛さを惜しげもなく披露してくるんだもの。
そんなこんなで始まった朝食。
もりもりとオムレツを頬張るリオを温かな目で見ていた公爵が、リオの口の中が空になるタイミングを見計らって声をかけてきた。
「リオ、あとで私のところへ来たまえ。図書室と訓練所を案内しよう」
「はい! よろしくおねがいします!!」
リオは菫色の双眸をきらきらさせて元気よく返事をした。んーっ、いい子!!
そして私にはジェラルディーンが声をかけてきた。
「アイリーン、貴方はわたくしたちのところへ。お話をしましょう」
「分かったー!」
やったー、と笑う私に向けてジェラルディーンはふわりと柔らかく微笑んだ。
エッ、めちゃくちゃ穏やか聖母スマイルじゃん。なになに、昨晩何があったの?!
しかもレオンハルトがジェラルディーンを見る目もなんかめっちゃ優しい!!
ひょえーーーっ! 昨晩の何か良い感じってこれか、これだったかっ!!
「ふふ、たくさんお話を聞かせてくださいね」
ラタフィアがおっとりと笑ってそう言った。こっくり頷けば「楽しみです」と返ってくる。
いつメンだから慣れたもんだけど、公爵令嬢と侯爵令嬢の間に突撃していく平民って客観的に見たときの絵面がすごいな!
今更気にしないけどな!!
そう言うわけで、私とリオは食後にお互い「楽しんでね」と声を掛け合って各々の予定へと足を進めた。
貫禄のある美中年と並んでも輝くリオの後ろ姿。何やら言葉を交わしては楽しそうに微笑んでいる横顔の尊さ。
そこだけ空気がきらきら輝いている。まあ、リオがいるからね、輝いちゃうのも仕方ないか。んふふ。
お姉ちゃんは貴方が誇らしいよ。
鼻血出そう、と思っていたらジェラルディーンに「だらしない顔をするものではないわ」と言われてしまった。
すまん、どうもリオのこととなるとショタコンの表情筋はゆるっゆるになるみたいで。
取りあえずリオのことは公爵に任せ、私は私で楽しむことにしよう!




