第22話.ショタコンの旅路と進歩
あんなことを言ったばっかりに。
男は、いや、かつて男だったモノは、終わりのない暗闇の中で後悔を続けていた。
あんなことを言ったばっかりに。
気の狂うような年月をここで過ごしていると思う。その実気は狂っていて、それを自覚しているから重ねて狂う。
無限の黒と言うものは恐ろしいもので、いとも容易く人の心を呑み込んで、個というものを失わせ、あるかないかの瀬戸際の意識を狂わせる。
そして後悔ばかりがその狂気の中にぽっかりと、泡沫のように浮かんでは消えていくのだ。
あんなことを言ったばっかりに。
死を許されぬ暗闇の中、人間だったモノは、永遠の責め苦を受けることになったのだ。
精霊の愛し子……そんなもの、想像で言っただけの戯れ言のつもりだったのに。
恨め恨めと暗闇が歌う。
燃え上がる憎悪こそ、光を呑む闇の糧。
黒に呑まれた永遠の中で、狂ったモノは後悔を続ける。いつまでもいつまでも、完全なる消滅を迎えるまで。
―――――………
はーい、宿屋のアイリーンでーす。
私は現在、村を出てから三つ目の宿場町におりまーす。
とってもおしゃれなお宿、この宿場町一番の大きさで、あちこちに手や気遣いが行き届いていてすごく居心地がいい。
そして流石、王室御用達。
ご飯がものすごく美味しい。
更に言えば無料なので庶民的には更に美味しい。
私とリオに用意された部屋で運ばれてきた食事を楽しむ。食事も個室なのは本当にありがたい。
リオが鴨肉のローストを気に入ったようなので私のお皿から少し分ける。嬉しそうに「ありがとう!」と言って食べるリオが可愛いオブ可愛い。
私は私でお馴染みのマッシュポテトをもりもり食らっている。途方もなく美味しいんだなこれが。
「今日は楽しかったねぇ、お姉ちゃん」
「そうだね。特に噴水のとこなんて、すんごく綺麗だった」
「そう!」
この宿場町の名物に『精霊たちの噴水』って言うのがあって、耳が尖った美しい人の姿をした白い彫像が並ぶ大きな噴水なんだけど、本当に綺麗で素敵だった。
本物の精霊を知っている身としては(と言ってもノワールだけだけど)再現率がとても高くて「もしや彫刻家は精霊の友達とかだったの……?」と思ったね。
少し離れたところから護衛の騎士さんに見守られていたけれど存分に満喫できた。
「あと屋台の串焼き。超美味しかった」
「美味しかったねぇ、ふふ」
私は甘辛のタレの串、リオは塩味を食べた。分かりやすく言っちゃえば焼き鳥。ただし、お肉がかなり大きくて一本で満足できる。最高だ。
パンをちぎってシチューに浸し、もしゃもしゃいただきながら、にこにこと今日の思い出を話しているリオを眺める。
次から次へと話したいことが浮かぶらしく、彼の菫色の瞳はキラキラと輝き続けていた。
はぁ~っ、愛しの弟とこんな素敵な旅行を楽しめるとか……幸せの極みすぎていつ死んでも……いや、もう少し堪能させてほしいから死ねねぇな……うん。
お風呂は部屋に完備。それをリオと交代で使い、大きなベッドで二人で眠る。
あー最高。極楽はここにあったのだ。
―――――………
私たちの旅はとても平和に進んだ。
強いて言うならリオが可愛すぎて、私の心だけは常に荒ぶっていたけれど、山賊とか邪神ファンに襲われることもなく、西の道を進むことができた。
「アイリーン、少しいいか」
「はい、何か?」
道の途中で馬を休ませ、私たちも新鮮な空気を吸うために休憩をとっていたときレオンハルトがやって来て何やらモニョモニョと話しかけてきた。
ちなみに、私はこの旅行における彼の気遣いにすごい成長とありがたさを感じていたので彼への当たりが和らいでいる。
恐らく二人でしたい話なんだな、と察したリオが草原へ駆け出していった。ギルバートが追いかけていったので心配はないと思う。
レオンハルトを見上げれば、彼は草原に視線を投げて(リオを見ているようだ。可愛いよね、あの子。私の弟です)それから私を見下ろしてきた。
「その、少し訊いてもいいか。ジェラルディーンのことなんだが……」
「私の答えられることなら」
きょろ、きょろ、と所在なさげに動く翠玉の瞳。落ち着きなく金の髪を触る指。これは、もしや、うーん、どうだろう?
「俺は、その……」
私は黙ってレオンハルトの言葉を待つ。
「ジェラルディーンに、好かれているのだろうか……?」
おおおおっ!!
これは、すごいことなのでは?!
自信無さげに佇み、それでも目をそらさず私の答えを待つレオンハルトを見上げ、私は内心ドンドンドコドコお祭り騒ぎである。
だってこれさ、レオンハルトが自分の気持ちに気づき始めた上に、私やジェラルディーンへの気持ちを整理し始めたってことじゃない?
大成長おめでとうございますな上に、ヒロイン補正の呪い一つさようなら案件やったぜでは?!
やっふーーーっ!!!
「アイリーン……?」
ハッ、忘れてた。心のお祭りのせいで目の前のレオンハルト、放置だったじゃん。
「ああ、うーん、私から断定するようなことは言いにくいんですけれど……殿下が不安に思われる必要はないと思いますよ」
「そう、だろうか」
「はい。何なら、本人に直接訊いてみればいいんじゃないですか?」
「っそれは…………そうだな、訊くべきだ」
おおお……感動。
勇気を振り絞る王太子殿下に乾杯。
私はにっこり笑って「きっと大丈夫」と確信をもって言う。するとレオンハルトは少し自信の無さそうな、それでも嬉しそうな顔で笑い返してきた。
「リオー、もういいよー!」
「はーい!」
呼び掛けると草原で色とりどりの蝶(よく見ると黒紫水晶色の蝶が紛れている)を追いかけていたリオが走って帰ってきた。
リオを見ていてくれたギルバートも一緒に戻ってくる。
「お姉ちゃん、ちょうちょがたくさんいたよ!」
「そうだねぇ、ふふ」
あー可愛い……語彙力の溶ける可愛さ。
「そろそろ出発しましょう。ザハード公爵領はあと少しですよ」
「そうだな」
「この旅もあと少し、そう思うと少々寂しいですね、アイリーン」
ヴッ、ヒロイン補正の呪いがさようならしていない人の笑顔が……私は「ソウデスネェ」と薄く微笑んだ。
「さあ、行きますか」
「アイリーン、感謝する。お前のお陰で少し勇気が出た」
「いえいえ」
ギルバートが出発を馬車の場所に残っている人たちに告げに行く。レオンハルトはそれを追い、私はリオの手を引いて歩き出した。
目的地は目の前。
もう少しでジェラルディーンに会えるぞー!!




