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第13話.ショタコンの覚醒


 さて、ショタコンじじい爆誕は横へ置いておき。私の修行二日目スタートである。

 今日中にコツなり何なりを掴まないと、明日が三日目だからかなりまずい。


 私は密やかに焦っていた。

 昨晩も寝落ちするまでずっと考え込んでいたのである。なので朝起きたときは相当酷い顔をしているだろうと思ったのだが、鏡を見たらそんなことはなかった。

 少し憂いを帯びたヒロイン(ヅラ)であった。何だこの超常現象。


 昨日と同じようにリオを後ろに師匠と向き合う。こちらに杖を向けて口を開いた師匠に、昨晩考えていたことの一つを訊くことにした。


「師匠!!」


「何じゃ?!『水球』よ!」


 宙から練り上げられる様にして生まれ、こちらに飛来する水球。と同時にやり取りされるやけに勢いの良い師弟の言葉。


「オラァッ!! あの、その叫んでるのがもしかして鍵言(けんげん)ですか?!」


「だからそれはただの拳じゃ愚か者! その通りじゃがどうした?!」


「なるほど!!」


「だから何じゃ?!『水球』!」


「オラァッ!!」


「だから……っ!『水球』六弾!!」


「そんなこともできるんですかっ!!」


「できる!! 蹴っても同じじゃ!!」


 そこまで叫んだ師匠は肩で息をして魔法を止めた。私も大きく息を吐いて、びしょびしょになった手足を適当に振る。


 ヒロインにあるまじき掛け声で水球を破壊していく私を見ても、後ろのリオはキャッキャと喜び「おねえちゃんかっこいい」と言ってくれた。かなり嬉しい。


「アイリーン。お主、やる気はあるんじゃろう?」


「その通りですよ師匠!」


「はぁ……荒療治じゃが、致し方あるまい」


「ん? 何ですか、聞こえませんでした」


「『海波』!!」


「んん? かいは、とは」


 その時地が震えた。リオがよろけたので取り敢えず支え、魔力を放つことは体感で覚えたので、大気に放った自身の魔力で震源地を探る。


 震源地、師匠じゃん!!


 何と、この揺れを起こしているのは師匠であった。もっと詳しく言えば師匠の魔力なのだが。

 何だろう嫌な予感がするぞ、と辺りを見渡すとざわざわと大気中の魔力が師匠の方へ集中するのを感じた。

 それらは途中で師匠の魔力と絡み合い、爽やかな海洋の気配と潮の香りに転じた。


 あ……


 師匠の背後にザァザァと立ち上がっていく青い水壁を見て、私は何が起きようとしているのか察した。


「師匠、それはまずいです!!」


「大丈夫、お主なら何とかできるはずじゃから」


「駄目……環境破壊とか、ほら、塩害になるじゃないですか」


「ならぬよ。わしはそんなヘマはせん」


 鎌首をもたげた大蛇の様な巨大な海水の壁を見上げ、私は心の中の混乱を鎮めようと必死になっていた。


 混乱していてはできるものもできない。流石にあれは、濡れるだけじゃ済まないと直感が告げている。

 取り敢えず混乱を無理矢理追い出し、こんな無茶振りをしてくる師匠への怒りを後釜に据えてみた。


 あああ駄目だ、怒ってると手が出そう。


 いつから自分はこんな脳筋に、と嘆かわしく思うと怒りが去っていく。その空席に混乱が戻ってこようとしたとき、師匠が杖を振り下ろした。


 それは魔法が襲いかかってくる合図。

 つまり、海水の壁が私たちを呑み込むってことで。


 混乱は足を止め、静まり返った心の中にポツンと聞き慣れた声が響いた。



――あたしさ、最高ドストライクのショタと一緒に難破したとしたら、ショタを抱えて岸まで泳げる気がする――



 うん。ほんとにね。私も、多分できる。


 静寂を保った心のまま、私は迫る水壁をじっと睨んだ。


――だってあたしら、ショタを愛でることが生き甲斐だもん。守れなきゃ、生きてる価値無いよね――


 溶けてしまいそうに熱く、双眸に魔力がこもる確かな感覚。守れ、とたった一つの目的が、意志が、不可視の鋭刃として宙を駆けた。



―――――………



 サラジュードは人生最後と決めた弟子とその愛らしい弟を見つめながら、胸が痛むのを必死に堪えて水属性上級魔法『海波』を放った。

 アイリーンが間に合わなければ、途中から水壁を左右に分けることはできる。だが彼はアイリーンの限界に迫ることに決めていた。


 追い込まれなければできない者は、サラジュードが今まで教えてきた子供たちの中にも何人かいた。

 そんな時、サラジュードは痛む胸を押さえて乱暴な手段をとったものである。


 アイリーンは典型的な追い込まれ覚醒型だろうと思った。

 弟の身が危険に晒された時、自身の中にある未知の力を制御し、上手く使ったあの手腕。

 追い込まれずとも使えればどれだけ良かったか、とサラジュードは内心何度も溜め息を吐いた。


 彼が杖を振り下ろし『海波』が二人の方へ傾いた時、アイリーンは美しい琥珀の双眸を見開いて迫る水壁を見上げた。

 不意に吹き抜けた風が銀の長髪を揺らしていく。白磁の様な頬からさーっと色が抜けて、徐々に青褪めていくのが見えた。


(駄目か)


 そう思いサラジュードが杖を握り直した時、変化は起こった。


 それまで辺りへ散漫に放出されていたアイリーンの澄んだ魔力が、彼女の身体の中心へ集まっていく。

 長いまつ毛に縁取られた瞳に、ぼんやりと魔力の光が宿った。蕩ける様な琥珀色が次第に燦然と煌めく黄金(こがね)色に変化していく。


(あ、あれは……)


 大気が震えた。いや、サラジュードがそう感じただけで実際は大気中の魔力が、精霊が歓喜にうち震えたのである。


 直後、黄金色の双眸から不可視の魔力の刃が放たれた。それは『海波』に突き刺さると、内側からサラジュードの魔力を喰い始め、属性を奪って、大気へと魔法を(ほど)いていった。


(なんと……なんと美しい……)


 瞬きの間に『海波』は解かれ、姿を消した。辺りには精霊たちの歓喜の余韻が、ほんわりとした気配として心地よく満ちている。


 その真ん中で、アイリーンはしばらく宙を見つめてぼーっとしていた。

 その間に双眸からは魔力の輝きが去り、元のまろい琥珀色に戻る。彼女にしがみついていたリオは、突然消えた水壁にきょとんとしていた。


 そしてアイリーンはゆっくりと目を閉じた。戸惑いの裏に、寂寥と哀愁の色を滲ませた瞳が再び現れた時、(まなじり)からつーっと一筋、ひどく美しい涙が落ちた。


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