第20話.ショタコンへお手紙
潜伏邪神ファンについて師匠とリオに話したあと、レオンハルトに呼び止められた私は一通の手紙を受け取ることになった。
「これは?」
「ジェラルディーンからだ」
「わあっ! ありがとうございます!」
これは早く読まねば。
いえーい、と手紙を掲げて踊り出しそうな私を見ていたレオンハルトが何やら「しばらくこの村にいる」とか「だから時間があったら」とか色々言っていたけれど、取りあえずそろそろ帰らせてもらおう。
「じゃあ、私たち帰りますので!」
「あ、ああ」
「さ、リオ、行こう!」
「うん!」
リオの手をとり、師匠に挨拶をして私は駆け出した。
―――――………
夕飯を終えて自室に転がった私は、師匠宅周辺の森の中に飛ばした水を通して他に潜伏邪神ファンがいないかを探す。
何故わざわざ暗くて見えづらい夜にやるのかって? ふふん、潜伏してる奴って夜に動くもんじゃないのーと思ったからさ。
電灯のある現代日本と違ってここは近世的な文明レベルのド田舎。だからこそって言うのかな、あまり鬱蒼としていないあの森なら、星明かり月明かりで結構見えるもんだよ。
それに今世の私は目への刺激が少ない田舎育ちで目が最高に良い。余裕余裕。
「んー……」
目を閉じ、頭の中にいくつものスクリーンを作る様子をイメージする。それから森の中を漂う水の粒たちをそれに接続して映像を……――――
「っ、よし、見えてきた」
森の中の景色が脳に届けられる。
青々と暗い。よく見知った森でも、夜の姿というのは慣れなくて緊張感があった。
あ、鹿。くっ、邪神ファンじゃなくてお前だったらな……おいしくいただいたのに。
気を取り直してあちこちを巡回する。
今頃師匠も同じようなことをしているだろうから、師匠の水と衝突しないように気を付けなきゃ。
同じような魔法を使っている者同士でぶつかると映像が意識と一緒に混線したりするから。
「うおっ、葉っぱの裏だ……こっちは木に衝突してる……難しいな……」
あーっ、脳味噌使ってる感がすごい。
これは糖分求む、だわ。
意識をいくつにも分けて水を動かしながらその大量の視界をたった一つの脳味噌で処理してるんだからね。
やってることが素直にえぐいと思う。私すごい。
「あと少しがんばろー……」
結局一時間半くらい森を見て回ったけれど、怪しい人影は見つからなかった。
「つかれた」
めちゃめちゃに脳が疲れた。自分へのごほうびにジェラルディーンのお手紙を読もう。
ベッドの上でぐんにゃりしたまま、私はテーブルに置いていたジェラルディーンの手紙を手に取った。
「んふふ……なになに……」
流麗な文字が並ぶ便箋を広げる。ふわりと香る薔薇のにおい。とてもおしゃれだ。
『殿下伝いに届けてしまって、もしかしたら驚かせたかしら。だとしたらごめんなさいね。
貴方は何事もなく過ごしているかしら。わたくしは元気にしているわよ。夏の社交界も落ち着いてきて、今は王都を出てザハード領のカントリー・ハウスにいるわ。
色々と噂を聞いたわ。それでラタフィアと考えたのだけれど、夏季休暇の残りをわたくしのところで過ごすのはどうかしら?
勿論貴方の意思を尊重するけれど、こちらの方が危険性は低いと思うの。
貴方が大切にしているという弟も連れてきて構わないから。少し、考えてみてちょうだい。
殿下はしばらくそこに滞在したあと、ザハード領へいらっしゃるわ。貴方が来てくれると言うなら一緒に、とおっしゃってくださっているから、この返事は殿下へ。』
手紙を閉じる。
なるほど、どうしよう。
色々と噂をって流石貴族。こんなド田舎の邪神ファン祭(たっくさん来るという意味で)について知ってるとは。
暗部的な、隠密的なやつを、雇っているのかなぁ。
師匠はお誘いがあるようだったら行った方がいい、みたいなことを言ってたよね。
確かに結界を張ったとは言え、村の人たちを巻き込み続けるのはなぁ。
しかもリオのことまで。
ジェリーさん分かってるじゃん……いいのか、そんな許可されたら、うちの可愛い弟を連れてって自慢しまくっちゃうぞ。
「うーん、よし」
これはまずリオに訊こう。
私の友達で、火属性がめちゃめちゃ強い家系の人だよって言ったら、向上心に溢れる彼はすぐに頷きそうな気がするけど。
「リオ~」
「お姉ちゃん、どうしたの? っ、もしかして森に……」
「ううん違うよ。森にはもう誰もいなそうだった。ええとね、お姉ちゃんのお友達からね……」
私の予想通り、話を聞いたリオは「お勉強できるかな」と顔を輝かせて頷き「安全そうだし、僕も安心できるよ」と柔らかく微笑んだ。
ヴッ……その微笑み、シャイニング……
そのまま二人で父さんと母さんに話をしに行って「それなら行ってきなさい」と許可をもらった。
「私たちはサラジュード先生がいるから大丈夫よ」
「家のことは心配しなくていい」
「ありがとう、二人とも」
よし、明日になったら師匠に話をして、それからレオンハルトのところへ返事を伝えに行こう。
王都の西方に位置するザハード公爵領までレオンハルトとギルバートと一緒に移動するんだと考えると少し気が重いけれど、こういう状況だから仕方ないよね。
安全第一。心の平穏は犠牲になるのだ。
私はリオと一緒にベッドに入り、ラタフィアやジェラルディーンのことを話して聞かせた。
リオはとてもお行儀が良くていい子だから、きっと彼女らもすぐにこの子を好きになるだろう。
夏の小旅行、危険から逃れるためのものとは言え楽しみだな。
私はそう思いながら、健やかな寝息をたて始めたリオの髪のにおいをスーーッと盛大に吸い、幸せな気持ちで眠りについた。




