第18話.ショタコンと森歩き
師匠たち、何の話してるんだろうな。ド真面目な話に違いないけれど、好奇心旺盛な身としては非常に気になる。
とは言え機密事項は機密事項。大人しく外へ出た私とリオは師匠宅前の庭に座り、魔法の霧状傘で暑さを避けつつぼんやりしていた。
「……お姉ちゃんの言ってた通り、あの人、かわったみたいだ、ね」
「ん……そうだねぇ」
隣で小さな火を色々な形に変える練習をしていたリオがそう呟いたので、私は霧の向こうにぼんやりと輝く太陽を見上げながら頷く。
リオの手の中で小さな火が風もないのにゆらりと揺れた。
「……お姉ちゃん……ううん、何でもない」
「?」
リオらしくない様子に驚いて、隣に座る彼の顔を見る。リオは少し私から顔をそらして手の中の火を見ていた。
その表情は一見して普段と変わらない。
けど、私の目は誤魔化せないぞ。
「どうしたの、リオ。気になることがあるなら言ってごらん?」
薄紅色の可愛い唇がほんの少し、つん、と可愛らしく尖っているし、常に姿勢が良いこの子にしては背筋が曲がっている。
これは何かあるに違いない。可愛いリオの憂いは可能な限り取り除かなければショタコンの名折れ、姉の名折れ。
さあ、お姉さんに話してごらん!!
小首を傾げて問いかけた私を、リオはちらりと菫色の瞳で見た。ちょっと眉を寄せたそう言う表情もまた良し……ごほん、やはりこれは何かある。
やがて、リオは長いまつ毛を伏せ、芝生の上に投げ出していた私の手にそろりと自分の手を重ねて呟いた。
「……どこへも、行かないで。僕のそばにいてね」
「…………」
私は何も言わずにリオの細い指に自分の指を絡める。リオの小さな手は微かに震えていた。
慣れないことがあったから、急に不安になったのかな。
私は身体をリオに寄せて「大丈夫」と小さな声で答える。頷いて頭をすり寄せてくるリオに、私はもう一度大丈夫と繰り返した。
ガチャ、とドアが開く音がしたので師匠宅の方を振り返ると、レオンハルトとギルバートが出てきたところであった。
そのあとから師匠も出てきたので、その顔を見て特に問題なくお話は済んだのであろうと推測する。
「待たせたな、アイリーン」
「いいえ」
貴方を待ってた訳じゃないからね、別にいいよ、霧の傘があるから涼しいし。
すたすたとこちらへやって来た三人。私は立ち上がって「さあとっととお帰りなさいまし」的なことを考えながら見送りの心構えをする。
「アイリーン、少し、時間を貰えないだろうか」
「え」
「久々だから、お前と話したい」
「は」
「駄目だろうか」
圧倒的駄目です。
レオンハルトがそんなことを言い出すもんだから、師匠の眉間にしわが寄ったし、リオが私のスカートの裾をキュッと握り締めたぞ。
「頼む」
「…………」
助けを求めてチラッと見てみたけど、止めてくれそうなギルバートはニコニコしていて役に立たない。
創立祭の時はうるせぇ、シャラップ、サイレンスと言いましたけれどこういう時は是非よろしくラウドボイス。
固まる空気、冷える空気。気まずいの極みであるが頷く気はねぇ。
護衛の皆さんも困った感じでそわそわしてんじゃん。大人しく帰ってけろ。こちらこそ頼むから。
私が微妙な表情で答えずに見つめ返していると、レオンハルトの翠玉の双眸がふるふると不安げな様子で微かに揺れ始める。
どこの子犬よ。多分正面から見てないと分かんないレベルの微かさだけど、王子がそれは駄目だろ。
護衛筆頭ギルバートさん? ニコニコしてないで何とかしてくださいよ。
「それではアイリーン。私も入れて三人でというのはどうでしょう?」
「ギル」
「アッ、なら二人でいいです」
「!」
こらそこキラキラするな。
ギルバートの提案は、まあ本気じゃなくて私に頷かせるためのものだろう。
攻略対象二人とお話しなんて地獄、お断りだ。ならばまだ一人の方がいいし、レオンハルトならそれなりに操縦が可能だ。ギルバートは優雅な暴走特急な時があるので対応するなら一対一がいい。
リオが私を見上げて、声もなく「だいじょうぶ?」と問いかけてくる。お姉ちゃんは全然大丈夫じゃないです。
キラキラフェイスの王太子殿下の視線を受けて、私は頭痛をこらえながら癒しを求めてリオの手を握ったのであった。
―――――………
レオンハルトが「二人にしてくれ」と言って護衛を断りやがったので(護衛さんたちの仕事奪うなやこの野郎)私は彼と二人っきりで森の中を歩いている。
「ここは静かでいいところだな」
「そうですね」
普段は走ってばかりだから、静かな森を行くのは少し新鮮だ。あ、一昨日私が足を引っ掛けた倒木発見。
「王宮はいつも何らかの騒がしさがあるからな……ここはとても落ち着く」
「そうですか」
そう言えばこの森、定期的にでっかい獣が出るんだけど大丈夫かなぁ。何年か前に鹿が出たときはブッ倒して夕飯のおかずにしたけど。
「サラジュードから聞いたが、邪神信徒どもが周辺をうろついているらしいな」
「結界を張りました。それまでは毎日たくさん来てましたよ」
今も来てるらしいけどね。王太子殿下ご一行が入村してくる時は何もなかったのだろうか。
「……怪我は、しなかったか」
「私は外に出ませんでした。危ないからって言って、師匠とノワールが頑張ってくれたので」
「そうか。なら、いい」
そうして沈黙が降りた。
涼やかな夏の風が吹いている。木々が降らす陽光は葉の緑を透かし、どこかから鳥の声が聞こえた。
だいぶ歩いてきたが、まあこの森は私の縄張りであるから迷子にはならない。けれどあまり奥まで行くとレオンハルトの護衛が心配するのではないだろうか。
リオはギルバートに何やら話しかけられていたけれど大丈夫かな。
風のお陰で涼しくて、なんだか眠い気がしてきたぞ……流石にここであくびをしたらまずいのは分かる。我慢だ、私。
「……どこからお前の情報が漏れたのか、王宮で調べている」
「えっ」
眠気引っ込んだ。
「今、唯一分かっているのは、三年前のあの日、俺の護衛についていた騎士が一人、行方不明ということだけだ」
「え」
たったそれだけ? しかもそれ、邪神ファン云々に関係ある?
……ん?
「それって……」
そう言えば、私、三年前にレオンハルトたちの前で『精霊の愛し子』パワー使ったよね……?
アッ、それです。アカンやつです。
しかも一人行方不明とか、それもうアウトなやつ。情報抜かれて消されたんでしょやだーーっ!!
私の顔面がスンッと死んだからだろう、レオンハルトがきゅむっと唇を引き結んで「すまない……」と謝る。
君が悪い訳じゃないからいいよ……
頭を抱えたい気持ちでいっぱいな私と、気まずそうなレオンハルト。
その後ろで、パキリ、と枝が踏み折られる音がした。




