第15話.ショタコンの魔導具作り
昨日の決意通り、私は今日朝から師匠の魔導具作りを手伝うことになった。
目を離せないからリオは座学で師匠が渡す課題図書を読む。定期的に分からない単語や用語を訊きに来るだけで、あとは静かに一人本の世界に沈むリオ。偉くて可愛いのでお菓子あげちゃうぞ。
さて、魔導具の材料は魔力を込めることのできる水晶と魔力伝導率の高い金属の二つだけ。これを魔力を加えながらこねくり回して変形させる。
魔導具製作は確か二年生の科目だってラタフィアが言っていたから予習になる。ちゃんとおぼえておこう。
同じような作業は以前創立祭の前に魔力草の花でやっているけれど、水晶に一から魔力を込めるのは初めて。わくわくする。
「完成さえすれば誰が作ったものでも等しく望む効果が得られる。ただ、今回はなるべく強い結界にしたいからのう、馴染みやすい様にわしと同じ水属性の魔力で頼む」
「はーい」
「それから、金属部分は全てこの形に成形してくれるか。槌で叩いて作るのは骨が折れるし時間がかかる。『精霊の愛し子』の魔力ならば簡単にできよう」
「わお。金属加工もお手の物とか、すごいなぁ」
金属部分は単純な円形でDVDくらいの大きさ。裏はツルッと平らで、表の中心には浅いへこみがあり、その周りに水晶を噛むための爪が五本ある。指輪で石を置く石座みたいだ。
「……これ、どう使うんですか? 水晶嵌まったただの円盤ですけど」
「埋めるんじゃよ」
「ほへー」
師匠が以前行商から買って取っておいてあったらしい沢山の金属片(正式名称を教えてもらったけど速攻で忘れた。鈍色で普通に重たい)を手に取る。
求める大きさには一つじゃ足りないので二つくらい合体させよう。
金属は土属性の魔力で好きに動かせるらしい。土属性はほぼ初めてな気がする。勝手が分からないけれど取り敢えずトライ。
土や石なら動かしたことがあるけれど金属は初めて。加工なんて更に難しいだろうに、いきなり実践で挑戦なんて攻めていくなぁ私。
「土属性、土属性……」
とは言え大気に満ちる精霊すら捉える魔眼を持つ私は土属性の魔力の色をそれなりに知っている。学園での授業も土寮と一緒のばかりだったしね。
そして、四大属性の中で土属性は水属性と同じ“湿”の性質を持つ。だから、水属性の魔法ばかり使っている私にも素質があるはず……ある、と信じたい。
だって『精霊の愛し子』なのに水属性魔法しか満足に使えないとかもったいなさすぎでしょ。せっかくだからオールマイティーで無双したいよね。
「ふんふふーん」
鼻唄を歌いながら金属片をころころ手の中で転がす。
土属性のイメージで魔力を練り上げ、ゆるゆると手のひらから滲ませていく。魔力が金属片に問題なく馴染んだので大丈夫と判断し、頭の中に金属片が変形する様子を思い浮かべた。
円盤になれ~、歴史の教科書にあった円形鏡みたいになれ~。
二つの金属片が合体。しばらくぐにゃぐにゃ優柔不断に動いていたそれは、やがて緩やかに一センチ程度の厚みを持つ円盤形に変わっていく。
表面の細かい台座や爪は後回し。取り敢えず円盤にするぞと意気込んでいく。
「えいやっ、と」
完全に円盤形になったところで一旦魔力を止める。歪みもなし。結構いい出来じゃない?
納得したので今度は表面の細々したものを作っていく。これ、師匠は金槌とかを使ってトンテンカンテンやったんでしょ? よくやったなぁ、すごい。
ピョコピョコと飛び出す爪は五本、水晶を中へ入れられるよう少し開いた形にしておく。
「……完成!!」
どうですかこれ、結構良くない?
そんな思いを込めて完成した円盤を師匠に差し出す。
「うむ……流石じゃのう」
「ふふん。良かったです」
「それではあと三つ頼む」
「はーい!」
コツさえ掴めばこっちのもんさ。バリバリ作ってやるぜぇ!!
―――――………
三時間後、机の上には五つの円盤が完成された形で鎮座していた。すべての水晶に濃密な水属性の魔力が込められ、薄青く煌めきを放っている。
「わあ、きれいだねぇ」
「だね」
丁度よい時間で課題図書を読み終えたリオが近づいてきてほわほわと微笑んだ。可愛いかよ……
私と同じく何かを噛み締める様な静かな微笑みで胸を押さえていた師匠が気を取り直すように咳払いした。
「さて、ここからが本題じゃよ」
そう言う師匠の顔を見る。
「これだけでは結界は張れぬ。この円盤の裏に結界用の魔法陣を描くのじゃ」
「魔法陣……ロマンですねぇ」
「何の話じゃ」
「なんでもないです」
溜め息を吐いた師匠は立ち上がり、本棚から一冊の本を取って戻ってきた。そして慣れた手つきでとあるページを開く。
「これが水属性結界の魔法陣じゃ。わしが手本を見せるからそのあとにやってみよ」
言いながら手に取った円盤の一つをひっくり返す師匠。私は本に描かれた魔法陣と師匠の手元を交互に見ることに決める。
「…………」
師匠の手元で魔力が動く。
「あっ」
思わず声が出た。驚いたのはリオも同じようで彼は私の隣で目を丸くしている。
円盤のつるりと平らな裏面に青白い光を放つ線がスーッと現れた。それは見えない誰かが筆を動かす様に円盤の上を滑り、素早く魔法陣を描き上げていく。
師匠をちらと見る。じっと一定の魔力を注ぎ続ける手元、視線、どちらも少しも動かなかった。すごい集中力だ。
やがて魔法陣が描き上げられた。浮かび上がるようであった青白い光が消えて、円盤の裏面には青い絵の具で描いた様な魔法陣だけが残る。
「……こんなもんかのう。さ、お主の番じゃぞ」
「えっ、あのこれって、ええと、魔法陣を思い浮かべればそれが自動筆記される感じですか。それとも筆を動かす意識がないと駄目なやつですか」
「思い浮かべられるほど頭に入っておらんじゃろ。動かす意識でやってみよ」
「へぁー……」
絵心ないんだけどな、私。大丈夫かな。
そんなふうに心配したけれど、結局やってみたらそれなりにできて、魔導具は五つ完成したのであった。チートで良かった。
明日、ノワールに村周辺の警護を頼んで埋めに行こうということになった。
五個の魔導具で村を取り囲む形で埋め、最後のやつに触れて発動すると結界が張られるそう。あとは定期的に魔力を注ぎに行くだけで維持できるんだって。便利だね。
日光とか雨とか風は防がないから健康に悪くない、本当に邪神ファンだけを防ぐ結界なのである。
これによって、それなりに平穏な日常が戻ることを祈る。




