第14話.ショタコンと止まない雨
糸のような雨が降っている。
白く霞んだ景色は、雨で湿った土のにおいと水に香る森のにおいに満ちていた。
ここんとこよく雨が降るなぁ……
ほぼ毎日じゃない? なんて、灰色の空を窓から眺めて私は思う。この国の雨季は夏じゃなくて冬なのにねぇ。
夏だから雨が降ると涼しくなっていいけれど、こうも降り続けられると流石に梅雨みたいでじめじめして嫌だ。
『精霊の愛し子を出せぇぇぇっ!!』
邪神ファンも来るなぁ……
これは確実に毎日である。師匠に言われて記録つけてるからね。どう足掻いても否定できない事実だ。
最初の襲来の日から、邪神ファンたちは一日も欠かさず村に押し寄せては師匠とノワールに撃退されている。
お陰様で私は外に出られず、折角晴れても森を駆け回る体力作りができずにいた。
師匠が村全体を覆う結界を張るため、魔導具作成をしているのでそれまでの辛抱なんだけど、やはり止まない長雨と相まって気が滅入る。
けれど、いいこともある。
「うーん、やっぱり消えちゃうなあ」
窓のすぐそば、雨の降る外。私が修行の一環として作った水魔法の小さな傘を引き連れて、炎をふわふわと飛ばしていたリオが呟いた。
炎を操る健やかな白い腕、雨にも霞まぬ鮮やかな菫色の瞳。細い足に浸水を防ぐ革製の大きな長靴を履いたリオは考え込む様に首を傾げる。
ぬわぁーーっ!
可愛いぃぃっ!!
白くてしなやかなショタの細い足にごつめの革ブーツ?! は?! 有り得ないくらい可愛いんですけどどうしてくれる!!
膝上丈の半ズボンと膝下ギリギリまである革ブーツとの間の素晴らしい領域……ショタのお膝がまぶしく尊い。
世界で初めてショタにごついブーツを履かせた人に拍手を送りたいと思う。貴方は天才だ、こんなてぇてぇ景色、そうそう生み出せるまい。
「宣言通りヒントは出さんからのぅ」
「うん、ししょーさん。僕、自分で考えるよ!」
「ん゛っ……よしよし、励めよ」
今日のリオの魔法訓練の課題は、放った火を雨の中でいかに長く動かすかである。
勿論リオが雨に濡れてはいけないので、私が自分の魔法訓練を兼ねて水魔法の傘を作っているのだ。師匠は自前。リオのそばに佇んでいる。
「頑張れ、リオー」
「うん!」
多分正解は魔力の一定量の維持だろうなぁ。
魔法は放たれた後、微量の魔力で魔導士と繋がっている。その接続部を通してそれなりの魔力を注ぎ続けないと操作だけに魔力を消費しちゃって時間経過で消えてしまうのだ。
リオの炎の魔法は放たれたあと操作されて燃えるための魔力を失い、雨に負けてしまうのだろうと推測する。
師匠も意地悪じゃないので、先日の座学で師匠がリオへの宿題に出していた魔法理論の本に書いてあるはずだ。リオはきちんと読み込んでいたのですぐに思い出すと思う。
私は考え事をしたり他の作業をしたりしながら魔法を維持する練習中。リオの上の魔法の傘だけでなく、地面にある水溜まりに渦を巻かせ、浮かんでいる葉をぐるぐるさせている。意外に器用だろう、褒めて。
リオを雨から守る傘だけは絶対に消さないようにしなきゃ。可愛い弟を雨に濡らすなんて絶許案件だからね。
声を出したり動いたり、景色や人を眺めていても維持できる魔法技能は大事だ。常に防御魔法を張っておくとか、姿や気配を消す隠密魔法をかけて活動するときとかに有用な力である。
私みたいに常に他人に心臓を狙われている人には必須のスキルだよ。覚えておこうね。
…………そんな人いねぇよ(涙)
なんだよ、常に他人に心臓を狙われている人って。地獄か。人生の難易度ルナティック……笑えねぇ、エグすぎでしょ。
溜め息。水溜まりが葉を乗せたままにょろにょろ動いてしまう。待て待て止まれ。
「ええと……えいっ……あれれ?」
細やかな魔力操作が必要な状況で、リオは正解へ辿り着いたようだ。炎へ魔力を注ぎ続けることを始める。
しかし魔力を注ぎすぎると炎は大きくなりすぎてしまい少なければ消える。今求められているのは炎を変わらないサイズのまま維持すること。リオはゆらゆら揺れる炎に四苦八苦していた。
「こ、このくらいかな……わっ!」
ぶわりと膨れ上がる炎。慌てて鎮火したリオは「うーん」と首を傾げている。
頑張れ。悩む姿も可愛いぞ。
「ふぉふぉふぉ。まだかかるかのう」
「いやー、リオは今日中にクリアするんじゃないですかねぇ」
「お主にやらせた時は丸二日かかったからのう。リオの優秀さが際立つわい」
「あはは……あれ、簡単そうなのに意外と難しいんですよねぇ」
ちょこちょことやって来た師匠と会話する。移動した水溜まりをチラ見した師匠は「まだまだじゃな」と言って腕を組んだ。
「変な雨じゃのう……」
「長いですよねぇ。ほぼ毎日だし」
洗濯物が気持ちよく乾かん、とぼやく師匠。
ちなみに、水魔法で布が含む水を追い出せるから乾かせないってことはない。けれど日光で乾かしたような気持ち良さが得られないんだよね。
そんなことを話していたら(その間私は傘と水溜まりをずっと維持していた)リオが駆け寄ってきた。
「ししょーさん!」
「ん、どうしたかの……おお」
「あっ、すごい、できてる!」
リオから少し離れたところに浮かぶ鮮やかな紅蓮の炎。握り拳大の火の玉は揺らぐことなく雨の中で燃えていた。
「うむ、よろしい。それではあとしばらく維持してみよ」
「はい!」
流石だなぁリオ。
「あの子はかなり優秀な魔導士になるじゃろうな」
「将来が楽しみですねぇ」
「うむ」
そのあと、無事課題をクリアしたリオを二人で褒めまくり、本日の修行はお開きになった。
ちなみに師匠が水魔法を使った防音をしていたのであれだけど、邪神ファンたちはノワールにボコられながらもずっと騒いでいたらしい。
もういい加減諦めようよ……
師匠の魔導具作り、明日から手伝おう。
私はそう決めて、まだ止まない雨に溜め息をこぼした。




