第13話.ショタコンの師匠の沈思
授業が終わり、師匠が自前の教材を片付けて帰るのをリオと共に玄関まで見送る。
「「ありがとうございました!」」
「うむ……ああ、アイリーン、少し良いか」
「?」
呼ばれたので師匠に続いて外へ出る。リオは、自分の名前が呼ばれない時は聞く必要のない話か、聞いてはいけない話、と考えているので大人しく玄関の内側にとどまった。
「何ですか師匠。リオが寂しそうなんですけど」
「そうじゃな、手短に済ませよう」
外は日が暮れ始め、虫たちが鳴き始める夏の夕。ぬるい空気の中、師匠がこちらを振り返った。
「あの青年は何じゃ」
「…………」
そこかぁ~、いや、一緒に戦ったであろう師匠なら気になるよね。
いや、待てよ。
「師匠の目じゃ見えなかったんですか」
その者の本質を見抜く目。私の『精霊の愛し子』に関しても一発で見抜いたんだからノワールの正体くらい分かりそうなもんだけど。
「……見えなかったんじゃよ。それで人でないのが分かったがな」
「はー、師匠のこと警戒してたんですかねぇ?」
感心したような、気の抜けるような声で答えて私は腕を組む。
「勿体ぶるようなもんでもないから言いますけど、あれ、闇の精霊です」
「は?!」
私の答えに師匠は目を見開いた。こういう顔をすると目の青さが際立って綺麗だなぁと場違いな感想を抱く。
「あの様な姿をとる精霊が……それは……お前、大丈夫じゃったのか……?」
「何度か仕掛けられましたけど、何とか撃退してたらやり方を変えるって言ってましたよ」
「そ、そうか……」
やっぱりノワールは力の強い精霊なんだなぁと再認識する。私たちが呼吸している大気の中にいる精霊たちとは大違いで、一般人の目にも見えるような姿をとることができるんだもんなぁ。
師匠が色々濁して「大丈夫だったか」と聞いたのは恐らく神隠し的ムーブとかそう言うことに関してだ。やっぱり『精霊の愛し子』はそういう目に遭うんだな、怖。
「何か言ってましたか?」
「ああ……“これだけじゃないぞ”とな。お主に、気を付けるよう言っておった」
「やっぱり今後も来ますよねぇ……」
これはどうにかしないと。馬鹿みたいな数でこられたら流石の師匠やノワールでも取りこぼしが出るだろう。一騎当千なんて言うけれど、実際は一人で千人の相手なんてできないのだ。
「お主、友達ができたんじゃろう。確か貴族の」
「はい」
「招かれておらんか。辺鄙な田舎の村より、有力貴族の領地の方が奴等も動きにくいと思うんじゃが」
「えぇ……それってどうなんです。こちらの都合に勝手に巻き込んで、彼女たちに何かあるのは嫌なんですが……」
「それもそうじゃな……じゃが、招かれたら行くと良い」
師匠の言葉に私は頷く。秘密裏に移動すれば場所バレしないかもしれないし、村が何度も襲われるのを避けられるかもしれないから少しは考えておこう。無関係な村の人たちが私のせいで傷つけられるのは許しがたい。
それに田舎村と公爵領・侯爵領じゃ許容できる危険が違うもんな。こっちじゃ壊滅的な被害になることでも、向こうじゃ掠り傷にもならないってのはありそうだし。
私は師匠に手を振って見送り、大人しく玄関で待っていたリオのもとへ戻った。
「お待たせ。さ、そろそろ夕飯だから母さんを手伝うぞー」
「うん!」
お手伝い形態のリオは可愛らしいエプロンを装備するので、可愛いに可愛いがブーストされそれはもう眼福なのである。
何度襲われたって怖がってなんかやらないからな邪神ファンめ。
怯えは大事なところで足を竦ませる。私はそんなことで大切なものを失うわけにはいかないんだ。
ショタコン舐めんな。いつか必ず元凶をぶん殴って完全勝利を掴む。そしたらもうヒロイン体質に悩まされることのないハッピーライフが待ってるはず……
―――――………
その夜、少し森に入ったところにひっそりとある自宅にて、アイリーンたちの師匠であるサラジュードは一人物思いに沈んでいた。
(……闇の精霊、か)
村の入口で血走った目をして魔法を乱発する邪神信徒たちを、弄ぶ様にあしらっていたこれと言った特徴のない青年の姿を思い返す。
アイリーンが『精霊の愛し子』であることが判明した3年前のあの時から、いずれ彼女が精霊に目をつけられる可能性は考えていた。
彼女がただの人ではないからまだ良かったと思う。精霊に愛されることを許容できる人間は少ない。その愛ゆえに滅びた家をサラジュードは知っていた。
(あの王太子の婚約者がアイリーンの友となるとはな……余程のしっかり者なのじゃろう)
現王家にとって、強い火属性の家と再び婚姻を結ぶことは相当の覚悟のいることであったろうと推測する。
そう……現王家には、火属性の家との婚姻において酷い間違いを犯した過去があるのだ。
絢爛たる紅炎のカローレ、と呼ばれた侯爵家があった。
六年前現国王の側室ヴァルザミーネ・カローレの死と共に滅びた一族であり、昔から火の精霊に愛されていた家である。
火の精霊の寵愛が強すぎたために起こったカローレ家滅亡の事件を、この国では“カローレの悲劇”と言う。
この事件によって損ねられた火の精霊の機嫌をとるため、王太子の婚約者に火属性の公爵家ザハードの娘を選んだのだろうとサラジュードは考えた。
それを思うとアイリーンが『精霊の愛し子』であることにホッとする。幸いにも彼女は闇の精霊相手にそれなりに上手く手綱を握れているようだから最悪の事態は避けられるはずだ。
「この村には、結界でも張るかのう……」
太古から生きる闇の精霊を「あれ」呼ばわりした弟子を思いながら、サラジュードは彼女を守る策を練り始めた。




